それでも君と。

@JinJinCA

第1話

「ねぇ、恭介。別れよ。」

いつもと変わらない日常が始まると思っていた。

そんな日常が明里の一言で壊れた。


「何冗談言ってんだよ、まだ寝ぼけてんのか。」

恭介はスマホを触りながらそう返した。

明里はいつもそうだ。

寝起きはいつも寝ぼけていて、適当なことばかり言う。けど今回は少し様子が変だ。


「恭介。別れよ。」

明里は表情一つ変えずに再びそう答えた。


「まさか本気で言ってないよな」

流石の恭介も違和感を覚え、冗談交じりにそう聞き返した。

明里は俯いたまま動かない。

頬から涙がつたっている様子だけが見て取れた。


「本気で言ってるのか、、、ちょっと待って、

俺何かした?明里が傷つくようなこと何かした?」

「ううん、恭介は何も悪くない。

でももう疲れたの。だから別れよ」

明里は相変わらず俯いたままそう答えた。

声のトーンもいつもと違う。いつもは芸人顔負けの声とテンションで話すのが明里という人物だ。

明里の普段と違う姿が事態の深刻さをひしひしと物語っていた。


「意味が分かんねぇよ、昨日まであんなに好きだって言ってくれてたじゃんか。

なんで昨日の今日でそんなに態度が変わるんだよ。」

「・・・・」

明里は俯いたまま動かない。


「、、、なんで何も言わねぇんだよ。何か言ってくれないと分かるものも分からないじゃねーかよ。」

頭を掻きむしりながら恭介はそう答えた。

普段温厚な恭介もイライラしている様子が一目で分かる。


「勝手なのは分かってる。でももうダメなの、、、お願い、別れて欲しい。」

「本気なのか。。。」

明里は小さく頷いた。


「嫌だ。俺は別れたくない。理由も言わないのに別れてくださいって言われて、はいそうですか。って納得できる訳ないだろ!なぁ、せめて理由だけでも教えてくれよ。。」

恭介は鼻声になりながら懸命に訴えた。しかし、


「、、、ごめん。」

そう言って明里は家を飛び出した。

恭介は明里を探しに後を追ったが既に姿はなかった。

自分に非があるのか、なぜこんな事態に陥ったのか、状況を飲み込めずに恭介は立ちぼうけていた。

少し待てば明里は帰ってくる。そう思い、過ごしていたが明里は帰ってこなかった。



明里が飛び出して6日後の朝、

恭介はこの世界の隠された理を悟った。

それは

『1週間後の日付が変わる瞬間に自分が死ぬ事実。

そしてその事実を他人に知られた場合、知った者知られた者の両者は太陽の光を浴びると同時に寿命が尽きる。』と言うものであった。


恭介は愕然とした。この世界にそんな秘密があったなんて。今まで何人かの知人の死を経験してきたが、彼らは全員自分が死ぬ事実を知った上で天寿を全うしていたのであった。

こんな事実普通はすぐに受け入れることが出来ない。だが不思議と事実であるとすぐに受け入れることができた。これがこの世界の変えようのない理なのだと。


そして同時に気づいた。明里が何故別れを急に切り出したのか、その本当の理由を。

「明里のいる場所なんてあそこしかないだろ。。。」

恭介は小さく呟いた。

大学生からの付き合いだった2人にはいつも決まって、不安な時に逃げる場所があった。

2人の出会った場所、大学から少し離れたところにある宵始神社である。

大学生一年生の春学期、学校に馴染めず1人でこの神社に訪れていた恭介に明里が声をかけたのである。俗に言う、逆ナンというやつだ。

2人の思い出の地、恭介は宵始神社に向かった。


時刻は20時55分。

いた。凄くやつれてはいるが明里だ。

経った6日会ってないだけ。そんな短期間で見違えるほど痩せ細っていた。

「しんどかったよな。。。」

恭介は小さく唱え、明里に近づいた。

明里は一瞬身構えた。知らない男が自分に近づいてきている、そう感じたのだ。


「、、、恭介??」

明里はか細い声を発した。

自分に近づいてくる男をすぐには恭介だと認識できなかった。

それぐらい恭介の見た目は変わっていた。おそらく別れ話をした日からろくに食事を取っていないのであろう。


「恭介に決まってるだろ。俺ら以外誰がこんな寂れた神社に来るって言うんだ。」

笑いながらそう答えた。

目には薄ら涙が浮かんでいるが、恭介は気丈に振る舞い、言葉をこう続けた。


「なぁ、明里。明里が別れたいって言った日から丁度明日で1週間だよな。

あと3時間で日付が変わる。」

