妹のヒモとなって異世界で生きていく
雪下 ゆかり
第1話 ギルドマスター
「———スター、マスター」
オレは瞼を擦りながら目を覚ました。
「起きて下さい。クラウス家の使いの方がいらしています」
「ごめんよ、仕事をしていたら疲れて寝てしまっていたようだ」
「……いえ、朝方に見たときから書類が1枚も進んでいないことはわかっていますから…」
「……あっはい、ごめんなさい」
「それよりクラウス家の使いの方がお見えですので、応接間へ来てください」
「えークラウス家かぁ———、オレは、仕事でいないって言っておいてよ」
「子供みたいなこと言わないで下さい。早く来てください」
そう言われ、アルジェに腕を引っ張られ連行されていく。
◆
この世界に来て、2年くらいが経っている。
2年前、オレは俗に言う異世界転移に巻き込まれたのだ。
転移した先は廃村で人が住んでいるような場所ではなかった。
しかし、そこには6人の子供と1人の大人が住んでいた。
しばらくその7人と一緒に住んでいたのだが、保護者とも呼べる男が、果たさなければいけないことがあると言い残し、子供達を託して旅立って行った。
6人の子供は自分の年齢がわからなかったようであるが、明らかオレよりも年下だった。
オレも20歳になったばかりだったけど、オレがなんとかしなければいけなかった。
幸い転移ボーナスとも呼べる固有スキルを2つ貰えている。
あまり使い勝手の良くないスキルだったけど文句はない。
その後、この街に妹と弟達と出て来たら、地下ギルドがこの街の冒険者ギルドを乗っ取っていることを偶然知り、なんやかんやで地下ギルドを倒し、その功績が認められ、オレがギルドマスターをさせられ現在に至る。
———なんだよ、普通、見ず知らずの奴をギルドマスターにするか?
断ったのに領主命令で無理矢理ギルドマスターにならされるし。
こんな領主だからこの街の冒険者ギルドは地下ギルドにも乗っ取られるんだよ。
封建制度の世界だから、そんなことは言えないけどさ…。
ギルドの運営なんか知らんわって感じだ。
……まぁ実際、サブマスターのアルジェがギルドの運営を全て上手くやってくれているのだけどね。
彼女に見切りをつけられないように本当に気をつけないといけない。ギルドマスターとしてのオレの仕事は彼女をギルドに繫ぎ止めることだ。
◆
「お待たせいたしました」
アルジェがノックをし、応接間に入室する。アルジェの後ろに続いてオレも応接間に入る。
「急なご訪問、申し訳ございません。カーク様がお呼びですので、クラウス家までご同行願えますか?」
「おことっ——」
お断りしようとしたら、横からアルジェに肘で叩かれた。
「勿論です。失礼ですが、私も同行させていただいてよろしいでしょうか?」
オレの言葉を遮り、アルジェが同行する旨を伝える。
アルジェも同行してくれるみたいだ。それなら安心して領主のところに行くことができる。
「承知致しました。準備ができ次第、馬車の方へお願いします」
「わかりました。すぐに準備して参ります」
クラウス家の使いが応接間を退出した瞬間に、アルジェからお叱りの言葉を頂く。
「マスター、断ろうとしないで下さいッ! 相手は、領主様の使いですよッ!
