第5話 夜、洞窟を抜けたら昼間だった


 尿意を覚え、寝静まったテントからはい出して森の中へと入っていく。

 普通ならその辺でするんだけど、ローゼの従者たちにみつかったらまた面倒だし、できる限り奥まで行こう。

 夜の森はまさに闇一色。重なり合うように分厚く茂った大木により、月の光一つ見えない。まさに、底なし沼を突き進んでいくような感覚だ。闇夜を怖がる小動物のように時折泣く野鳥の声に何度もビクッとなりながらも歩いていると、樹木の奥から黒色のローブを着た赤色の髪の優男が突然、姿を現した。 

 マジでびっくりしたー! 思わず、おしっこちびるかと思った。この人、あの馬車にいなかったよね? 確かに僕は最近、極力、人とは関わらないようにしてきたけど、それでも顔くらい嫌でも覚える。当初、相当ひどい扱いうけていたから余計そうだ。この人は、あの馬車にはいなかった。それは間違いないよ。だとすると、彼はこの周辺に住んでいる人? 


「あ、あの、この辺りに住んでいる方ですか?」


 ハンターをしている母さんが、以前魔導等の研究のために山奥で生活する人たちがいるといっていたな。ローブを着ているし、この人もそのタイプなのかも。


「こんなの報告になかったよなぁ。とすると、アクシデントか……」


 僕の疑問になど一切答えず、赤髪の男は暫し無精髭を摩っていたが、


「なーら、計画に支障がない程度で少しくらい遊んでも構わんよなぁ」


 その顔を醜悪に歪ませる。その悦楽に歪んだ顔を一目見ただけで、すーっと神経が凝結したような気味悪さを感じ、思わず後退る。


「あー逃げても全然構わないぜ。というか、早く逃げろよ。じゃないとつまらねぇからな」


 男がパチンと指を鳴らすと、その男の背後から光る複数の獣の目と唸り声。


「ひっ!?」


 体中の血液が逆流するほどの悪寒が走り、口から小さな悲鳴が漏れた。

 そしてゆっくり樹木の奥から姿を見せる黒色の犬に類似した獣たち。

 間違いない。この男がこの獣たちを操っている。そしてこの男の会話の内容から察するに、洒落や冗談じゃなく本当にあの犬モドキを僕にけしかけようとしている。

なぜ、いつも僕だけこうなるのさ!

 僕は泣きたい気持を必死で抑えて、背後の獣たちから逃れるべく一心不乱に走り出す。


 息が苦しい。心臓が痛い。足もさっきから止まって欲しいと悲鳴を上げている。それでも背後から迫る無数の獣の気配から遠ざかるため、必死で足を動かしている。

 【この世で一番の無能】のギフトのせいで、僕の足は遅い。直ぐに追いつかれてしかるべきなのに、黒色の獣たちはすぐ後ろをついてくるだけ。まだ僕が無事なのは、皮肉にもあの獣を操っているあの赤髪の男が僕という狐の狩猟行為を楽しんでいるからだと思う。


 もうどこを走っているのかもわからない。奴らに追い立てられ逃げているだけ。今や周囲に深い霧まで立ち込め始めていた。

そして遂に小さな滝つぼのような場所に出る。

 くそ! 完全に行き止まりだ。あとは滝の中に身を投げるくらいしか方法はない。まあ、あんな獣の餌になるくらいなら、まだその方が幾分いいかも。

諦めかけたとき滝壺の水面へ流れ落ちている水の奥に僅かに空洞のようなものが見えた。

 もしかして、あそこから逃げられるっ!? 

 闇夜に灯を得た想いで滝壺の奥へと走ると、そこは奇跡的に洞窟のようになっていた。

 よかった。これで先に進める。僕はさらにその洞窟の奥へと突き進む。


 どのくらい走っただろう。既に洞窟の壁や天井は赤茶けた土壌から石造りの人工的なものへと変わっている。

 数十分いや、数分に過ぎなかったのかもしれない。心臓も肺も両足も限界に達したとき、通路の奥に光が見えた。よかった、出口だ。でも確か今って真夜中のはずじゃ。


「は?」


 洞窟を出るとそこは、草木が一本もない荒野だった。しかも、空には燦燦と照り付ける太陽。

 どうなってんの、これ? 洞窟を入る前は夜。洞窟を抜けたら真昼だったって、どんな魔法だよ! 

 落ち着け! もう走るのは限界だし、ひとまずは隠れる場所を探すべきだ。

 隠れる場所か。グルリと見渡すと、そこは周囲が高い絶壁に囲まれた半径500メルほどの空間だった。その崖の周囲にはいくつかの枯れ木が生い茂っており、泉のようなものも存在している。そしてその空間の中心には一つの神殿のようなものが荘厳にも聳え立っていた。

 あの神殿は隠れられそうだな。もう、いつなんどきあの獣どもがここに侵入してきてもおかしくはない。もう少しだけ滝壺の周囲で途惑ってくれればいいんだけど。相手は獣だし、鼻は効きそうだ。あまり期待はできないかも。

この場所への奴らの侵入を確かめるべく、ここと繋がる洞窟の入り口へと視線を移すと――。


「嘘でしょ……」


 思わず驚愕の言葉が口から滑り出す。当然だ。来たはずの洞窟はふさがれていた。より正確にいえば跡形もなくなくなっていたのだ。

 駆け寄って調べるが、結果は同じ。どこにも洞窟の出口のようなものは見当たらなかった。

 過去にハンターの母さんから、遺跡の中にはこのような出口が消失するトラップがあると聞いたことがある。これもその手のタイプなのかも。

 だとすると、奴らもこの場所に入れない以上、やり過ごすには都合がいいかもしれない。あの赤髪の男にとって僕は狩りを楽しむ玩具。奴にとってあくまで遊びである以上、数日間も僕を見失えばこの場所から退散するんじゃないかな。

 ならば、あとはこの場所を出る方法を見つけた上で数日留まり、ここを脱出する。それがベストだ。

 ここの脱出法か。一番怪しいのはきっとあの神殿だろね。まずはあそこから探索することにしよう。

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