殺人SF
おれは殺し屋だ。十分な金額さえ貰えれば、どんな人間でも殺すのを信条としている。
今日もまた、依頼人がやってきた。
「ここに3億ご用意しました。これは前金です。どうかあの社長を。奴がライバル社の経営をするようになってから、わが社はシェアを奪われる一方なのです」
「ああ、金額は十分だ。期限はどうする?一週間か、一か月か」
「では一か月でどうでしょう。それ以内に社長が死ねば、さらに10億の成功報酬を支払わせていただきます」
「合計で13億か。いいだろう……」
依頼人は周囲を見回しながら帰っていった。
さて、依頼人が帰ったところで考えなくてはならないのが、殺害の方法である。
いまどき自分のバックアップをとっていない人間などいない。法律で定められた年齢に達して安楽死が執行されるとき以外は、直近にとったデータに基づいて生前と寸分違わぬ人体が培養され、復活してしまう。
この制度が始まるときには随分と倫理的な論争もあったようだ。バックアップがいたからといって自分が生き残ったことにはなるのか、と。しかしまあ、そんなことは殺し屋にとってはどうでもよいことだ。
ある人間をきちんと殺しきるには、生身の身体を殺害すると同時に、バックアップ生成用のデータが入っている専用の記憶媒体を破壊しなくてはならない。
やろうと思えば包丁一本で人を殺せた前世紀とは違って、殺人は既に特殊技能と化しているのだ。
幸い、今回の標的のバックアップの場所は全て容易に特定できた。標的は天才経営者とまで言われていたそうだが、自分自身のバックアップの置き場は不用心としか言えない有様だった。これなら私でなくとも容易に出入りできるだろう。
決行当日の夜、私はやすやすと標的の邸宅に侵入することができた。寝室で待ち伏せていると、酒に酔った彼が来てベッドに倒れこんだ。
ベッドの傍らに立ち、ナイフで頸動脈を掻き切ると同時に手元のボタンでバックアップ施設を爆破。仕事はおおむね完了だ。あとは奴がきちんと死ぬのを見届ければ終わり。まったく、拍子抜けするほど簡単な標的だ。
しかし奴は奇妙なことに、ニヤニヤしながらこちらを見てきた。
「……どうやら、高い生命維持ナノマシンを体内に仕込んでいるようだが、無駄だ。いくらなんでも失血量が多すぎる。大人しく寝たほうが楽に死ねるぞ」
「いやいや、この体で生き残ろうなんてもう思っちゃいないよ。確かにナノマシンは仕込んでるから、こうしてお話もできるんだけどね。しかし君も迂闊だな。この程度で私を殺せるとでも思っているのかい?」
「バックアップなら既に全て爆破して———」
「そうじゃないよ」
なかなか死なない。傷が浅かったかと思ってもう一度振りかぶる。
「私はすでにコピーされている。そうやって私は無限に生きるのだから」
手を止めて聞き直す。
「どういうことだ」
「君も僕の才能は知ってるだろ?業界シェア11位の弱小企業を圧倒的な1位に押し上げた天才。他の企業の経営も兼任して、見事その全てが絶好調」
「それがどうした。いくら経営の才能があっても不死身にはなれん」
「ある同業他社はこう考えた。奴を殺せばあの企業は潰せる、と。でもこう考えた企業もあった。自分たちも奴を社長にしてしまえばいいと」
そこまで言われて、ようやく分かった。警備がザルなバックアップ施設。自らの死に際してもニヤニヤ笑いを崩さない理由。
「……自分のバックアップデータを、わざと同業他社に盗ませる。盗まれた先で培養され複製されたお前は、別の顔と身分を与えられ、経営陣の一人になって経営のアドバイスをする」
「ご名答。かくして私は特定不能の複数に分裂し、名前も顔も変えて経営の才能を発揮し続けるというわけだね。同時に年齢も適当に偽っておけば、政府規定の安楽死だってどこまでも回避できる」
確かに悪くない思い付きだ。しかし一つ疑問がある。
「なんでわざわざ他社に盗ませるんだ。お前ほどの権力があるなら、自分の手で若いころのデータからコピーを作成して、適当な身分を与えればいい。それを繰り返せば永遠の命は獲得できるだろう」
「もちろんそれもやったさ。まあ、それ用の諸々はさっき君に壊されちゃったみたいだけどね。ほら、こうやって私本人にも把握できない場所に盗ませてしまえば、君みたいな有能な殺し屋だって私を殺しきれないだろ?」
なるほどその通りだ。おれは頷いた。しかしもう一つの疑問がある。
「果たしてそれは、お前が生き残ったのだと言えるのか?」
しかし返事はない。生命維持ナノマシンがとうとう停止したようで、奴はニヤニヤ笑いのまま既にこと切れていた。大人しく現場を離れることにする。
一応これでも、依頼人の目的は達成できた。成功報酬は貰えるだろう。
まあ、悪くない仕事だった。
報酬が良かったし、なにより面白い奴と再会するかもしれない楽しみが増えた。
盗み出されコピーされ、枝分かれした彼と会ったとき。それを再会と呼ぶのなら、の話だが。
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