第15話 討伐図鑑の検証

 

 地上へと帰還し、アイテムストレージから【討伐図鑑】を取り出す。

 さて、まずこの本が実際に使えるものか否かだな。うむうむ、少しわくわくするぞ。


「それ、なんです?」


 ファフがいつものように私の背中に抱きつきながら、私の両手にある分厚い豪奢な本を興味深そうに覗き込んで尋ねてくる。


「先ほどの自称邪神を取り込んだ本だな」

「自称邪神です?」


 キョトンとした顔で小首をかしげるファフに小さなため息を吐く。

 ファフの奴、もう綺麗さっぱり忘れている……というより、あの自称邪神の言葉などまったく聞いちゃいなかったな。ファフはすこぶる賢いが、何分、己の興味がないものにはとことんまで無頓着だ。大方、態度と図体がでかい二足歩行の魔物程度の認識しかあるまい。


「あの鼻の長い二足歩行の魔物のことだ」

「あー、ご主人様がぶっ殺した魔物です!」

「ファフ、そんな目をキラキラさせて物騒な言葉を口にするものではないぞ。お前は淑女なのだからな」


 その小さな頭を撫でつつ、いつもの台詞を履くと、


「はいなのです!」


 本人はいつものように快活に右腕を突き上げる。

 きっと微塵もわかっちゃいないな。まあ、いい。ファフは私の真似をしたがる。要は私が今後行動で示していけばよいだけだ。

 ではさっそく【討伐図鑑】の検証だろう。まずは、召喚してみるとするか。

 一枚目をめくると、『討伐図鑑Ω』と大きく記載されている。


「ぬ? Ω?」

 

 図鑑の表題を改めてみると、やはり、表紙の題名は『討伐図鑑Ω』と表記されている。

 変だな。Ωなんて記載、なかったはずなんだが。まっ、私の見間違いだろうさ。あまりよく確認していなかったのは、確かだし。

 さらに数ページを読み進める。どうやら、説明書のようになっているようだな。

 なになに……。


―――――――――――――――――――――

★図鑑使用説明書:

・その1:対象を討伐し、その魂を図鑑に捕獲する。魂から屈服すれば、生きたままでも捕獲は可能。その際、所持者の魔力により、肉体は再構成される。

・その2:図鑑所持者が図鑑に魔力を込めることにより、図鑑内の捕獲対象の住む世界は広大化、特殊化していく。また、この形成される世界は、図鑑所持者のその魔力の強度により決する。

・その3:捕獲対象は【解放リリース】と念じる事により、本所持者の元に強制的に召喚される。なお、本所持者が許諾する限り、捕獲対象は己の意思で図鑑内の自身の世界と、図鑑所持者のいる世界との移動が可能となる。

  ―――――――――――――――――――――


 よくわからんが、私がこの本に魔力を込める事により、図鑑内に独自の世界を作り出して、そこで捕獲対象に生活をさせる。そのうえで、適宜、呼び出すというシステムらしい。

 実際に呼び出してみるか。

 自称邪神のページを開くと、【名――ギリメカラ】とのみ表記されていた。


(ギリメカラ――【解放リリース】)


 説明書通りに心の中で唱えてみると、突如、眼前に出現する鼻の長い強大な魔物――ギリメカラ。

 ギリメカラはボーと辺りを、眺めていたが顎を引いて始めて私を認識する。

 ギリメカラは弾かれたように背後に飛びぬくと、


『貴様は、先ほどの新米神っ!』


 妄想たっぷりな虚言を叫ぶ。

 この自称邪神。ホントに重度な妄想癖らしい。不憫な奴だ。

 それにしても、召喚というくらいだし、私を傷つけられないなどの一定の強制力でもあるかと思っていたが、今も私に対し戦闘態勢を取っているところからみるに、そんなことはないようだな。ま、摩訶不思議な力により、他者の意思を捻じ曲げて従わせるなど吐き気がする。むしろ、これでいい。

 ともあれ、図鑑の説明書きによれば、この自称邪神は一応、私の始めての召喚魔物。つまり私の配下のようなものなのだろう。

 しかし、こいつプライド高そうだし、その事実を素直に受け入れるとは思えない。というか、このままでは会話すらまともに成立しそうもないぞ。きっと、邪神の我に逆らうとは何事だ、とか言って聞く耳すらもつまい。

 さてどうするかな。そういえば、己の未熟さを理解していない、態度が横柄な新兵は、始めに上下関係をはっきりさせた方が以後良好な関係を築けると、最近読んだ【新兵育成教本(地獄編)】とか言う本に書いてあった。配下も新兵も似たようなものだろうし、討伐図鑑で捕獲した魔物育成の良いモデルケースになるかもしれん。実践してみるとしよう。


「よかろう。お前に修行をつけてやる」


 私はアイテムボックスから、【絶対に壊れない棒】を取り出し、上段に構える。


『しゅ、修行だと、何をふざけたこと――』


 怒号を上げようとするギリメカラの横っ面を【絶対に壊れない棒】により、打ち付ける。凄まじい速度でその巨体は回転し、周囲が高い絶壁に叩きつけられて、爆風が吹き荒れた。


『がぐっ……』


 既に瀕死の重傷のギリメカラに近づくと、アイテムボックスからエリクサーを取り出し、振りかけてやる。そういや、最近、エリクサーを使う頻度がめっきりすくなくなったな。


「ほら、癒えただろ? なら、立て。次だ」


 【絶対に壊れない棒】の先を向けると、


『……き、貴様は?』


 ギリメカラは真っ青に血の気の引いた顔で掠れた声を口から絞り出す。


「私? そういえば、自己紹介がまだだったな。私はカイ・ハイネマン。お前の新たな主人だよ」

『我の主人⁉︎ たわけたことを――』


 再度、怒りの形相で立ち上がろうとしている奴までの距離を一瞬で詰めると、横一文字に殴りつける。またもや絶壁まで吹き飛び激突するギリメカラ。学習せんやつだな。

 絶壁にめり込んだ状態で、瀕死の虫のようにぴくぴくと痙攣している奴に近づき、エリクサーをぶっかける。


『い、一体全体、どういう――』


 頭を振って立ち上がろうとして眼前の私と視線がぶつかる。ブワッと顔中から滝のような汗を流しながら、口をパクパクさせていた。


「ようやく自身の置かれている状況を理解できたか。そうだ。今からお前のその腐った果実のような根性を徹底的に叩きのめす」


 ノリノリで教本に書いてあった台詞を復唱する私に、


「叩きのめすのですっ!」


 ファフも右手を天に突きあげて繰り返す。


『あああああぁぁぁぁっーーーー!』


 絶叫を上げるギリメカラの巨体を【絶対に壊れない棒】で天へと持ち上げて、私は本格的な矯正という名の修行を開始した。

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