第12話 一日だらけていたら翌日状況が一変していた。上

 恵比寿でとったコアクリスタルは全部で1000エキュトになった。

 セリエたちの借り賃を引いても600エキュトの稼ぎだ。9万円相当。2日で稼いだと考えれば悪くない。


 翌日は1日オフにした。

 よく考えれば、突然誰もいない東京にすっ飛ばされ、探索者になり、ゲームの中に出てくるようなモンスターと2日間戦ったのだ。1日くらいはオフにしてもいいだろう。

 ホテルの部屋でゴロゴロするのも芸がないので、変わってしまった渋谷を歩き回った。


 エレベーターが動かないせいか、ビルはほとんど3階あたりまでしか使われていない。

 西武の一階から一番上まで歩いてみたけど、洋服や陶器、家具などは持ち去られて何も残っていなかった。一方、化粧品や薬とかは用途不明だったらしく隅に積み上げられていた。

 口紅くらいはわかったようだけど基礎化粧品がどうだのというのは異世界の人にはわかるまい。まあ僕にもわからないのだけど。


 本屋は荒らされた跡があったけど、そもそも字が読めなかったらしくほとんどの本は放置されている。

 ただ、画集コーナーと写真集コーナーは空っぽになっていた。芸術とイケメンとエロは次元の壁を超えるのだな、と思った。



 渋谷散策も半日程度で飽きてしまった。

 やることもないので天幕の下で、昼間からワインとガルフブルグ産のビールのような酒をなめながら、だらけて過ごした。

 ビールが冷えてないのはちょっとさびしいところだ。|管理者(アドミニストレーター)の力でホテルの冷蔵庫でも使うか。

 そんなことを思いつつ、結局その日はだらけたまま終わった。


 さらに翌日。今日中にアーロンさん達も帰ってくるはずだ。

 帰ってきたときに酔っぱらっているのも体裁が悪いから今日は酒はやめておく。もう一度、今日は一日だけセリエとユーカの二人を借りて狩りにでも行こう。


 そう思って向かった西武渋谷店一階でアルドの口から意外なセリフが出てきた。



「あの二人はお貸しできません」

「それはなんで?」


 なんか拒否られるようなことを僕はしただろうか、と一瞬自分の行動を思い出すけど。


「あの二人には買い手が付きそうなのです。あちらの方です」


 カウンターの向こうで黒髪に紺色っぽいマントを羽織った男がセリエと何か話していた。

 なるほど。そりゃ、奴隷というか売り物である以上はそういうこともあるよなと思う……でもなんか残念だ。せっかく縁があったのに。


 しかし、1800万円近い現金をポンと用意できるんだから、大商人とか貴族とかそんなんだろう。

 金持ちってやつはどこの世界にもいるもんだ。うらやましい。

 僕の顔を見たユーカがカウンターから出てこっちに走ってきた。


「お兄ちゃん!」

「やあ、ユーカ。君たちとまた一緒に行きたかったんだけど……」


 言い終わるより前に、ユーカが僕の手を握った。


「私たちを連れてって!あの人、いやなの!」


 藪から棒な発言だ。何が嫌なんだろうか。

 カウンターの向こうでは男がセリエと何か話し続けている。面談中というか面接中、という感じだ。


 ユーカの髪をなでながら見ていると、セリエの表情が一変した。

 表情が薄い淡々とした顔が、こっちから見てもわかるほどの怒りの顔に変わる。何があった?


 男がセリエの耳元で何かいうとカウンターの中から出てきた。

 歩み去る男をセリエがものすごい目で睨んでいる。こっちまで若干引くほどの目つきだ。殺気が伝わってくる。


 男は、肌が少し浅黒く、髪も黒。そして耳がとがっている。ダークエルフ?かそのハーフって感じだ。

 仕立てのよさそうな細かい刺しゅう入りの紺色のマントのようなものをまとっている。ユーカをみてこちらに向かってきた。


「ユーカ。明日からはわが主をご主人様と呼ぶのだぞ。無礼は許さんからな」

「やだ!お兄ちゃんと一緒に行くんだから!」


 そういってユーカが僕の後ろに隠れる。


「ふむ。君は?」


 男が僕を見る……元の東京でもよく見た視線だ。権力者が下っ端を見下す目だ。


「探索者です」

「ふむ。おかしな身なりだな。で、ユーカが一緒にいくと言っているが。君が二人を買うということかな?

君のようなみすぼらしい、おっと失礼。探索者風情が120000エキュトを持っているのかね?

