第84話

 帝国管財プロジェクトの全メンバーが集まっての、二回目の社内会議が始まった。前回と同じく進行は矢崎さん、私は補助と議事録担当だ。初回だった前回とは違い、それぞれの担当別に進捗を発表する。まだ始まって間もないということもあるが、順調に進んでいるようだった。


「で、先方の海田統括部長と成瀬弁護士との折衝担当は成瀬になる。基本、スケジュール調整含めすべて成瀬に回すように」


 矢崎さんは共有事項の一つとしてさらっと口にしたが、私は一気に血圧が三十くらい上がった気がした。これで確定だ。自分から言い出した事なのに、いざ公になると逃げだしたくなる。情けなさすぎるだろうと自分で自分の尻を叩くが、いつまでもつのだろうか。私が私を一番信用していないと感じ、一人で笑う。


「……偶然ですね、同じ成瀬さんだ」

「ほんとだ。でもこの人有名な弁護士ですよね。この前テレビにも出てましたよね」

「おじさんだけどカッコいいんだよねー」


 名字の件を含め、あちこちから声が聞こえる。そっか、お父さん最近はテレビも出るんだ。そういうの苦手そうなのに。

 昔の父の様子を思い浮かべながら、今の件を議事録に追記していると、矢崎さんが再び話始める。


「今誰かが言ったが、成瀬弁護士はうちの成瀬のお父さんだ。親子だからとなあなあになることはないだろうし気遣いする必要も無いが、一応ここに居るメンバーには共有しておく」


 予め決めていたこととはいえ、矢崎さんの宣言は私には裁判所の判決文のように聞こえる。これでもうなんの誤魔化しも逃亡も出来ないというような。諦めが悪いな。

 私は自分の名前が出たので、立ち上がって皆のほうへ深く頭を下げる。驚いたような顔をする人がほとんどだ。そりゃねぇ、この年で仕事で親と関わるとか、普通ないよね。授業参観みたいで恥ずかしい。


「……成瀬さんはお父さん似なんだ」

「美人のお父さんはイケメンてことだな」

「それ逆じゃね?」


 皆の想定外な反応にたじろぐ。自分が父似だと思ったことは一度もなかったから。


「あーほらほら、この件はここまで。次、和田班発表しろー」

 はい、と可愛い声を上げて、和田先輩が立ち上がって話し始める。私は目で矢崎さんにお礼をして再びパソコンに向き直った。


◇◆◇


「あんな感じで良かったか?」


 会議が終わり後片付けしていると、矢崎さんが寄ってきた。あんな、って、お父さんの件だよね。


「お気遣い頂いてありがとうございます。助かりました」

「いや、お前が決心してくれてよかった。下手に隠すほうが、確かに無駄に勘繰られそうだしな」

「何から何までお気遣い頂いて……」

「言ったろ。お前のことは守るって」

 結構大きい声ではっきりという矢崎さん。恥ずかしいから止めて欲しい。と慌てたところで後ろから両肩を掴まれた。


「人の彼女を守るとか、余計なお世話ですから」

 来人、あんたも声大きい。

「なんだ、まだ残ってたのか。お前はマックスの案件も掛け持ちになったんだから早く戻れ」

「急ぐ用件はありませんよ。ていうか、俺のこともついでに共有してくれても良かったんですよ?」

「……馬鹿か。それは言えない理由説明してあるだろ」

「千早のことは俺がちゃんとフォローするけどなぁ」

「親父さんのことで手一杯な成瀬にこれ以上負担掛けるな」

「だったら俺がいないところで千早を連れ出すの止めてください」

「上司と部下が飲みに行って何が悪い。今はプロジェクトのリーダーとサブでもあるしな。ほら、プロジェクター片付けろ」


 矢崎さんはそう言うと、押し出すように電源オフが完了したプロジェクターへと来人を向かわせる。来人はされるがままになりながら、ブツブツと文句を言い続けていた。

「……千早にGPSつけようかな」

 何今の独り言。本気で止めて。


◇◆◇


「じゃ、早速で悪いんだが、海田さんと成瀬さんに日程調整依頼してくれ。今回は佐々木さんと先方の社長は無しで」

「かしこまりました。こちらのメンバーは矢崎さんと私だけですか?」

「……立花も連れていく」

 え、なんで?

「佐々木さんから頼まれたんだよ。出来るだけプロジェクトの中枢も見せてやってくれって」

 なるほど。でもそんな嫌そうな顔しなくても。私は苦笑しつつ頷いた。


 私は抽斗から前回もらった名刺を取り出す。今後すべての連絡役は自分になることも合わせて伝えよう。

 大きく深呼吸する。例え連絡役になったところですぐに何かが起こるわけではないのだから。落ち着け、私。


 必要な情報だけ盛り込んだメールを送信した後、ふと見るとスマホに着信ランプが着いていた。


『お疲れ様』


 来人からの一言で、やっと私は自然に笑うことが出来た。

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