田舎SF

 ふと立ち上がって、思いっきり腰を伸ばした。足元を見るとまだまだ雑草が残っている。作業は夕方までかかりそうだ。


 周囲を見回す。家と森に挟まれた裏庭にある小さな畑だが、思ったより管理は大変そうだなと思った。


 仕事もテレワークでやっていけるようになり、思い切って田舎の一軒家を借りてみたが、今のところ大正解だったと思う。ドローン配送の範囲内だから買い物で不便することも無い。家賃も一軒家まるごとで都会の六畳一間より安い。


 田舎は良い。山と田んぼだけの風景は、都会の広告まみれの街並みよりずっと目に優しい。


 なにより、生活していてとても気楽だ。指紋認証も顔認証もせず店に入れるし、現金で何でも買える。監視カメラなんてどこにも見かけない。住民を逃亡犯か何か探すみたいにいつも見張っている都会とは違う。


 などと考え事をしていると、何か動く気配があった。あたりを見回してみると、背の低い生垣を挟んだ先、隣の畑に人がいる。隣家に住んでいる若い男性だ。


「こんにちはー」


 声をかけてみると、男はえらい勢いでこっちを振り向く。まさか人に声を掛けられるとは思ってなかったのだろう。


「あ―――ああ、なんだ、びっくりした」


「すいません、驚かせてしまって」


「いえいえ。そちらも畑を始められるんですか?」


「ええ、そうなんですよ。まず雑草を抜くところから始めてみようかと」


 ふと隣の畑に目をやる。背の高い支柱にネットが張られて、そのネットに何かのツルが絡みついている。一面に葉が生い茂っていてネットの向こうはほとんど見えない。まるで緑の壁のようだ。


 育てているのはキュウリのようだが、収穫が追いついていない。熟れすぎて黄色く腫れ上がった実が所々についている。健康的に生い茂る葉と病的に垂れ下がる実の不釣り合いな姿は、どこか不自然なものを感じさせた。


「これは……キュウリですか?」


「ああ、そうです。こうやってネットを張るとツルがよく育って、いっぱい実をつけてくれるんです」


「すごいですね。支柱立てたりネット張ったり、一人でできるんですね」


「慣れれば案外なんとでもなるものですよ。奥にもこんなのがあともう4つくらいあるんですが、2つも立て終わるころにはもう慣れたもので。育てるのは良くても、食べるのが追い付かないくらいです」


 その後、もう二言三言話してからまた作業に戻った。


 こうやって隣人と話すのも田舎でしかできないことだ。都会で隣人に話しかけたときは物凄い顔で見られたものだ。


 あの人は私と同じ移住者だが、今度は地元の人たちとも話してみたいものだ―――










 その日の夜。


 外からサイレンが聞こえてきた。随分近い。


 何事かと思って外に出てみると、昼に話した彼がパトカーに連れ込まれているところが見えた。


 規制テープの外で、近所に住んでいる高齢の女性たちが集まっている。訳知り顔でコソコソ話しているのを見ると、どうやら事情を知っているようだ。


「何があったんですか?」


 近づいて聞いてみると、彼女らは凄い勢いで話し始めた。


「あらぁ、新しく越してきた人ぉ?」


「あのお兄さんがね、実は畑に死体を埋めてたっていうの」


「前からおかしいと思ってたのよぉ。あんなにいっぱいキュウリばっかり育てて」


「キュウリのネットあんなにいっぱい張ったら、北側のやつに日が当たらなくなっちゃうのにねぇ。せっかく出来た実もぜんぜん収穫しないし」


「しかも私聞いちゃったんだけど、あの人って葉っぱを健康に保つっていう肥料しか買わないのよ。きっとキュウリで畑の真ん中を隠してたのね」


「ちょっと前までよく散歩してたのに最近は全然出歩かなかったじゃない?やっぱり家に隠したいものがあったからなのかねぇ」


「都会が監視カメラいっぱいになっちゃったから、ああいうのが田舎に逃げてくるのねぇ。嫌な時代だわ」


「少し前、あの家にヨソから来た人いたじゃない?埋められちゃったのってやっぱりあの人なの」


 ……恐ろしい、と思った。


 死体が埋まっていたことではない。ただの近所のおばさん達があの人の一挙一動を監視していて、しかもそれが住民たちの間で共有されているのが、だ。


「そうなんですか。ありがとうございます。では私はこれで―――」


「あ、お兄さん。そういえばあなた、昼にあの人と話してなかった?」


 年老いた野次馬たちの目が、一斉にこちらを向くのを感じた。


「……えぇ、そうなんですよ。いやぁびっくりしました。怖い話ですねぇ。まさか死体遺棄だなんてね」


「ほんとよねぇ。私たちも気を付けないとねぇ」


 逃げるようにその場を去った。あの老婆たち、腰の曲がった彼女たちがこちらを見上げてくる目が、都会で嫌になるほど見た監視カメラのように見えた。












 家に帰って、落ち着いて考えて―――もう一度引っ越そうと思った。ここより更に人口密度の低い、噂好きな隣人たちのいない場所に行かなければならない。


 監視社会から逃れた先が、監視カメラがご近所の目に変わっただけの監視社会では意味がないのだ。


 こんな場所では、私が冷凍庫にしまってあるモノだって、いつか見つかってしまうじゃないか―――

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