【SFショートショート集】森羅万象SF化計画

陰謀論SF

「××党××、××国のスパイだった!!!!!!!!」

「○○社は○○教の傀儡!!!!○○を許すな!!!!!!!」

　今日も過激なサムネイルの動画を次々と投稿していく。

　何故かと言えば、それが私の仕事だからだ。陰謀論でバカどもを釣ってPVを稼ぐのだ。まったく楽な仕事である。

　しかしこの仕事ももう終わりだ。

　Inspection Engine ―――ネット上に転がる様々な情報を収集し、信憑性を格付けする全自動のシステム。通称IE。その日本版が明日の0時ちょうどから動きはじめるのだ。

　もちろんIEが私の嘘を暴いたところで、カモどもが目を覚ますわけではない。そんな判断が出来る奴はカモにならない。

　きっと信者たちは、IEは××が都合の悪い情報を消すために作ったシステムだとか言い出すのだろう。陰謀論者とはそういうものだ。都合の悪い事実が出てきても自説を曲げない。別の説を継ぎ足して正しさを維持しようとする。

　だから原理的に論破できなくて、それ故にカモが教祖を疑うことはなく、商売は安泰―――の、はずだった。

　そこに登場したのがIEだ。IEに嘘つきと認定されたら検索エンジンからもSNSからも追い出される。それどころか妄想と現実の区別がつかない人間扱いで、住所を辿って救急車を差し向けられることさえある。

　実際、すでに試験運用が始まっている北米では私のようなデマゴーグは駆逐されつつある。ここは素直に転職を考えるべきだろう。

「あーしたから、なーにしよっかなー……」

　座椅子の背もたれに体重を預けて、安アパートの天井に向かって独白する。ここ2年ほど陰謀論者たちの教祖として、デタラメな動画の配信で稼いできたのだ。つまり履歴書に空白が出来てしまった。

　貯金はあるし、しばらくは休むとしよう。荒んだ生活と薄汚い仕事に手を染めてきたが、これを機に健康的になってみるのもいいかもしれない。ジョギングでも始めてみようか。

　動画チャンネルは放置しておけばいい。デマだと判断されれば勝手に削除される。わざわざ自分で削除する必要もない。

　久々に早寝する。布団に入って、教祖に失踪される信者たちが一瞬気の毒になって―――どうせ別の教祖を見つけるだけだな、と思い直して、すぐに寝付いた。

　動画が消えていない。

　翌朝起きて気づいたのは、まずそれだった。

　私の寝ている間にIE日本版は運用を開始した。それは間違いない。テレビでもそれを報じているし、同業者たちの動画は削除されている。問題は私の動画だ。

　再生回数と評価のアイコンの横に新たに現れた「信憑性」のアイコン。それを見るに私の動画は、どうやら全て真実だと見なされたらしい。

　そんなはずはない。自分で作っておいてなんだが、あの動画はすべて根も葉もない嘘八百、まごうかたなきデマそのものだ。

　IEが判断を間違えた―――まず、考えられるのはそれである。しかし試験運用ではこんな事例が観察された報告はない。日本版もどうやら私の動画以外は真っ当な判断を下しているようだ。

　ではもう一つの可能性。つまり、私が何かの事実を言い当ててしまった可能性は。

　IEは意味理解と推論が可能なAIだ。比較的信用のできるメディアの情報などから推論を組み立てていき、それに反する情報にデマのレッテルを貼る。それがIEの仕組みだ。もちろん機械だから、人間にはとうてい処理できないような数の論拠から、とうてい理解できないような数の段階を踏んで推論を組み立てていくことになる。

　もし自分の動画が真実を言い当てていたら。その真実は実は当たり前の情報から推論できるけど、人間の処理能力では無理なだけだったとしたら。

　そういえば自分はどんな嘘をついてきたっけ。○○党が外国のスパイで、芸能人の○○氏は実は既に死んでて、○○の地震は人工地震で。

「……まさかな」

　きっと何かの間違いだろう。こんな自分でついた嘘を信じたら、まるで今まで騙してきたバカどもと同じみたいではないか。

　玄関からピンポーンと音が聞こえた。昨晩頼んだジョギングシューズが配達されてきたようだ。

　そういえば、自分はこんなことを言っていた。「実は日本の配送業者はみんな××の一味で、配達員のフリをして家に押し入って都合の悪い人間を消す。だから通販を使ってはいけない」―――

　それは嘘だ。自分自身がそれを一番分かってるじゃないか。荒唐無稽な想像を振り払って玄関に向かう。

「ご利用ありがとうございます。お荷物お届けに参りました」

　ほら、ただの配送業者じゃないか。

　ドアの鍵とチェーンを外し、荷物を受け取る。印鑑を机の上に忘れてきたことに気づいて、すいません、と断って配達員に背を向けた。

　背後でガチャリと、鍵が閉まる音がして―――