第2話 裏路地での一幕

 ハンター登録手続きを進めさせる。

 黒色のローブを着た担当職員が、私に手形のついた青色の直方体の石に触れるよう指示してきた。

 私が、右の掌を青石の所定の位置に乗せると、その石に幾多の緑色の線が入る。

担当職員は、その青石の左隣に付属した小さな赤色の玉に右手で触れ、同時に左の掌を紙に当てる。

 職員が左手を翳した紙に、次々に文字やら数字が浮き上がっていく。

ほう、あれは鑑定と魔法の組み合わせだ。スキル鑑定で思考化し、それを魔法により紙に念写している。中々面白い技術を使うものだ。

 興味津々でいる私を尻目に、紙に目を通すと二人は硬直化してしまう。


「う、嘘、強度値12……」


 絞り出すようなミアの声に、一瞬で騒めきがギルドハウス中に波及していく。

 どうやら、私の鑑定によるステータスの平均値が強度値となるようだな。ただ、たまたま同じだったってこともある。あくまで、今の段階ではそう評価すべきであるにすぎない。

 それにしても皆、相当驚いているようなんだが? 

 あー、そうか、しまったな。私のギフトはこの世で一番の無能。しかもハンターになりたてホヤホヤの素人同然の新米だ。その私が、新米に毛の生えた程度の能力値なら、奇異に覚えるのも仕方ない。現に当初の鑑定の結果は確か0.1だったはず。

 だとすると、0.1に戻して再度判定させるか? いやそれだと、逆に悪目立ちするし、下手をすればハンター資格すらも認められなくなる危険性が高い。やはり、1に戻してもう一度、再測定させることにしよう。

 即座に、自身の能力値を1に戻して、


「それ間違いだった。そういや能力をブーストするアイテムを装備していたんだ」


 アイテムボックスから、何の変哲もない指輪を左の人差し指に顕現させた上で、皆の前で左手の手袋を外す。そして、部屋の全員に見えるように、その指輪を外して見せると、


「もう一度、やってくれ」


 手袋をはめて再度の測定を促す。


「の、能力ブースト……」


 頬を引き攣らせているミアに、さらに騒がしくなる室内。一体何なんだ、こいつら?


「早くしてほしい。私も暇ではないのでね」

「わ、わかった」


 鑑定士らしき黒ローブの男は、再度鑑定を実施、私を強度値1と認定してようやく納得したようだった。

 それから必要事項を記入し、ハンターの説明を簡単に受ける。もっとも、ほとんどが既知の事実ばかりだったわけだが。

 唯一の新情報は、ハンターのクラス制だろうか。

 ハンターにはE〈新米〉、D〈中堅〉、C〈ベテラン〉、B〈プロフェッショナル〉、A〈達人〉、S〈超人〉という6種類のクラスがあり、日々の魔物の討伐数やクエストクリアなどを考慮し、評価の点数が加算されていく。そして、その評価の点数が規定値を超えると昇格の裁定をギルドに求められるようになる。さらにCクラス――ベテラン以上への昇格は、それぞれのクラスにより、特定の条件を加えて満たさねばならない。

 まあ、その特定の条件とやらも尋ねてみたが、極秘事項らしく教えてはくれなかった。情報の収集は、ハンターにとって最重要基礎事項。それも含めて昇格試験なのだと思う。

 このように、上位クラスのハンターになるのは極めて難解であるが、一度上位クラスになえれば様々な恩恵が得られる。具体的には、ハンターギルド加盟国での全国の宿、商店での割引を受けることができたり、色々な公共施設への出入りが無料で許可されたり、自分の武術道場を開いたりなどもできる。

 さらに、ハンターには特殊魔物討伐系や、遺跡探索系、食材探索系など様々な分野が存在し、それに応じて特定の特権、特典、表彰などが与えられるようだ。

 まあ、私としては、そんな特権などまったくいらない。むしろ、大きな特権には同じく大きな義務もついてくるのが常。Eクラスのままで十分なわけだが。

 それにしてもそそられるよな。魔物の核である魔石を売却したり、クエストをクリアしたりして金銭を稼ぐ。まさに未知への探索。かなり、自由で面白そうだ。とっとと、ローゼのロイヤルガードを見つけて、ハンターとして世界漫遊の旅に出るのもいいな。

 カードを受け取る際、彼女は神妙な顔で私の耳元で、


(カイ君、その指輪、あまり人前で見せない方がいいと思います)


 小声で囁いてくる。


(なぜだ? 流石に、天下のハンターが盗賊紛いのことをするとは思えんのだがね?)


