利用規約という謎の力を手に入れた結果。全てが無に帰った。。

@senntanngap

第1話

歩けど歩けど進んだ気にならない毎日。それは少なからず僕のせいだけではないはずだ。

「明日はちゃんと言われた通りの金額を持って来いよな?正樹」


そう僕の名を呼ぶのは、石島隼人という男だ。その後ろには石島と仲良くしている二人の男もいる。3人は下卑た笑みを見せる。


「……」


「おい、俺たちの言った言葉にはしっかり返事をしろよ!」


そういって石島は僕の腹部にブロウをかます。


「いっ……はい」


痛みを堪えて精いっぱいの声をあげる。


「分かればいいんだよ!じゃあ、明日は3千円な?」


石島は3本の指を掲げて笑う。そして、物置室から仲間二人を引き連れて外に出て行った。

僕は奴らが出て行ったのを確認して、物置室の扉の鍵を内側からかける。


「とまあ、こんな感じです。助けてください。ヨウ様」


僕は誰もいない物置室で願うように手を握り懇願する。まるで、神頼みをするように。


「ふむふむ、災難じゃったのう。どれお前には恩もある。助けてやろうではないか」


僕の目の前には手の平に収まるサイズの白い顎髭を生やした爺さんが現れた。この爺さんの名前はヨウと言って何かの神様らしいのだ。昨日の帰り道に道端に落ちていたこいつを僕は拾った。

 

最初は人形かなんかだと思ったが、急に喋りだすわ、空を飛んでいるわで、この小さな神様の言葉を信じざるを得なかった。どうやら僕だけにしか見えないようで、今朝も僕の家の食卓を飛び回っていたが、家族の誰一人として気づくことはなかった。


「それにしても、僕を本当に助けてくれるんですか?」


「もちろんじゃ、そなたは儂を助けてくれたからな」


僕は先程のように同級生からいじめを受けていたのだ。そんな話をこの神様にしたら、儂に任せろと意気揚々と言ったのだ。正直、母親の財布からお金を盗むことなんてもうしたくない。だけどいじめられていることを母親に言いたくもない。でも殴られて痛みを我慢したくもない。正直、この神様に期待のきの字もしていないが、自分で現状を打破する方法なんて思いつかない。縋るしかなかった。


「具体的にはどうやって?」


「ふふ、これじゃ!」


そう言ってヨウ様は指をパチンと鳴らす。すると、僕の頭上から巻物とペンが現れた。中を見ると何も書いておらず、本当にただの巻物だった。


「こ、これは巻物ですか?」


「ただの巻物じゃないぞ。それはそなたの利用規約書じゃ」


巻物という割にすごく現代的な名前をしているな。


「これで僕は助かるんですか?」


「間違いなく助かると思うぞ。他人がそなたに対して何かをするときの規約を設けられるのじゃ。例えば、その巻物に触れてはいけないと書けば、触れた奴らは規約違反で罰を与えられるのじゃ」


なるほど。そういうことか。それならここに攻撃をしてはいけない。と書いておこう。触れてはいけないだと日常生活に支障をきたすし、僕に攻撃するのはあいつらくらいのもんだ。


僕は巻物と一緒に落ちてきたペンで“攻撃をしてはいけない“と書いた。僕は早速その効力を確かめるためにあいつらを探しに物置から飛び出た。

 

「頑張るんじゃぞ!」

 

ヨウ様は僕にそう言うと姿を消した。

 


 

 あいつらが休み時間にいる場所を僕は把握していた。僕は屋上へと駆け上がる。そして、屋上には先ほどの3人組がパンを食べていた。さっき、僕から取り上げた金を使って購買で買ったのだろう。

 

「おい、石島金返せよ」

 

 自分でもこんなしったかりと言葉を言えたのに驚いた。ヨウ様からもらった力を過信しているのか、それとも試したい探求心なのか、もうどうにでもなれと自暴自棄になったのか。良く分からない。

 石島と他の二人は驚いたような表情をしたが、それは一瞬でこっちを見てにやにやしている。

 

「おいおい、どうした?正樹。まだ絞られてえのか?」

 

石島は笑い交じりに言う。先程のヨウ様の説明ならあいつに攻撃をさせなきゃいけないわけだ。僕は逆に笑い挑発する。

 

「なんだ?その不細工な笑い方、吐き気がするわ。お前ら全員気持ち悪いよ」

 

精一杯の罵倒をぶつける。すると、石島の隣にいた奴がこちらに向かってきて拳による攻撃をしてきた。


「ごぶぅっ」


僕は声にならないような音を口から出す。よし、これであいつは痛い目にあうはずだ。と、頭の中で考えた時に衝撃は視覚から訪れる。


僕を殴ったそいつは破裂して血をまき散らし、その血を僕は全身に浴びた。


「え?」


「あ」


「うえええええええええええええええ」


石島は何が起きたか分からないといった間抜けな表情をする。隣のもう一人は血だまりの中にあるものを見たのか吐瀉物をまき散らした


おい、どういうことだよ。痛い目ってなんだよ?


「ヨウ様、これはどういうことだよ」


僕がそういうと手の平サイズの爺は笑顔で現れた。


「どういうことも何も、その利用規約書に違反したからその者は痛い目を見たのじゃ」


「な、こんなことになるなんて一言も言ってないじゃないか!」


「こうならないとも一言も言ってないじゃろ?」


僕がヨウ様に怒鳴り散らしていると石島は青ざめた表情で僕を見る。


「ひ、人殺し……」


違うだろ。もとはと言えばお前らが僕を虐めていたんじゃないか。それにこいつが死んだのも僕のせいじゃないだろう。この利用規約書のせいだろ。それに、この神様が僕にちゃんと説明していないのが悪いんだ。僕のせいじゃない。


「僕のせいじゃない」


僕はそう言って血だらけの制服を身にまとい屋上から逃げた。とにかく逃げた。逃げた。




あの日から5年経った。


あの後、一時的に僕は指名手配を受け、追われたがそれもなくなった。利用規約に“探してはならない”と書くだけでいいのだ。“敵意をもってはならない”と書くだけでいいのだ。


恐らくだが、僕以外の人間はほとんど残っていない。それは仕方のない話だ。僕がほとんど殺してしまったのだから。僕はびっしりと書かれた巻物を広げる。


「ヨウ」


「なんだ、正樹」


僕が呼ぶとそいつはいつもの笑顔で出てくる。


「あの時、僕がちゃんと罰の内容を確認していたら」


「そうじゃな、そなたの利用規約書だ。罰の内容はそなたが決めていればその通りになっていたぞ」


何度聞いたか分からないヨウのその返答に何度したか分からない後悔をする。そして、一人残された世界で僕は言う。


「ちゃんと確認しとけば良かったな」

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