第25話

「では本当にお世話になりました」

 朝食を食べ終わってお礼に後片付けを手伝うと、私は荷物を持って立ち上がった。

「えー、帰っちゃうの?本当に?」

 当たり前でしょう。そもそも泊まる予定無かったんだから。

「この辺ってタクシーつかまるかな」

「捕まんない。だからもうちょっと居なよ」

 答えになってないってば。

「じゃあ駅まで歩くね。じゃ」

 そう言って踵を返すと、来人が慌てて追いかけてきた。

「分かった、ごめん意地悪した。じゃあ、車で送るからちょっとだけ待ってて」

「え?いいよ、まさかそこまで面倒掛けるわけには……」

「面倒じゃない。俺がそうしたいだけ」

 笑って、来人は外出するための準備をしに私室―昨日私が寝かせてもらった場所―へ入って行った。


 ……泊めてもらって、朝ご飯ご馳走になって、家まで送ってもらって。

 いいんだろうか。

 いや、そもそもこの部屋に来たこと自体が私の意思と反しているのだけれど……。


「おまたせ。行こう」

 送ってもらうのは申し訳ないが、ここがどこかも分からないのに駅やタクシーを探して歩き回る体力も無かったので、甘えることにした。


◇◆◇


「土曜日だけど、まだ早い時間だから空いてるね」

 運転しながら来人が呟く。確かに。駅前が近いのにまだ人出はまばらだ。

「この辺は住宅街だからね。皆出かけるのはもう少し後なんじゃないかな」

 私は出掛けないから、よく知らないけど。

「そっか。俺土日家から出ないから知らなかった」

 思わず笑ってしまう。

「私も今同じこと考えてた」

「え?ほんと?やっぱり似てるよなぁ、俺たち」

「似てる?どこが?」

「そりゃゲームの趣味から始まって、休日の過ごし方も、仕事の仕方も」


「そう言えば、来人はどうしてあのゲームプレイしてるの?女性向けだよね?」

「ああ……、攻略対象は男性キャラだけどね。ストーリーが好きなんだ。男性向けのゲームは好みのストーリーがあまりなくて。人に紹介してもらって始めたんだ」

 そう言うこともあるんだ……。確かにルキウスにばかり肩入れしてる私と違って、ゲーム全体を見ているようなコメントが多かったかもしれない。


「仕事もね。プロジェクト単体じゃなくて、それ以外にも目を配ってるのが分かるから、呼吸が合うんだよね。俺がポンポンメール返すのは何も千早と関り持ちたいってだけじゃなくて、テンポが合うから、っていうのがあるんだよ。期待したタイミングで連絡くれるからね」

「私がせっかちなだけだよ。出来る連絡を後回しにするとそれだけ時間がロスするじゃない」

「そう考えない人も多いよ。俺たちのやり方が絶対に正しいとも限らないけど、同じ考えで取り組めるのは取引先としても有難い」


 そう言いながら車を右折させる来人の横顔を、思わずじっと見つめてしまった。

 昨夜、人様の家で寝こけてしまった気恥ずかしさと情けなさから、今の話で少し復活出来た気がする。我ながら単純だけど。やっぱり仕事で評価されるのは嬉しい。これに関しては自分でも努力出来ている自信があるからかもしれない。


「もうすぐだよね、ゆっくり走るから、ここって場所があったら言って。停めるよ」

 ハッとして車窓を見ると確かにもうすぐウチだ。

「その信号直進して……、公園の向かいのグレーの壁の」

「ああ、あのマンション?正面に一時停車しても大丈夫?」

 大丈夫だ、と答えると、スーッと緩やかにスピードを落として停まってくれた。

「残念、もう着いちゃった」

「色々お手数おかけしました」

「仕事みたいな挨拶しないで。淋しいから」

 またそう言うことを……。

「じゃあ、改めてちゃんと体休めて。もし時間があったらメッセかチャットで」

「うん、じゃあね」

 車から降りて手を振ると、来人も手を振り返し、そのまま帰って行った。


 ふう……。

 玄関から真っすぐリビングへたどり着くと、一日ぶりの我が家に安心して全身から力が抜けた。

 ほんっとーーーに……、長い一日だったわ。何が起きたのかちゃんと消化しきれていない。とりあえずシャワーだけでも浴びて、もう一度寝直そう。来人の家で爆睡したらしいが、そんなんじゃ全然足らないらしい。また頭がぼーっとしてきた。


◇◆◇


 目が覚めたら、もう夕方だった。時計を見て思わず

「マジで……」

 とつぶやいてしまう。どこかに私の時間を食いつぶす妖怪でもいるんだろうか。朝の九時前に帰ってきて、そこから約八時間。しかしまだ寝足りないのか体が重い。とりあえず水分補給だけしよう。コーヒー……、と言いたいところだが、その手間をかける体力も無かった。冷蔵庫を開けて麦茶のペットボトルを取り出す。乾ききっていたらしい体に冷たい麦茶が通り過ぎていく感覚が気持ちいい。


「また寝るか……」

 私はまだ麦茶が残っているペットボトルを手に寝室へ戻る。

 昼夜逆転しようが食事を取らなかろうが、誰にも何も言われない。一人暮らしが有難いのはこういう時だ。淋しいなんて感じたことはただの一度も無い。家族と同居していた時だって、必要最低限以外はずっと自分の部屋に籠りきりだった。それもまた彼女たちの非難の元で……。いや、思い出す必要はない。


 ベッドに倒れこみ目を閉じると、もう意識が途切れ始める。自分だけの、他人がいない空間。やはり私にはこういう場所が合っている。そうでなければ呼吸すらできなくなる。


 一人でいい。

 一人がいい。

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