 ミアは言いづらそうに下唇を噛むと、


(最近は飢饉や干ばつ、魔族との戦争での出兵回避の目的から、ハンターになる人たちも多く、そうとも限らないんです)


 うーむ、さっそく幻滅するような現実か。現実は理想のようにはいかぬもの。それはこの10万年で嫌というほど思い知っている。それもまたいい。


(肝に銘じておこう)


 再度ミアに礼をいうとギルドハウスを出る。



 どうやら、つけられているな。しかも、バレバレだ。というより隠す気があまりないらしい。

 ならば、奴らに手を出させたくするだけだ。私は薄暗い裏路地へと入っていく。ここなら、暴れられる程度に広い。荒事には最適だ。


「私に何かようかね?」


 ニヤケ顔で、私を取り囲む屈強な鎧の男たち。この手の犯罪行為、もし初めてなら、多少なりとも緊張しているはず。だが、この者達にその様子は見受けられない。つまり、普段から私のような鴨を脅して、金品を巻き上げていたということ。ならば少し過激な調教をしても問題あるまい。

 なーに、この程度で殺しはしないさ。殺しはな。それに、どうやら覗き見られているようだし。


「能力ブーストの指輪をこちらによこせ!」

「あーあ、これね」


 右のポケット内に、アイテムボックスから指輪を取り出して、それを奴らの前に示す。


「よ、よこせ!」


 目を濃厚な欲望で一杯にしながら、私の右手に持つ指輪に飛びつこうとする黒色短髪のゴツイ男。

 重心を僅かに動かし、黒色短髪の男の足を払う。男は空中で数回転すると、顔面から地面に衝突する。私は、後頭部を踏みつけたまま奴らをグルリと見渡し、


「さあ、小僧ども、指輪はここだ。奪って見せよ」


 笑顔でそう言い放つ。


「気を付けろ! こいつ、既にブーストの魔道具を使ってるっ!」


 先ほどまでの余裕の表情から一転、全員、厳粛した顏で腰の剣を抜いて私に向けてきた。


「いんや、今の私の力はステータス平均1。きっと君らよりも低いよ。だがな、武術は身体能力だけで勝てるほど、そんな甘い世界じゃーないんだ」


 私はゆっくりと歩き、正面の金髪坊主の男の懐に飛びこむ。


「はれ?」


 頓狂な声とともに金髪坊主の男は空を舞い、受け身も取れず背中から叩きつけられて悶絶してしまう。


「くそがぁッ!!」


 背後の一人が私に向けて突進し、私の後左肩峰目掛けて垂直に剣を振り下ろしてくる。それを振り返らずに左手で受けて逸らし、身体をコマのように回って間合いを詰める。


「ひっ!?」 


 小さな悲鳴を上げるスキンヘッドの男の顎を左手で弾くと、白目を剥き全身を脱力して地面へと横たわった。


「な、何なんだ! 何なんだよっ! お前、無能じゃなかったのかよっ!!」


 あっという間に制圧されてしまった三人に、残されたリーダーと思しき青色の髪に無精髭を生やした男が、震える剣先を私に向けて声を張り上げる。


「その通り。私のギフトは、【この世で一番の無能】。君の見立ては間違いじゃない。

 さあ、こい、小僧。その腐った根性、叩きなおしてやる」


 奇声を上げて突進してくる無精髭を蓄えた青髪の男を、私は徹底的に叩きのめした。

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