第3話 迷宮新宿駅で蜘蛛のモンスターに遭遇する。

 いきなり真っ暗になってパニックになりかけたけど……停電か?これは、たぶん。

 完全な闇っていうのは、あんまり経験がない。キャンプとかした時も、月明かりくらいはあった。


「大丈夫かい?」


 少年に声をかけたけど、返事が返ってこない。

 スマホのライトをつけたらテーブルやメニューはそのままで、僕の飲んでいたコーヒーのカップもあるけど、少年はいなくなっていて、オレンジジュースのグラスも消えていた。

 でもテーブルの上には紙が残っていて、さっきまで少年がいたことを確かめさせてくれる。


「すいませーん!」


 深呼吸してとりあえず気持ちを落ち着かせる。

 呼んでも店員さんは出てこなかった。


「誰かいませんかー?」


 店の奥にもう一度声をかけたけど、またもや返事はなかった。

 こういう時は店員さんが避難誘導とかするんじゃないのか。ノーリアクションなのはあまりにも無責任な気がする。


 とりあえず清算して帰らないと。停電だったら電車も止まるんだろうか。

 このままJRが止まれば明日出勤しない理由になるだろうか……いや、ならないか。

 転職するにしても明日から仕事をぶっちぎるわけにもいかない。明日に備えてどこかでホテルに泊まる方がいいのかもな。


 こんな状態で仕事の心配なんてしている自分にうんざりする。

 もう辞めようかとさっきまで思っていたのに。


 何かニュースでも流れてないか、そう思って闇に浮かび上がるスマホの画面を見たけど。なぜか、圏外になっていた。

 新宿の地下街1階で圏外にはならないと思うけど。それとも停電になったら携帯のアンテナも壊れるんだろうか。

 まずは地上に出よう。停電だとしたらそれなりに混乱しているだろうな。どこか泊まれるところはあるんだろうか。


 しかし。周りを見渡すと、なんだか違和感がある。停電とはいえ、非常灯さえもついていない。光は僕のスマホのライトだけ。あとは押しつぶされそうな漆黒の闇だ。

 それに、さっきまで店の外の通路には人が居たはずだ。突然真っ暗になったのに、声ひとつ聞こえてこないのもおかしい。

 まあいったん出てみよう。外に出れば少しは状況もわかるだろう。


「ここにお金置きますよー」


 財布から1000円札を出してコーヒーカップの下に置く。またもやノーリアクション。仕方ない、おつり50円はあきらめた。

 ポケットに紙を押し込み、ライトをつけて足元に注意しながら店の外に出る。

 さて、地上への出口に近いのは右と左とどっちだっただろうか。



 左右を見ていると左の方に明かりが見えた。もう消防とかが来たんだろうか。だとしたら早い。流石は日本のレスキュー。

 スマホを掲げて手を振る。


「すいませーん。大丈夫ですかー?消防のひとですか?」


 光に向かって呼びかけた。

 走ってくる足音がして、人影が大きくなる。


「人が居るみたいだぜ、旦那」

「馬鹿言うな。なぜこんなところに?ソロか?」

「ここは未踏区域です。人がいるとは思えないんですけど」


 これは女性の声だった。


「でもよ、ほらここに」


 光が近づいてくる、まぶしい光に照らされて目を背けた。

 そこに現れたのは。レスキュー隊員というよりコスプレイヤーという感じの3人組だった。


 先頭は短い金髪に、金のライニングをした革の胴当てらしきものを着た二十歳すぎくらいの兄ちゃんだ。

 先端が光る棒のようなものを持っている。LEDライトだろうか?ただの棒にしか見えないけど。

 身長は僕よりちょっと高いくらい。懐中電灯のような明かりの下でも、日本人じゃないことと、モデルのようなイケメンだってことは分かる。

 

 その後ろは黒みがかったブラウンの髪に薄く無精ひげを生やした、精悍な感じのアスリートという雰囲気の渋い年上っぽい男。身長190センチはかるくこえているだろう。デカい。

 革か何かでできた頑丈そうなジャケットのようなものをきている。


 一番後ろにいるのは長い黒髪の小柄な女の子だ。和風っぽい柄の長いひざ下まで届きそうなロングコートのようなものを着ている。若い。かわいい。

 全員どう見てもどうみてもレスキュー隊ではない。新宿駅の地下に居そうな人でもない。コスプレパーティ帰りって感じだ。


「レスキュー?じゃないですよね?停電ですか、これ?」


 真ん中の男がこちらに一瞥をくれると周りを見渡した。なんとなく彼がリーダーっぽい。


「リチャード!階段近くで警戒に当たれ」

「あいよ」


 リチャード氏が身をひるがえして階段の方に戻ってく

 彼がこちらを見た。


「おい、あんた、仲間とはぐれたのか?それともソロか?」


 男はどうみても外人さんだったが、なぜか言葉が理解できた。ところで、ソロってなんですか?音楽?


