第26話

 次に目が覚めた時、やばい、と思った。思わず自分の額に手を当てると、確実に熱い。

「しまった……」

 どうやら風邪を引いたらしい。ベッドから出るが立ち上がった瞬間ふらりとし、慌てて手近にあった棚に縋る。

 ゆっくり歩いてリビングへ行き、体温計を取って椅子に座る。暫くして結果が出た。三十八度五分……。そりゃ熱いわ。こんなに発熱したのは何年振りだろう。

 そして時計を見るともう夜の十時を過ぎていた。あれ、帰ってきたの何時だったっけ。いくら何でも寝過ぎだ。疲れていたわけじゃない、体調が悪いから起きれなかったのだと、やっと納得した。


 とりあえず何か食べて薬飲もう……。私は冷蔵庫を開けて冷凍のうどんを取り出す。レンジにかけて、今度は薬箱へ。最近風邪薬なんて飲んでなかったから、あるかな……。あった、でもまさか賞味期限とか……。切れててもいいや、何も飲まないよりは気休めにはなるだろう。


 出汁の匂いにも多少辟易しながらうどんを完食すると、薬を水で流し込む。とりあえずはこれでいい。起きていられない、このまままた寝よう。

 しかし、いくら休日ヒッキーだからってここまで寝通しは珍しい。色々ありすぎて、体より先に精神がSOSを出したのかもしれない。自分の感情が絡む問題は、私は昔から処理が下手だ。三十にもなって、子どもの頃から何も成長していない。


 火の元だけ確認し、また寝室へ行く。あー、明日には治ってもらわないと。仕事が……。


◇◆◇


 ヴー、ヴー、ヴー、ヴー。

 何、うるさい……。いいや、ほっとうこう。

 

 ヴー、ヴー、ヴー、ヴー……。

 しかし止まらない。何この音……。ああ、スマホか。目覚ましかな。いや、土日はかけてないはず……。電話?

 そう思い至って、嫌な予感に唐突に目が覚める。私のスマホに休日に連絡してくるなんて、数人しか思いつかない。更に言うと、それは家族だけだ。


 出たくない。話したくない。でも連絡がつかないと何度でも何十回でも連絡してくる。逃げきれないことは、私がよく知っている。

 重い体を引きずるように起こして、バッグに手を突っ込むと、まだなり続けているスマホを取り出した。意を決して画面を見、応答しようとしたところで、手が止まった。


 ん……?これってもしかして?

 恐る恐る応答した。


「もしもし……」

『千早?大丈夫?』

 たら、じゃない来人だった。なんだーーーーー……。私は具合の悪さも相まってそのままベッドへ倒れ込んだ。

「驚かせないでよ……」

『だって、ずっと出ないし。メッセージも既読にならないし。どうしたのかと思ってさ』

 ずっと?

「ずっとって、何……?」

『ずっと、何度も電話してたんだ。全然つながらないから、本気で怖い想像しちゃったよ……』

 最後のほうは力が抜けたように声が小さくなっていった。状況は分からないけど、どうやら心配を掛けたらしい。

「ご、ごめん。ずっと寝てたから」

『ずっとって?』

「来人に送ってもらってから、ほぼずっと。あ、一回目が覚めたけどすぐ寝ちゃったから」

『……もしかして、体調悪い?』

「うーん、ちょっと?薬飲んだから、もう大丈夫だと思うよ」

 まだ熱は測っていないが、さっき無理やり薬を飲み下した時と比べると少しは楽になった、ような気がする。

『なんだそれ、全然信用出来ないんだけど』

 そう言われても……。私は振り向いて部屋の時計を見る。十一時少し前を指していた。

「えーと、今、夜?朝?」

『朝の十一時。それも分んなくなるくらい寝てたんだ』

「あ……、うん」

『これからそっち行く』

 は?

『欲しいものなんかあったら言って。後から思いついたらメッセして。何もしなくていい、パジャマのままでいるんだよ。いいね?!』

 はぁ……、何か、よくわかんないけど、分かりました。ていうかなんでこんな命令されてるんだろ、しかも微妙に怒られてるんだろう?!


『じゃあまた寝て。あ、もしかして何も食べてないとか?』

 確かに昨晩?食べた冷凍うどん以外は何も食べていないが、食欲は全くなかった。のどは乾いているから、また麦茶でも飲もう。しかし食べてないというと、この勢いの来人なら、今から行く、とでも言いかねない。

「ううん、食べたよ」

『何を?』

 うっ、畳みかけてくるなよ。

「えーっと、あれ……、そう、おかゆ」

『……食べてないな』

 ……なんで分かるのよ。電話を持ちながら頭を抱えたくなる私とは反対に、来人の楽しそうな笑い声が聞こえる。

『じゃあやっぱり明日は朝食が食べられる時間に行くよ。これ以上起こしてると、千早の風邪が悪化しそうだしね。……あ、嫌いなものってある?』

「牛乳」

『分かった。じゃあミルク系じゃない物を色々仕込んで持っていくから。じゃあもう寝て。おやすみ』


 そう言うと、来人はあっさりと電話を切った。私が碌に返事できずにいた間に、何故かこれから見舞いに来てもらう約束が成立していた。まったく理由も経緯も分からない。


 まあいいや、今は何かを考える力がない。熱測るのも後でいいや。

 私はやっとの思いでベッドから立ち上がり、スマホに充電器を差し込むと、そのままもう一度ベッドへ倒れ込んだ。もう二度と起き上がりたくないくらい、自分の布団が心地よかった。

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