恭介は時計を見ながら明里に語りかけた。


時刻は21時00分。

明里は何も言わない。ただ蹲って泣いているだけだった。

月明かりが2人を照らす中、恭介は握り拳を作りながらゆっくりと口を開いた。

「今から変なこと言うけど、意味が分からなかったら聞き流してもらっていいから。

明里寿命って後3時間?」


明里はびくっとし、顔をゆっくりあげた。

綺麗な顔だ。おでんの卵のような綺麗な輪郭、1:2:√3で測れそうな直角三角形かのようなスッとのびた鼻筋、ダイオウイカにも劣らない大きな瞳、いつ見ても綺麗な顔だ。髪の毛はボサボサなのは残念だが、それさえも美しいと思った。

呆気に取られた表情をしていたが明里は何も答えない。

恭介はそっと抱きしめてこう続けた。

「その反応だけで分かったよ。ありがとう。全部、全部分かったよ。辛かったよな。」


恭介は力の限り明里を抱きしめた。

明里は何も言わない。動かない。

「今日の朝起きたら、この世界の理を全て理解したんだ。

それと同時に明里の態度が急に変わった理由も分かったんだ。」


恭介は深く呼吸を三度繰り返し、一言一言を噛み締めるかのように話し始めた。

「明里、俺の寿命は残り1週間しかないみたいなんだ」


その時、この世界の理が動いた。2人は直感的に理解した。

自分たちの寿命が翌朝の日の出までになってしまったことを。


時刻は21時10分。

「なんで今私にその話をしたの!恭介の寿命がほとんど無くなってしまったのよ!」

明里は恭介を突き飛ばし、憤りながら言葉を発した。

そうすると恭介は笑いながらこう答えた。


「やっと口を開いてくれた。。。

明里の寿命が伸びたんだ。俺の寿命なんて幾らでもやるよ!」

恭介は舌を出して、無邪気に笑って見せた。

明里の目には涙が浮かんでいた。

恭介は優しい男だと知っていた。知っていたけどいざ目の前でこんなに無鉄砲に自分の為だけに命を投げ打つ男を見て、明里は何と言えば良いか分からなかった。


恭介は話を続けた。

「俺さ、明里に嫌われたと思ってたんだよね。

あ、もし本当に嫌いだったら言ってね、傷ついちゃうけど受け止めるから。」

いつも通りの恭介だ。ひょうきんさを出しながらも相手の表情をよくみているのが分かる。


「いやぁ〜、俺もまさか死ぬ前に寿命が分かるなんて思いもしなくて、、、

だから今朝この事実を知った時はぴえん通り越してパオンだったよね!」

ああ、恭介のこういう所だ。こういう所を好きになったんだ。

どれだけどん底にいても、恭介は常に笑っている。

彼は経験的に知っているんだ。悲観的になるより前向きに考えることの大切さを。

明里はそんな恭介の笑顔が何よりも好きだった。


「でもさ、それと同時に分かったんだ。明里の態度が急に変わってしまった理由について。

幾ら俺が寂しがり屋だからって勝手に消えるのは無しだろ。。。」

恭介は涙が落ちないように空を見上げていた。


「あっ、明里が別れを切り出したタイミングがちょ、丁度6日前だったから死ぬほど焦ってさ、探したんだからな。」

恭介は言葉に詰まりながらも涙を服で拭い、明里をまっすぐ見つめてこう話を続けた。


「お前がいない世界は俺は考えられない。

たとえ俺の寿命を減らしたとしても、明里と一緒に最後の人生を過ごしたかったんだ。」

「だからって。。。後10時間も生きられないだよ。何でわざわざ寿命を縮めたの。。。」


明里がゆっくりと話し始めた。

「私は恭介に幸せになって欲しかった。でも恭介の近くで死んでしまうとあなたを不幸にしてしまう、、、そう思ったから突き放したのに何で。。。」

明里の目からは涙が溢れていた。

自分のためにこの愚かな決断をした男を前に彼女は動揺を隠せなかった。

彼の心情を理解することが出来なかった。


恭介は優しく語りかけ始めた。

「違うんだ。明里がいない人生に幸せはないよ。

明里がいなくなって分かったんだ。明里がいない俺の人生なんて糞食らえだ。

なぁ、明里。あそこに行こうよ。

ずっと昔から行きたいって言ってた喜望峰の山頂。あそこで日の出を一緒にみよう。」

恭介は彼女に近づき、優しく抱きしめた。


「1人で辛かったよな。。。もう泣くな。俺が一緒にいるから」

暖かい。恭介の熱だ。

明里は6日ぶりにこの熱を思い出し、泣きじゃくりながら首を縦に振った。


すると恭介が突然、

「よし!そうと決まればいくぞ!

