第68話
来人も帰って一人になると、外はもう暗かった。
そう言えば今日は社長のご自宅へ伺ったんだった。
それすらうっかり忘れてしまう。その後にあったことのほうが、私にとって大ごと過ぎて。
矢崎さんへの返事。
来人と私の関係。
今まで無意識に避けてきたのは、今日色々言われて分かった。でも急に考えようとしたところで、どこから手を付けていいか分からない。
普通の人なら友達に相談したりするんだろうけど……、私にそんな友人はいない。
自分の貧しい人間関係にため息をつくと同時に、ここ最近ずっとログインしていなかったチャットルームを思い出した。『みやこ』と『ちゅん』は元気だろうか。
でもなぁ、あそこ、来人(たら)も来るんだよね……。
うーん、としばし考えこむが、思い出した途端二人と話がしたくなった。土曜の夕方だからもしかしたら二人ともいないかもしれないけど、とりあえず……。
―ゆるりがログインしました―
いつもの表示が出てすぐに『みやこ』が話しかけて来てくれた。
―わーいゆるりんじゃん、ひさしぶりー
―みやちゃん久しぶり!そうだあけましておめでとう!
―わはは そうだそうだ、あけおめー
―今はみやちゃんだけ?
―そうだよー 最近私とちゅんだけだな。たらくんもほとんど来ないよー
みやこからの情報で私は安堵の息を吐く。今は全く関係ない話だとしても、来人とは距離を取ったほうがいいと感じていた。
―みやちゃんさ、唐突だけど彼氏っている?
―めっちゃ唐突w うん、いるよ。同棲してるし
なんと。この子とプライベートな話したこと無かったし、ほぼ常にチャットルームで会えるから実家住まいで気ままに暮らしてる子かと思ってた。
―その彼氏ってさ、みやちゃんにとってどんな存在?
―んー? うーん難しいなぁ。もう付き合って長いし…… 家族みたいかな、彼氏がおならしても平気w
すごい……。そういうものなのか。
―友達とか、仕事で一緒の人とかと、どう違うのかな
―あれれー?もしかしてゆるりんから恋バナ相談かなー?うしし
―うししじゃなくてそうだよw こういう話、嫌かな
―やじゃないよー そうだなぁ、友達とか同僚って、たくさんいるじゃん。でも彼氏は一人だけ。彼だけいればいいし、他の人は考えられない。そんな感じ?
彼しかいない。一人だけ。
―まあ先のことはわかんないけどね、今のところは。あたしも浮気とかしないしー
―アルバンとは、また違うんだよね?
―違うよー あんなに格好良くないし、脚短いし、バカだしw
私はみやこが好きなゲーム内のキャラの名を出すが、当然の返答が返ってきた。
―ゆるりん、好きな人出来たとかかな?
―好きなのかどうか、分からないの
問われるままタイピングしていたら、自分でもハッとするような文章を入力していた。
―最近?
―そうだね、最近かも
―告られたとか?
―うーん、まあそんな感じ
―で、迷ってるんだ?
迷っている。そうだ、私は迷っているんだ。でも、何に?
―正直、そういう目で見たこと無かったし
―あーなるほどね それは悩んじゃうかもね。でも即拒否しなかったってことは少しは好きなの?
みやこからのコメントを読んで、私はしばし息を止めた。
その時頭に浮かんでいたのは、矢崎さんではなかった。
―そういうことになるのかな
―さあねー♪ そこはゆるりん自身が考えて答え出すところじゃない?
―そっか、そうだよね
―うんうん♪ あ、ご飯出来たみたいだから、一旦落ちるねー
―うん、ありがとうね!
―うんにゃ おつかれー
私はログアウトしてパソコンを閉じる。
矢崎さんには、再び突っ返されたとはいえ、一度返事をした。
けど、来人は?
色んなことを言われてきた気がするし、ナンかされたりもしたけど、私は一度も拒否らしい拒否をしていない。
プチ切れした来人に会議室で迫られた時は押し返したけど、どちらかと言うと『ここは職場だから』という意味合いが強かった。
じゃあ、私は、来人を、好き?
ダメだ、そこで止まるんだ。私は。
モヤモヤする。私が今見極めなきゃいけないのは、異性として、恋人として来人を見ることが出来るかどうか、と言うことだが、その判断基準が分からない。
みやこの言う通り私が考えることだ。私しか答えを出せない。
だけど、どこで線引きをしたらいいのか分からない。
さっきのみやことのチャット内容を思い返す。彼女は確か自分の彼氏のことを『他の人ではだめで、彼しかいない』と言っていた。
来人じゃなきゃだめ、って、もし思うことがあれば、それは。
閉じたパソコンの前に座って、私はかなりの時間ぼーっとしていた。
ハッと我に返ると、離れたところからスマホのバイブ音が聞こえる。
恐る恐る手に取ると。
やっぱり。
発信元は来人だった。
「もしもし」
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