「なんでもいい。ここにいるんなら探索者だろ。敵がくるかもしれないんだ。手を貸してくれないか?」


 手を貸してって何をだろう?何が何だかわからず混乱していると、遠くからリチャード氏の声が聞こえてきた。


「アーロンの旦那、残念なお知らせだ。来るぞ!」


 ふと気づくと、地面や天井が揺れている。

 かすかな揺れだったのがだんだん地鳴りのような音になってきた。地面がはっきりわかるくらい激しく振動する。停電の次は地震か?


「……逃げ切れないか。レイン、明かりをつけて防御の準備を。リチャード、下がるんだ!」


 リチャード氏が階段から下がり、レインと呼ばれた黒髪の女の子が身長より長い杖のようなものを構えて何かをつぶやき始める。

 ところでその杖……どこから出した?


「【我が言霊が紡ぐは光……闇よ退け】」


 突然、目の前に光の玉が現れて、真っ暗だったあたりが光に照らされた。

 いつも通りの新宿駅地下一階、いつも通りのショウウインドウと無料広告紙、レストランやさっきまでいたカフェ、コインロッカー。

 そして場違いなコスプレイヤー3人。やはり状況がつかめない。


 突然現れた光の玉は空中に浮き、熱くはなく、まぶしすぎない強さであたりを照らしている。なんだこれは?こんな家電あったっけ?

 ぽかーんとしているうちに地響きのような音がますます近づいてきて、突如10メートルほど向こうの天井が崩れた。

 ガラガラとすさまじい音が地下道に響き、砕けた電灯やガラスがとびちった。もうもうと煙が舞う。


「なんだこれ、げほっ」

「来るぞ!備えろ!」


 地下道の煙が少し薄くなる。

 その煙の向こうにいたのは……なんと、モンスター?だった



 モンスターというと現実感がなさすぎるけど、僕の乏しい語彙ではそう言うしかない。

 上半身は人間の女、下半身は巨大な蜘蛛、という、FFとかで見たことがあるようなモンスター。

 迷宮などと言われたりする新宿地下街だけど、いつの間にモンスターとエンカウントする本物の迷宮になったんだろう。


「あんた、ここにいるんだから戦えるんだろう?手を貸してくれ」


 さっきの手を貸すって、あれと戦うのに手を貸せってことですか?

 僕は高校時代は剣道をやっていただけで、それ以外に戦いなんてしてないし、喧嘩も弱かったし、今はただのサラリーマンです。


「手助けをしたいのはやまやまだけど……何が何だかわからないんです」

「何言ってんだ。一人でこんなとこまで散歩しに来たわけじゃないだろう?」


「ついさっきまでそこの店でお茶飲んでたんですって。ほらあの机にコーヒーカップもあるでしょ」


 店を指さしたがコーヒーカップが見えたかはわからない。アーロン氏は僕をまじまじと見て、肩を落とした。


「リチャード、レイン、コイツはあてにならん。俺たちで何とかする!」

「援軍じゃねぇのかよ、がっかりだぜ」

「わかりました」


 がっかりされるのは悲しいけど、どうしようもないものはどうしようもない。


 蜘蛛がこちらに向けて猛スピードで突撃してきた。

 リチャード氏が前に出てその前に立ちふさがる。その手にはいつの間にか、金色に輝く鞭のようなものが握られていた。

 レイン嬢がまた何かをつぶやきはじめる。


「【我が言霊が紡ぐは盾。鋼となりて矛を止めん】」


 突然、リチャード氏とアーロン氏の体にオーラのような青い光がまとわりついた。

 リチャード氏が金色にかがやく鞭を振り回して蜘蛛と戦いはじめた。

 振り下ろされる足を軽快なステップでかわし、鞭で脚や人間の上半身を打ち据える。蜘蛛が鞭で打たれて後退した。


 アーロン氏はレインさんを守るようにして立ちふさがった。その手にはこれまたいつのまにか盾と剣が握られている。

 目の前で始まったFFか何かのような戦い。この現実感のない状況で僕は何をすればいいんだろう。何かできることは。


 ……といっても今はスーツ姿で、持ち物は携帯、かばん、財布、家の鍵くらいだ。僕にできるのはせいぜい石を投げるくらいしか思いつかない。

 少しは役に立つだろうか。手近な瓦礫を拾い上げる。


 とその時。

 突然、ポケットに入れていた、あの少年がくれた紙が突然僕の目の前に浮き上がった。

 新宿駅で大停電になったと思ったら、変なコスプレイヤーとあって、次はモンスターが現れた。モンスターの次は、紙が浮かぶとか。もう何でも来いって感じだ。

 呆然と紙を眺めていると墨で書いたように紙に文字が現れる。

 

 紙が空を飛んでるのも何が何だかわからないけど、文字は日本語だった。


>>スロットホルダーの戦闘の意思を確認しました。

>>スロットのセットを開始します


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