全財産使って夢だったハーレーを一括キャッシュで買ってきたから一緒に乗っていこう!」

「もう、バカ恭介!」

2人は笑い合っていた、いつも通りの2人の姿がそこにはあった。

明里ももう下は向いていない。最後の時間を恭介と過ごす覚悟を決め、やっと前を向くことが出来た。


「じゃあしっかり捕まってろよ!」

2人は喜望峰に向けて出発した。

ノンストップで約7時間かかる道のりだ。



時刻は21時30分。

恭介はトイレに寄りたいと言い、近くの百貨店に入り最後の一服を堪能した。


時刻は4時50分。喜望峰の山頂についた。


2人はベンチに座りながら、夜明け前の山脈を見つめている。

天気予報によると5時05分が日の出時刻。寿命は残り約15分。


「ねぇ、恭介知ってる?私、ずっと恭介のこと好きだったんだよ。」

急に明里が話し始めた。


「何当たり前のこと言ってるんだよ。俺も好きだよ」

「そうじゃなくて、恭介と大学で出会う前から知ってたの。恭介のこと。」

明里は意気揚々と話している。

さっきまであんなに生気が無かった人物と同一人物とは到底思えない。


「え、嘘。なんでなんで?」

恭介は目を丸くしたまま、口をあんぐりと大きく開けて固まってしまった。


「可愛い顔。あの時もそんな感じで口を開けてポカーンってしてた。

実は高校の文化祭で恭介の学校に私行ってたんだ。恭介は覚えてないと思うけど。」

普段の陽気な彼女だ。いつも通りの話口調に安心した恭介だが依然として何も思い出せないでいた。


「えぇ、全然覚えていない。。。俺明里に何したの?」

恐る恐る恭介は明里に尋ねた。


「プロポーズしてた、同級生に目隠しされて道端でプロポーズするって遊びしてたよね。

それでたまたま通りかかった私にプロポーズしたんだよ。あれ私だったんだ!」

明里は笑いながらそう言った。

あぁ、たまらなく可愛い。恭介は心の中でそう思った。


「えぇぇ!まじで!!

プロポーズ遊びしてたのはめっちゃ覚えてるけど、え、あれが明里だったのか。。。まじで知らなかった。」

「私もびっくりだよね。印象的だったから「恭介」って名前と顔は覚えてたの。だから大学で会った時びっくりしちゃって私から話しかけたんだ。実は高校の時から一目惚れしてたんだ!知らなかったでしょ。」

明里はベロを出しながら自慢げにそう話した。


「本当に知らなかった。高校時代の俺よ、、明里と出会ってた事実をしっかり覚えておけよ。。。」

2人は互いに向き合って大きく笑った。


時刻は5時00分。

遠くの空が少し白んできた。

あぁ、もうすぐこの幸せな時間が終わってしまう。

恭介は時間よこのまま止まれと強く願ったが、時間は刻一刻と進んでいく。


「なぁ明里。プロポーズごっこもう一回しない?最後にさ」

恭介がおちゃらけた口調で切り出した。


「何それ。まぁ付き合ってあげないことはないけど。」

満更でもない表情で明里はそう言って、明里は目をつむった。

あの時もそうだ。明里が目を瞑り、恭介も目を瞑り、今思うとかなりカオスな状況だった。

「明里。」

恭介の優しい声が聞こえたと同時に明里の指に何かがはまる感触がした。

「え。」

「明里、結婚しよう。」

「ちょっとまって。え。。」

明里は事態を一切飲み込めていなかった。

手元を見ると左手の薬指に指輪がはまっている。

「実はさっき百貨店で少し休憩した際に、買ってきたんだ。明里にプロポーズがしたくて。

あんまり高価な物じゃないから明里はブチギレるかなとも思ったけど。。。どうかな?」

あぁ恭介はいつもこうだ。

私に幸せをくれる。本当に最後の最後まで驚かされ続ける人生だった。

明里の目から涙が溢れている。

でもこの涙はさっきまで流していた涙とは違う。

明里は満面の笑みを見せながらこう答えた。

「はい!・・・はい!」

恭介は明里をそっと抱き寄せた。

「明里、愛してる。これからもずっと一緒にいてください。」

「もちろん。私も愛してるよ。恭介。」


時刻は5時05分。

抱き合ったまま地面に倒れ込んだ2人の姿がそこにあった。

彼女の左手の薬指は朝日に照らされ、輝き続けていた。

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