」
「えー、絶対めんどくさいことを頼まれるよ? いいの?」
「まだ、話も聞いていないじゃないですか! ギルドの様子を聞かれるとかの可能性もありますよ」
「そうかなぁ…」
「とりあえず私も行きますから、すぐに準備して馬車まで来てくださいッ!」
アルジェに叱られた後、着替えだけ済まして馬車の元へと向かった。
◆
「よくぞ急な呼び出しに応え来てくれた。其方にお願いしたいことが1つあるのだ」
オレの目の前に座って、偉そうに話しているのが、この街の領主であるカーク=クラウスだ。
頭はスキンヘッドにしており、筋肉隆々でとても50代には見えない風貌をしている。
正直、怖くて逆らう気になれない。
ってか、帰りたい。
「領主様に冒険者ギルドを頼って頂き光栄でございます。お願いとはどのようなことでしょうか?」
横にいるアルジェが領主の対応をしてくれている。
馬車の中でアルジェから私が対応するからオレは余計なことを話さないでくれって頼まれたのだ。
自分でも余計なことを言いそうな自信があるので、頭を下げてお願いしておいた。
また、アルジェに何か買ってあげよう。
「次女のリナが今朝から帰って来ぬ。リナを探し出してもらいたい」
どんなお願いをされるんだと思っていたけど、なんだそんなことか。
迷子を捜すくらいならオレでも出来そうだ。
幸いリナ様とも面識があり、顔もわかる。
武力が必要なことなら、妹や弟達か冒険者ギルドに所属する冒険者に頼まなければいけなかった。
「お任せください。我々ギルドで探し出しましょう」
「よろしく頼む。必要な物があればこちらで準備しよう。遠慮なく言ってくれ」
「いえ、問題ありません。カーク様は、安心してリナ様のお帰りをお待ちください」
「期待しているぞ。それとこれは、この街の地図だ。使ってくれ」
スッと一枚の紙を手渡してくれる。
「念のためにお聞きしますが、すでにこの館は探されたのですか?」
アルジェが重要なことを聞いてくれる。
「部下達に探させたが、どこにもいなかった。他に所有している館も探させたがいなかった」
「そうですか。わかりました」
その他にも重要そうなことをアルジェが確認してくれていた。
オレは、うんうんと言いながら頷く置物になることを徹底していた。
◆
オレ達は確認することを一通り聞いた後、領主邸から出た。
領主の厚意で、馬車を借りることができたので、アルジェとこの後のことを話し合う。
「マスター、どうしましょうか? ギルドに戻り、手の空いている冒険者全員に依頼を出しますか?」
「ん~いや、数人でいいかな? できれば光魔法か火魔法が使える人がいいかな」
「光と火魔法ですか? 確かに魔法を使える者となると、そんなに人数を確保できないでしょうけど…」
「オレの予想だけど、大丈夫なんとかなるよ」
本当に大丈夫なのかと、アルジェが疑いの目でオレを見てくる。
オレの読みはこうだ。
リナ様は元々かくれんぼが好きなのだ。以前も領主邸に行った際、かくれんぼの相手をさせられた。それも3時間もだ。
今回もきっとかくれんぼのつもりでどこかに隠れているのだろう。
きっと領主で忙しい父親に構ってほしいリナ様が父親を不安にさせようと隠れているのだと予想している。
本当は領主自身がリナ様を見つけることが一番良いのだろうが、領主は忙しくてそんな暇がないことくらいオレにもわかる。
なので、これくらいのことならオレがひと肌ぬごうと思う。
オレで良ければ遊び相手くらい喜んでなろう。
寧ろこれを機にギルドマスターから領主の娘の遊び相手に転職したいくらいだ。
それに、この世界に来た時によく妹や弟達とかくれんぼをしたものだ。
何となく子供の隠れそうな場所はわかる。
かくれんぼは得意なので何も心配いらない。
ただ、地下室などの暗い部屋を探すには、光魔法の「
オレが使えたら一番早いのだが、オレは魔法が使えない。
この世界は魔法が存在するが、誰でも簡単に使えるわけではない。
魔法が使える者は貴重な存在となっている。
心配しているアルジェを横目に、オレは気楽に馬車からの景色を楽しんだ。
◆
「ますたぁーーーーーーーーッ! 助けてくださいッ!! また、あの二人が騒いでいますッ!!」
ギルドに帰って来てすぐ受付の子に泣きつかれた。
この子はミリアといってギルド職員になってから半年くらいしか経っていない。
15歳くらいでボブベースのショートレイヤーな髪型をしている可愛い子だ。
ちなみに胸は控えめなサイズをしている。
それにしても今日は何かと騒がしい日だな。
「ミリア、あなたもギルドの職員ならば、いつまでもマスターに頼らずに自分で何とかしなさい」
アルジェがミリアを叱っているがその言葉はオレにも突き刺さってくる。
これは、オレに遠回しにいつまでも私に頼らずマスターとして仕事をしろってことかな…。
ん~とりあえず謝っておくかな。
「ごめんなさい」
「……なんでマスターが謝るんですか?」
アルジェが、不思議そうな目で見てくる。どうやら本当にミリアに対してだけに言っていたようだ。
よかった、よかった。これからもアルジェにはお世話になるつもりだからね。
「まぁ、ミリアも悪気があるわけじゃないからね。やっぱりギルドは皆で助け合っていかないとね」
「はぁ、マスターが良いのであれば…」
「ますたぁ、ありがとうございますッ!」
ミリアが嬉しそうに抱き着いてくる。
「さて、それよりも騒ぎを起こしているのはいつもの二人?」
「そうです。ロイとクリスの二人です。今日はどっちがクエストを受注するかで喧嘩しだしたんですッ!」
「本当につまらないことであの二人は喧嘩しますね」
はぁとアルジェがため息をついている。
「ははは、そうだね。まぁ、ここはオレに任せておいてよ」
たまにはギルドマスターらしいことをしないとね。
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