失礼ながらそんな風には全く見えないな」


 120000エキュトは大体1800万円くらいだろうか。もちろんそんな金はない。


「うん。言わなくても構わないよ。

わかっている。貧乏人に貧乏だと認めさせるほど私も非道ではないからね」


 ユーカが僕の手を強く握る。

 あのセリエの表情でなんとなく察しがついた。こいつに買われたら二人は離れ離れにさせられる。


「お兄ちゃん、一緒に連れてって!」


 ユーカがすがるような顔で僕を見た。

 カウンターの向こうに佇むセリエは何とも言えない目で僕等を見ている。悲しげでもあり、諦めているようでもあり、怒りのようでもあり。僕にはその心を図ることはできなかった。


 二日で1800万円を工面する。

 冷静に考えれば非現実的な話で、前の世界にいたら考えるまでもなく無理な話だ。こっちでも無理筋だろう。

 それに、相手は貴族なんだかそれとも偉い商人なんだか知らないけど。相応な権力者なのは間違いない。


「身の程が分かったかね。

では、ユーカの手を離してそこをどきたまえ」

「やだ!こっち来ないで!」


 僕が東京でサラリーマンをしていたら。目をそらして立ち去っただろうと思う。

 そもそもそんなお金はない。

 わずか数日前に少し会っただけだ。どうせもう会うこともない。

 それに、偉い人ともめたら周りに迷惑がかかるかもしれない。助けたって何の得もない。理由なんていくらでもいえる。


 ……でも、こっちに来る前にあの少年に話したことを思い出す。僕は世界をよくしたい、そう思っていたはず。

 ここで僕が何もしなければ。多分、二人はこいつに買われて引き離される。僕が買えればそうはならない。

 僕がそれをできるだろうか……ただ、この二人がどうなるかほぼわかっていて、何もしなかったら。きっと、いつまでも消えない心の引っ掛かりになるだろう。

 

 そういえば、アーロンさんが言っていた。世界は勝手に良くなったりはしない。自分で良くするんだ、だっけ。

 ああ、いいとも。僕が世界を良くしてやろう。


「ユーカ」


 まっすぐユーカの目を見つめた。

 本当にいいのか、僕を見つめ返すユーカの目に一瞬躊躇する。


「僕が……君たちを買う。待ってろ」

「ホントに!お兄ちゃん!」


 言ってしまった。ユーカが喜びで満ちた澄んだ目で僕を見つめる。


「本当だ。信じて」

「うん、待ってるからね。約束だよ」


 もう後には引けない。やるしかない。


「なるほど。それは立派な心意気だ。では私も貴族として下々の者に厚情を示さなくてはなるまいな。

では、君に2日間の時間をやろう。明日の日が暮れるまでだ。貴族の心の広さに感謝したまえ。アルド、明日の日が暮れるころにまた来るぞ」


 大仰に言うと男が出て行った。

 アーロンさん達の手も借りないといけないが、戻るまで下準備をしなくては。



 西武の外に出るとさっきの男が立っていた。


「君には感謝するよ、探索者君」

「何が?」


 こっちとしては話すことなんてないけど、感謝ってのは意味が分からない。


「絶望したものの顔を見るのはそれはそれで楽しくもあるし、わが主のお望みでもある。

あの二人を引き離すときにそれが見れれば十分だと思っていた」


 やはりそうか。

 セリエがあれだけの怒りを示すとしたらそれしかないだろうな、と思った。


「だが君があの二人に希望を与えた。

希望が与えられて、そしてそれが砕け散るのを見るのは、ただ絶望するものを見るより楽しいのだよ。知っているかね?」


 あきれ果てる性格の曲がりように頭が痛くなる。得意げに話す内容か、これは。

 ガルフブルグの貴族様はこんなのばかりではないと思いたい。


「なぜそんなことをする?そんなことしても意味ないだろ?」

「我々の事情で君のような下賤なものには関係がないことだ。

逆に聞くが、君はなぜ彼女たちのためにそこまでしようとするのかね?」


 なぜ、か。


「僕がどう思ってるかなんて、お前にゃわかんないだろうよ」


「明日が楽しみだよ、君。二人は君を信じて待つだろう。特にあのユーカはな。

君がドアを開けて現れて、金貨の山を積んでくれると。2日間望むのだ。かなわぬ望みなのにな。

私が明日二人を買うとき、彼女たちがどういう表情をするのか……」


 改めて責任の重さがのしかかってきた気がした。

 期待させた以上は、失敗しましたゴメンナサイってわけにはいかない。


「せっかくだ。君のご執心の二人を買ったらどうするか教えよう、まずは……ユーカの前でセリエを」

「おい!」


 もうこいつが何が言いたいのか察しがついた。


「逆でもいいんだがね」

「……いいからもう黙れ」


 武器を出して切りかかりたくなる衝動をかろうじて抑えた。不愉快すぎて黙らせないと、こいつを八つ裂きにしかねない。

 ここで武器を抜いて私闘をしたら罰せられるのかどうなのか。


「……その取り澄ました顔に風穴開けてやろうか」

「ほう。怖い顔だな」


「さっきの質問の答えを思いついたよ。てめえみたいなゲス野郎にあの二人を渡してたまるか」

「勇ましいな。明日、君の打ちひしがれた顔を見るのも楽しそうだ。せいぜい楽しませてくれよ」


「僕が120000エキュト用意できるかも、とか考えないのか?」

「それはそれは。どうやってかね?

ガルフブルグに戻って上位のドラゴンでも狩るかね?それともこの探索の進んでいない塔の廃墟でどこにあるかもわからない宝物でも探すのかね?2日間で?

まあ楽しみにしてるよ。せいぜい頑張り給え」


 僕の肩をポンとたたいて男はスクランブル交差点の方に歩いて行った。


 ドラゴンを倒すレベルの難易度か……改めて大変さが実感できた。でも。

 なんていうか、猛烈にやる気が出てきた。

 思い通りになんてさせるものか。

 絶対に。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る