幽霊SF

 郊外のベッドタウンに向かう道。そこに幽霊が出る、という噂を知ったのはつい先日のことだった。


 車が空を飛び、拡張現実ARデバイスが普及した。そんな時代でもオカルトの需要は健在だ。ネット記事にすれば良い広告収入が手に入る。


 そんなわけで、現地に取材に来ているわけだが―――


「……マージで、なーんもないっすねー」


「そうだなぁ……」


 暇だからと何故かついてきた後輩と話す。本当に、何もないとしか言えない土地だったのだ。


 低い山に挟まれた谷間の土地。耕作放棄された田畑の間を道路が貫いている。


 道路には街灯こそ立っているものの、周囲に建物は全くない。おそらく夜になったら道路以外は真っ暗闇の中に沈むのだろう。


 おまけに交通量もほとんど無い。空飛ぶ車が普及する前に作られて、普及後は自転車通学の学生くらいしか通らなくなったのだろう。


「SNSの過去の投稿を見るに、幽霊の噂が出たのはちょうど3年前っぽいっすねー。投稿したのはここを通って通学する中学や高校の学生、と」


「2日間のうちに『幽霊の声がする』と似たような投稿が相次いで、2日目の夜からは聞こえなくなったらしい―――」


 妙な話だ。噂が広まるならもっと緩やかに広まるはずだ。


 一人が面白半分に嘘をついて、別の一人が真似して、さらにもう一人は信じて他人に話す。怪談というのはそうやって、少しずつ形成されていくものだ。


 それがこの件では、「幽霊の声を聞いた」という投稿が2日間の間に集中して約50件、17個のアカウントから投稿されている。そして2日目の夜からは「聞こえなくなった」という投稿に揃って切り替わる。


 まるで、本当に期間限定の幽霊でも出たかというような。そんな不気味さがあった。


 まあ、オカルト記者にそんなことは関係ないのだが。


「夜にもう一度来て、適当に不気味そうな写真を撮る。『張り込みを行ったが、確かに不可解な物音がした。危険を感じ撤収した』とか書けばいい記事になる」


「雑っすねー」


「現地の取材に来てる分真っ当なもんだ。普段なら近場の交差点の写真で済ませるところだぞ」


 あと2時間ほどで日も沈む。それまではいったん撤収するとしよう。












 日没後。


「確かにこれは、けっこう怖いっすねー」


「……だな」


 昼間に思ったとおり周囲は真っ暗だった。交通量は結局夜になってもほとんど増えない。ただ寂しく、等間隔に並ぶ街灯が誰も通らない道路を照らしている。


 これなら本当に幽霊が出てもおかしくないかもしれない。


「まあいい。とりあえず写真撮るぞ。お前も何枚か撮っといたらどうだ?この不気味さなら他の記事の雰囲気出すのに使えるだろ」


「そうっすね。あのあたり撮ってきます」


 後輩が少し離れたところに歩いていく。


 さて俺も、とカメラと三脚を持って、路肩のちょっとした草むらに歩きだしたところで―――突然、足場が無くなった。


 何がなんだかわからないまま転ぶ。そのまま地面に倒れる。したたかに頭を何かの角にぶつける。


 意識が遠のく。平衡感覚がおかしい。倒れているのに逆立ちしたような感覚。


「……っ……お……っ!」


 声が出ない。後輩に助けを求めなければ。


 握りしめたままだったデジカメのシャッターを、指の感覚だけで押した。盗撮防止のわざとらしいシャッター音が、連続して鳴り響く。


「先輩、どうしたんすか?マジで幽霊でも―――先輩?」


 どうやら気が付いてくれたようだ。


 そこで限界がきた。頭から血が出ているらしい。


 駆け寄ってくる後輩が見えたあたりで、俺は意識を失った。













 後日。


 あのあと後輩に救急車を呼んでもらって、俺は一命を取り留めた。数日入院して様子を見て、何もなかったら退院できるだろう、という程度には回復した。


 雑草で見えなくなっていた側溝があり、それに気づかず転んで、側溝の縁の角にこめかみのあたりをぶつけたらしい、ということだった。


 そして俺は病室で、幽霊の噂の真相を見舞いに来た後輩に話している。


「幽霊の正体は、俺と似たようなことになった人間だ」


「と、いいますと?」


「ちょうど3年前となると、ARデバイスが一気に普及したころだ。そして、同時に流行ったものがある。未成年者向けの視界フィルタリングだ」


 視界フィルタリング。未成年者にとって有害と見なされるもの―――エロかったりグロかったりするもの―――を、一括で未成年者の視界から消してくれるソフトだ。AR技術で対象物を使用者の視界から消すわけである。


 潔癖な保護者の間で一瞬だけ、これを子供のARデバイスに勝手にインストールするのが流行ったのだ。


「おそらく、俺と同じようなことになった人間がいた。転んだのかなんなのか、そいつは血まみれになって、周囲に助けを求めた」


「……なるほど。近くを通った学生は声に気づくけど、血まみれだからグロいって認識されて、怪我人の姿は視界から消される。結果、助けを求める声だけ聞こえて―――」


「そのまま幽霊の声扱いになっちまったわけだな。最初の一人がそう言いだしたのをSNSかなんかで見れば、他の学生もそれを信じて声を無視するだろ。なんせあそこは不気味な場所だからな。俺だってこんな仕事してなかったら信じてたかもしれん」


「で、その人はどうなったんですか?」


「ああ、助かったらしい。この病院の人に聞いたら、一晩中助けを求め続けた人が運び込まれてきたことがあるって言ってたよ。昼のうちに救助されたから、2日目の夜には聞こえなくなってたわけだな」


 ……しかしまあ、なんというか。


 分かってみれば、なんとも奇妙な事件である。過保護な親が子供にいらん目隠しをする。子供は幽霊だと思い込む。幽霊だと思い込んで声を聞くから急いで通り抜けていく。結果としてそこには、一晩中助けを求め続ける怪我人が取り残される。


「で、どう記事にするんですか?」


「そうだな。俺を含めて2人もあそこで死にかけたんだ。通行人を転ばせて殺そうとする幽霊、ってことにするか―――」

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