第5話 資金調達のあて

 流石に、ローゼに黙っておくわけにもいくまい。そう考えて、ローゼとアルノルトに相談するべく、宿一階にある食堂で夕飯をとりつつその話をしたところだ。

 ただでさえ、ローゼは今最も外聞を気にしなければならないときだ。奴隷の購入という面倒ごとを持ってきたのだし、てっきり激怒するかと思っていたのだが……。


「その子の身請けは、私も賛成です。丁度、フラクトン卿の件で王都は目下混乱中らしく、司法官の到着までこの街に留まるよう、指示を出されたところでしたしね」


 王女のローゼが襲われたのだ。父親なら、直ぐに手元に戻したいと考えるはず。

 国王がローゼを疎んでいる、という噂は聞かない。それに、ローゼは勇者を召喚することのできる聖女だ。魔族との戦争には、欠かせない人材。見捨てるとは到底思えない。

とすれば――。


「馬鹿王子の牽制のためか?」

「ええ、王都に戻れば、アルノルトは父上の元へ戻されます。そうなれば、私を守る者はいなくなる。ギルバート派に対する一定の牽制が済むまで、その場で待機しろ。それが父上の真なる指示だと思います」

「王都内すらも危険なのかよ。王女のくせに本当にお前、敵ばかりなのな」


 王都に入っただけで暗殺されかねんとはね。予想はしていたが、まったく王女とは思えん嫌われっぷりだよな。

 素朴な私の感想にローゼとアルノルトは苦笑。対してアンナは顔を怒りに染めて、


「その王女殿下に対する不敬な態度を直ちに止めろ!」


 立ち上がって怒声を浴びせてくる。


「はいはい、で? 妙案はあるか?」


 もちろん、王室の一員であるローゼが、金を出すのは論外だろうさ。王族の金はいわば、国民の税によって成り立っている。それを奴隷の購入になど使えば、下手をすれば、奴隷制を王家が積極的に推奨している、ともとられかねない。少なくともローゼには取れない選択だ。

 一方、20日程度で商会を起こして金を稼ぐのも非現実的。第一、事業を起こすにも金が要る。やろうと思っても、今の私達には不可能だ。


「もちろん、とびっきりのが」


 こいつのこの無邪気な笑顔、いたずらを考えたときのレーナとそっくりだ。正直悪寒しかしないぞ。


「私にできる事にも、限りがあるぞ?」


 ローゼは、私を買いかぶり過ぎの傾向がある。できぬことを提示されて、タイムオーバーというパターンが、今は一番避けたいところだ。


「ええ、貴方なら造作もない事です」

「で、それは?」

「ルーザハルの都市で開かれている神聖武道会ですよ。この大会で決勝トーナメントに進出できれば目的額は簡単に達成できます」


 神聖武道会って確か、四年に一度開かれるアメリア王国最大の武術の大会だったよな。この大会の優勝者には、道場設立権や一代限りの貴族の称号である名誉貴族、騎士ナイトの称号が与えられる。故に出願者は毎回数千人にも及ぶとされている。

 現在の私の力がこの世界でも上位に属すると分かった今、決勝トーナメント進出程度なら確かに可能かもしれん。

 だが、仮にもアメリア王国最大の武道会だ。もし進出すれば確実に悪目立ちする。それに極力目立ちたくはない私にとって、それは考えられる上で最悪の選択だな。是非とも避けたいところだ

 それに――試合はあくまでお遊び。命の取り合いで負けるつもりは微塵もないが、それが審判という人が介在する試合というお遊戯なら話は別。ルールいかんによっては敗退の可能性もそれなりにあるし、何より、誤って人を殺せばまず失格だろう。ようは、確実性にやや難があるのだ。


「私は試合形式が苦手だ。お遊び試合である以上、確実に勝てるとも限らぬぞ?」


 なにせ、相手がどれほどの力で砕けるのかもまだ把握していない状態なものでね。もし、試合のルールか何かで、この【封神の手袋】を脱がねばならない状況になったら、上手く力をコントロールできるかは不明だ。そうなれば、誤って殺してしまうことも十分観念し得るしな。


「では、逆にお聞きしますが、短時間で莫大な金銭を得る方法が他にあると思いですか?」

「うーむ……ないな」


 そもそも、大金を稼ぐ手段がないからこそ、こうして頭を悩ませているわけだし。


「ご心配いりません。まずありえませんが、貴方が予選敗退の状況になったら、私がこれを売却して金銭に変えます」


 指輪をテーブルの上に置く。


「少し借りるぞ」


 右手にとって鑑定をかける。


  ―――――――――――――――――――――

★【復活の指輪】:三度に限り即死の傷をも復活させる指輪。

・残り――3/3

・アイテムランク:上級

  ―――――――――――――――――――――

 

 復活の指輪か。回数制限はあるが、きっとこれって相当貴重なものだよな? なにせ、即死の傷さえも回復させる超高性能ポーションを三回使用したのと同じ効能だし。


「その指輪は、ハンターでもあった死んだ叔父が、私の誕生日にプレゼントしてくれたものです。もちろん、彼自身が迷宮から手に入れたものなので、国民の税によるものではありません」

「そういう問題じゃない。叔父の形見を担保にするってお前、正気か?」


 これほど貴重な指輪をローゼに与えた意義など、鈍い私にだってわかる。きっと、その叔父とやらは、ローゼが親類の王族に命を狙われるのを予測していたんだ。だから、この指輪を命懸けで手に入れた。こいつの行為は、その叔父の願いに唾を吐く行為だ。


「もちろんです。だって貴方は負けませんから」


 この表情、ローゼは、本気だ。こいつマジで私が勝つと確信して、こんな暴挙に及んでいる。


「根拠もない信頼など迷惑なだけなんだがね」


 言いようのない憤りから私が席から立ち上がると、


「では、明日の早朝にでも、ルーザハルに向かいます。アンナ、直ちに馬車と食料の手配を!」


 ローゼも席を立ち上がり、アンナに指示を出す。


「はい!」


 神妙な顔で騎士式の敬礼をすると、アンナは宿をでていった。


「私もカイたちに同行します。アルノルト、フラクトン卿の件はよろしく」

「お任せを!」


 アルノルトが席を立ちあがり胸に手を当ててやはり、騎士式の敬礼をする。

 こいつはいつもこんな一か八かの賭けをしているのか? どうりで、ローゼの叔父が、こんな貴重なものを与えるはずだ。

 私は死者の想いを踏みにじるほど落ちてはいない。仮に敗退してもその指輪を売るのは論外だ。

 だが、一方で確かにこれが最もローリスクな方法かもな。何せ、決勝トーナメントに進出すればいいだけだし。ま、何とかなるだろう。敗退したら、そのときまた考えればいい。


「やれやれだ」


 私は大きなため息を吐くとファフとアスタの夕食を用意すべく、宿の三階にある自室へ向かったのだった。

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