お母さん、落ち着いて聞いてください。息子さんは自閉症スペクトラム障害です

ヤギです

第1話 診断名がついた日

 当時、2だった歳半だった息子。

 私はフルタイムの正社員。息子は1歳の頃から保育園のお世話になっていた。


 1歳半になっても言葉がなかなか出てこなくて、要経過観察だった。

 2歳になってもなかなかおしゃべりが上達しない。

 1歳ごろからミニカーで遊ぶときは並べたりするのが好きだった。車を走らせて遊ぶよりは、並べる方が好き。


「あら、これってちょっと発達障害の傾向あるかも?」


 福祉系短大を卒業していた私は、多少児童福祉や発達心理学についての知識がある。息子の発達が他の子より遅いことは重々承知していた。


 でも育てにくさは感じていなかった。

 家庭だと1対1のコミュニケ―ションがとりやすく、苦手なところは手助けもしやすかったからだ。


 ところがどっこい。個人遊びがメインの1歳時クラスから2歳児クラスに進級するとそうもいかない。

 担任の先生から「ちょっと他の子よりも苦手なことが多いようで……」と遠慮がちに報告される機会が増えた。

 2歳児クラスでは少しずつ集団行動や順番、ルールについても学んでいく。

 通常であれば先生のお話を聞くこともできるし、簡単なお決まり事を守ることもできるようになる。


 でも、息子はまず先生のお話を聞くことができない。

 大勢の人がいる中で特定の人物に注目することが苦手だったのだ。そうなると、誰に注目したらよいのかわからず先生から出される指示をきちんと聞き取ることができない。で、自分のやりたいことを優先してしまう。


 新しいことに挑戦するのも大の苦手だ。

 初めていく場所、初めて着る服。『初めて』が恐怖の対象になる。

 

 発表会の練習でみんなと一緒に練習したり、場面をなんとなく理解して適切な行動を取ったりすることはかなりの難関。

 集団行動をとることが難しく、その場にとどまることができない。


 やったことのないこと、馴れていないことに挑戦するハードルが他の子たちより何倍も高くなってしまう。新しいことが怖くて仕方ないのだ。


 正直なところ、私はまだ2歳だった息子に育てにくさを感じることはなかった。だけど先生たちから「どうしたらもっとわかりやすく伝えてあげられるのかわからない」と相談を受けていたため、受診することにした。


 受診結果は、予想通りの「自閉症スペクトラム障害」


 はっきりと診断名がつけばもやもやしていた気持ちもすっきりするだろうと思っていた。しかしそれは思い違いだった。私は覚悟していたつもりなのに結構ショックを受けていたのだ。


 そして息子が3歳クラスになるころ、制服登園がはじまり、体操服の着用がはじまった。ここで初めて『育てにくさ』を痛感した。


 制服を着せようとするたびに大暴れして泣き、体操服を着せようとするたびに大声で叫んだ。


 初めて尽くしの新生活に、息子はパニックを起こしていた。


 しかし、いちいち丁寧に対応している時間はない。子供のペースに合わせていたら仕事に遅れてしまう。焦りは心の余裕を奪い、恐怖で困惑している息子に優しく接してやることなど到底できなかった。


 発達障害はひとくくりにできるほど簡単な問題じゃない。本人が困っていなければ個性であり、障害にはならないとよく言われる。


 だけど発達障害の子を育てる母としては「個性の一言で片づけないでほしい!」と叫びたい。


 発達障害ではない子を持つ両親をみていると羨ましく思うことさえある。


「うちの子は手をつないで歩けないのに、あの家の子は素直に手をつないで歩ける」

「ほかの子たちはみんな運動会で踊ったり、発表会で最後までステージに立ったりできるのに、うちの子はどちらもできない」


 どうしてみんなにできることが、うちの子にはできないの?


 無性に悲しくなった。家庭内では自由気ままに過ごせるため、息子は落ち着いていられる。それなのに集団生活にはいるとなじめず先生たちの手を煩わせている。


 可愛いはずなのに、可愛くないと思う瞬間があった。


 子供を心の底から愛せていないのではないか?


 私は母親失格なのかもしれない。


 漠然とした不安とやり場のない悲しみや怒りで、頭がおかしくなりそうだった。

 

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お母さん、落ち着いて聞いてください。息子さんは自閉症スペクトラム障害です ヤギです @akisuzu1112

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