第二章 神聖武道会編

第1話 ハンター登録

 フラクトン達の謀反の件で、このバルセの街に暫く滞在となる。当然のごとく暇になったので、現在ハンターギルドを訪れている。

 この世界で生きていくには、金は必須。その金を稼ぐ最も手っ取り早い方法は、ハンターとなっていくつかのクエストを受けることだ。

 世界中への気ままな旅を渇望している私にとって、ハンターの資格獲得はある意味必然といえる。それに、あのダンジョンに飲み込まれる前はハンターに対し強烈な憧れのようなものを持っていたし、いずれにせよ登録はしようと思っていた。

 このバルセは、アメリア王国でも五指に入る規模の都市。その理由は、近くにシルケ樹海という魔物の巣窟があること。このシルケ樹海は、私達が通ってきた魔物自体ほとんど存在しないシルケ大森林の南側に広がる、広大な密林地帯だ。

 このシルケ樹海に出現する高レベルの魔物を求めて、世界中のハンターがこの街を訪れている。つまり、この場所は世界でも有数のハンターの楽園ということ。


 丁度バルセの中心に位置する大通り沿いにある四階建ての建物に入る。ここがハンターギルドだ。

 入口から建物の左半分が酒場、右半分がクエストなどの掲示板のあるゾーンとなっている。

 真っ直ぐカウンターまで行き、長い金色の髪を後ろで一本縛りにした受付の女性に、


「ハンターになりたいのだが、可能かね?」


 単刀直入に目的につき尋ねてみた。

 女性は暫し私の全身を不躾にも注視していたが、


「登録検査料として1万オールになります」


 営業スマイルで返答する。

 1万オール。確か一か月の平民の平均収入が8000オールくらいだったな。

 餞別の代わりに、祖父から帝都での活動資金として10万オールを渡されている。

 この点、完全記憶能力を得てから定期的にアイテムボックス内は整理している。だから私がダンジョンに飲み込まれたときに持参していた金銭の入った鞄もどこにあるかは既に把握済みなのだ。

 アイテムボックスから鞄を取り出し、金銭の入った巾着を探っていると――。


「それってアイテムボックスですか!?」


 金髪の受付嬢が、血相を変えて尋ねてくる。マズったな。そういやシャバでは、アイテムボックスは一般には貴重だった。ただでさえ、分不相応なロイヤルガードなる役職を押しつけられているんだ。これ以上、目立って無駄な面倒を背負いこむのは御免被る。


「違うぞ。この鞄は――えー、腰から取り外したんだ」

「で、でもさっき何もないところから――」

「それは、君の見間違いじゃないのかね? 私にそんなスキルはない。調べてもらえばわかる。何より、私自身、隠すメリットに欠ける。違うかね?」

「それはそうかもしれませんが……」


 うむうむ、一応納得してくれたようだ。そうだ。人間、素直が一番だぞ。


「これが1万オールだ。受け取ってくれたまえ」

「1万オール。たしかにお預かりいたします。では恩恵ギフトとステータスを調べさせていただきます」


 これは神殿で触れた水晶だな。恩恵ギフトは自己申請制にすると偽る者が多数出るからだろう。妥当な措置だし、これ以上面倒ごとを押しつけられたくはない私にとっては、無能と真実を公表してもらう方がより好ましいといえる。

 問題は、この水晶によるギフト判定の後にあるステータスの鑑定についてか。

 この世界は弱者と強者の差が激しい。ダンジョンに入る前と現在の知識を総合すると、【封神の手袋】を使用しない状態の私のMaxの強さは、世界では一応上位に属するのだろう。改めて考えてみれば、いくら天賦の才能があるとはいえ、あのアッシュバーンが剣帝の名を中堅程度の実力しかない剣士に与えるはずもないだろうしな。凡そ信じられんが、現在の剣帝の実力でもこの世界では十分強者に属するのだと思う。

 もっとも、だからといってこの世界が雑魚ばかりとは思わない。何せ伝説の勇者に、四大魔王、最強種である龍種たち、他にもまだまだ強者は溢れている……はずだ。正確な情報が欠落している今、楽観視するのは危険だろうさ。

 だとすると、ステータス平均100の立ち位置が不明だな。というか、私の鑑定と同じかも判然としない。だが、あの自称精霊王の悪霊が100で結構やるとか言っていたし……。

 だとすると、私のギフトとの整合性の観点からは、ステータスは低くした方が吉か。ならば【封神の手袋】でステータスをいっそのこと、10台前半程度まで引き下げてみるか。これなら新米に毛が生えた程度だし、そこまで違和感がないはず。そうだな。それで行こう。

 【封神の手袋】でステータスを平均12に合わせる。そして水晶に触れる。


「こ、この世で一番の無能!?」


 部屋中に、受付嬢の素っ頓狂な声が響き渡る。


「あっ!」


 受付嬢は、慌てて口元を抑えて、周囲を確認すると周囲のハンターから、好奇心たっぷりの視線が集中していた。

 そして、ハンターたちから、ヒソヒソと囁かれる言葉。奴らが何を話しているのかなど一目瞭然だが。


「ご、ごめんなさい!!」


 頭を深く下げてくる受付嬢に、問題ないと返答しようとした時――。


「おい、聞いたかよ! この餓鬼のギフト、【この世で一番の無能】だってさ!」


 目元がキツイ金髪長身の男が、私に近づき、その背後から水晶を覗き込んで叫ぶと、仲間と思しき者達から嘲笑が飛ぶ。

 男は赤と白の動きやすそうな上下の衣服に背中には大剣を担いでいる。見たところ、私同様、剣士のようだな。


「ちょっと――ライガ君っ!!」


 受付嬢が目を尖らせて激高するが、私は右手でそれを制する。


「いや、かまわんよ」


 ダンジョンに吸い込まれる前ならば、きっと多少のショックくらい受けていたろう。だが、流石の私も、十万歳近くも年下の若造の言動に、腹などたたんさ。


「ライガ君、今度、同じことしたら、支部長に報告しますよ!」

「わーたよ。たーく、ミアちゃんって本当まじめすぎるよなぁ。そんな背信者の肩を持つなんてよぉ」


 不貞腐れたように口を尖らせて仲間の元へ戻っていく。

 なるほどな。どうやら、あのライガという若者は、ミア嬢に惚れてでもいるのだろう。

 青臭い若者同士の恋愛ってやつか。うーん、まったく興味がわかないな。心底どうでもいい。

 ともかく、あのライガという若者のお陰で、すっかり彼らは私を無能扱いしてくれたようだ。

いいね。いいんじゃないか。この調子で私のギフトを公表していき、あとは、ローゼのロイヤルガードになりそうな奴を見繕えば、周囲が私の希望する道を勝手に作ってくれることだろう。


「公表しちゃって、本当にごめんなさい」


 ションボリと、謝罪の言葉を繰り返すミアに、


「いや、いいさ。むしろ、どんどんやってくれ」


 ドヤ顔で親指を立てて突き出す。そんな私をミアは、しばし目を白黒させて眺めていたが、


「君ってなじられるのに快感を覚えるひと?」


 そんな人聞きの悪いことを言いやがった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る