「夜明け前」不登校体験エッセイ

このめだい

幼馴染と小さな異変

 私の名前は岡田 橙美とうみ

 郵便局員の父と、兼業主婦の母、9歳離れた妹、定年退職して妹の面倒を甲斐甲斐しく見る祖父と祖母の6人家族。



 私が不登校になったのは、中学一年の六月頃から卒業するまで。

 小学校六年間は、至って普通の特別変わったところのない生活を送っていた。

 週五日は公文、習字、スイミングスクールと習い事があり、結構ハードな日々だったのは確かかな。

 週末はクラブチームのバレーボールでエースと呼ばれるポジションで練習を頑張っていた。

 友だちも少なくなく、楽しく日々を過ごしていたと思う。



 本格的に不登校になってしまった話の前に、それに関わる私の腐れ縁となるある人物との出会いからお話ししたいと思う。


 彼女の名前は道場みちばさん。初めての出会いは、幼稚園の時だった。


 余談になるが、私は子供の頃の記憶がハッキリ残っているタイプで、遡ると三歳の頃の記憶から結構鮮明に残っている。


 道場さんの初めの印象は「こわっ!」だった。

 幼稚園の時、彼女はいつも決まった子と一緒にいたけれど、私は勇気を出してある時声をかけてみたんだよね。


「あの……」


 その瞬間ギロリと睨まれ、私はおずおずと退散した。

 その後声をかけることも出来ず、以降怖い子という印象のまま時はいっきに小学校三年生まで進む。


 当時私の通う小学校では低学年、中学年、高学年と二年毎にクラス替えがあったのだけれど、中学年の時に同じクラスになったタコちゃんと意気投合して仲良くなった。そのタコちゃんと繋がっていたのが、道場さんだったのだ。


(ヒー!! タコちゃんとは仲良くしたい……でも……でも道場さん怖い!)

(幼稚園の時声かけたら睨まれたし! 三人の時はいいけど、二人になったら何か言われそう……)


 初めての印象が最悪なだけにかなり身構えていたけど、予想に反して道場さんはとても友好的だった。

 引きずるものがあった私は、ある程度話が出来るようになってからもしばらくは緊張感が抜けずにいた。


ちゃん」

 私の当時のあだ名は、木に登る橙という漢字のイメージからか、サルと呼ばれていた。顔がサルに似ていたからではない。

 

「サルちゃんサルちゃん」

 と慕って呼んでもらっているうちに、いつの間にか友達としてかなり居心地のいい存在となっていた。

 AB型で少し変わったところのあるタコちゃんと、頭の回転が早く大人っぽい道場さん、天然でかなりアホな私。

 高学年でも同じクラスになれた三人は、中学年の頃以上にお互いのことをよく分かっていると思っていて、道場さんを中心にバランスの取れた関係を築いていた。





 ……けれど、そんな関係もある日突然終わりを迎える。

 小学五年生のとある日を境に、道場さんが突然学校を休みがちになった。


「え?今日も道場さん休みなの?」

「うん……」

「どっか悪いの?」

「……分からない……」


 道場さんが休みがちになり、タコちゃんといったい何があったのかと心配していた。あんなに一緒にいたのに、どうして道場さんが学校へ来ないのかハッキリ分からない自分たちが嫌だった。

 保健室登校などで少しだけ学校に来る日もあったけど、教室に来ることのないまま保健室にも来なくなった。

 当時の担任と相性が悪くそれが原因かも…と話は出るが憶測の域を出ない。本人に直接聞く勇気もなく、道場さんが学校に来ることのない日々は過ぎていった。



 私たちは放課後学校のプリントなどを届けるために、先生に頼まれて道場さんの家によく行っていた。その際は家に上がらせてもらって、一緒にゲームなどをして遊んで過ごすことがあった。


 道場さんは、以前のような快活な雰囲気ではなくなり、目に力がなく、あまり多くの言葉を喋らなくなっていた。

 初めて出会った時の印象を思い出すかのように、人見知りの猫が人を威嚇するようなどう接したらいいのか分からない雰囲気を醸し出していた。

 

 でも、しばらくゲームをして遊んでいると少しずつ以前のような雰囲気になる。

 おばさんも心配そうに側で様子を見ながら、私たちに気を使ってお菓子や軽食を出してくれた。


 当時の私には“学校に行けなくなる”ということが、病気以外の理由であまり想像が出来ず、道場さんがどうして学校に来れないのかが理解できずにいた。一緒にゲームが出来るんだから、学校にも来れるはずと単純に考えていた。


「道場さん!早く学校においでよ!みんな待ってるからさ」


 本当に悪気なく発した言葉だった。

 その時、道場さんがどう思ったのかは分からない。

 けれど、この何気なく発した言葉が後に自分自身を苦しめる一言になることをこの時の私は知るよしもない。





 道場さんが学校に来なくなって、私にも少しずつ体調の変化が訪れていた。噛み合っていた歯車が少しずつずれていくような違和感を、この頃から感じていたのかもしれない。

 初潮があってホルモンのバランスが崩れたからなのか、ハードな日常で心身が知らぬまに疲れていたのかは分からない。


 全校集会などの人が集まる場で、気分が悪くなり倒れることが増えた。

 保健室に行く回数も増え、普通にこなしてきたスイミングスクールやバレーボールが、少ししんどくなっていた。

 体力が持続しないことを感じ、この年五年続けたスイミングスクールを辞めた。


 何となく、体格が女性らしくなることに嫌悪感があり、身長も学年でいち二に大きかったので、小さい子に憧れがあった。少しでも小さく見えるよう、背中を丸めることが多くなっていた。


 そんな変化をあまり重要だと受け止めることもなく、道場さんも学校に来ることはなく、私たちは小学校を卒業していった。

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