あなたに見せるはウラオモテ
兎舞
第1話
『貴女の御心は有難い。しかし私は……貴女の想いにお応え出来ません』
そういうと、ルキウスは暗い表情のままこちらを見ることなく振り返り、そのまま去っていった―。
ピピピピピ……。
同時に目覚ましが鳴って、私は飛び起きる。
「待って、ルキウス様ーーー!!」
絶叫して目を開けると、そこは私の部屋だった。
び、びっくりしたびっくりしたびっくりした……。
「夢、かぁ……」
私は、まだドキドキする心臓を押さえながら、さっきまで見ていた夢が夢だとは信じられず、冷や汗をかき続けた。
折角!折角昨日攻略成功したはずなのに!
「なんで夢でルキウス様にフラれるのよー?!」
私は枕元に置いてある、ルキウス様のフィギュアに飛びついて、再び絶叫した。
ああ、さっきの暗い顔が、辛そうな声がリフレインする……。
月曜の朝から気分は最悪だ。
しかし、どんなに辛いことがあろうとも、仕事には行かねばならぬ。
動揺が収まらないまま、顔を洗ってパジャマから着替える。スイッチを切り替えるようにメイクはしっかりと。徐々に仕事向けの自分が仕上がっていく。
朝食は会社の近くのカフェで取る。何はともあれ出社しよう。バッグを手に取り、家を出た。
◇◇◇
出勤時間よりかなり早めに会社の最寄り駅に着く。もちろんオフィスは開いているが、先にカフェで朝食をとる。オフィス街の朝一のカフェは意外と空いていて、空気も澄んでいて気持ちがいい。これから仕事をするぞ、という、いい意味での緊張感が
高まってくる。
「おはようございます。今日も早いですね」
顔なじみの店員が声を掛けてくれた。私はにっこりと微笑んで頷き、いつものメニューを注文すると、先に窓際の席に荷物を置く。少したってからカウンターへ注文を取りに行く。椅子に腰かけ、淹れたてのコーヒーの香りをじっくりと味わうと、朝が来たと実感できる。これを飲み干したらオフィスへ行こう。いつもの私の朝の儀式だ。
窓の外に見える大きな交差点には、少しずつ出勤途中の人影が増えてきた。最近は朝晩が冷え込むから、コート姿が目立つ。
私はまだ熱いコーヒーを少しずつ飲みながら、今日一日と今週一週間のスケジュールを頭の中で組み立てる。いつイレギュラーが入るか分からないからバッファを持たせるのも必須だ。自分一人ならどうとでもなるが、少ないとは言え部下がいる。彼ら彼女らが無理しすぎない範囲での業務量で、かつ納期を考えると結果自分がかぶらざるを得ない。しかし忙しいのはウェルカムなので、つい人より多めの業務を請け負ってしまう。
(それが色々ダメなのはわかってるんだけどね)
心の中で呟きながら、最後の一口を飲み干すと、トレイを片付けて店を出た。
「おはようございます」
フロアに着いたが、まだ社員は来ていない。代わりに清掃スタッフが掃除機をかけてくれている。いつも顔を合わせるメンバーだからお互い見知っているので返事を返してくれた。
「おはようございます。成瀬さん、今日も早いねー」
一番古株のおばちゃんが労ってくれた。一番のベテランだけど一番の働き者。一番仕事が丁寧だし早い。誰よりも広範囲をピカピカにしてくれる。
「山本さんも。今朝も寒いですね」
「ほんとに。ああ、成瀬さんの席はもう掃除してあるからね」
「ありがとうございます」
私は頭を下げ、自席に荷物を置くとそのまま給湯室へ向かい本日2杯目のコーヒーを淹れに行った。
キャビネットからノートパソコンを取り出し、起動する。誰もいないオフィスは静かで気持ちがいい。人がたくさんいる場に後から入っていくのが苦手な私は、一番乗りしたいがためだけに早出出勤を始めたが、意外と仕事の効率がいいことに気が付いてから続けている。
メールをチェックし、更新したタスク一覧をチーム人数分印刷をしてそれぞれのデスクへ配る。少しずつオフィスに人が増えてきて、互いに挨拶をしながら業務準備を始めていた。
「成瀬チーフおはようございます!すいません、また色々やってもらっちゃって」
部下の一人で一番真面目な及川真子が、まだ始業時間までに間があるのに慌てて駆け込んできた。コートも脱がず私に駆け寄ってきたので、苦笑しながら真子を制した。
「何もしてないから。ほら、コート脱いで、ゆっくり準備したら?始業直前になるとトイレも混むよ」
「あわわ、ありがとうございます!」
真子は慌てん坊なところもあるが、若手の中ではかなり優秀だ。見た目が可愛らしいから見くびられがちだが、私は後輩の中では一番信頼している。ロッカーへ走っていく後姿を見遣りながら、今日から真子に任せる予定の業務を思い起こしていた。
「おはよう、成瀬さん」
次に出社したのは上司の矢崎マネージャーだった。私より5年先輩だが、社内で1,2を争う出世頭だ。同じ大学出身だから何かと目を掛けてくれて有難い。
「おはようございます、矢崎マネージャー。後でお時間があるときに、今日から始めるマックス社の案件について再確認をお願いしたいんですが」
「ああ、もちろん。後で声を掛けるよ」
快く受けてもらって、ホッとして頭を下げる。私がなんとかチーフを務められているのも、何かあればバックアップしてくれる矢崎さんのおかげかもしれない。
少しずついつものメンバーがそろい始めるオフィスを見渡して、私は冷める直前のコーヒーを飲み、急ぎのメールを1件送信した。
私が勤務するのは数年前に外資系コンサルティングファームと合併した、資本は日系の経営コンサルティング会社だ。海外方式のプロジェクト形式で請け負うこともあれば、定期的に企業訪問して経営の相談に乗る日本方式で請け負っている顧客もある。日本式は主に合併前から在席している古参のスタッフが担当し、私たちのような合併後に入社した社員はプロジェクト形式の案件を担当する。
今日から着手開始するマックス社については、まずは明日の訪問へ向けての準備と大まかな骨子作成だ。今までは私が骨子をまとめていたが、今回から真子に任せてみようと考えている。後二人いるメンバーについては、顧客との打ち合わせの日程調整、骨子をベースとしたプレゼン資料作成を振る。
(練習にはちょうどいい企業規模だし……。ただ、その分担で三人ともが納得してくれるかな……)
やる気があって優秀な分、自分がどんな仕事を担当するか、それによってどんな評価を受けるのかを、皆とても気にする。効率よくプロジェクトを進めるにはチームワークが大事だ。それぞれの適性と希望を鑑みて担当業務を決めるのは、中々に繊細で難しい仕事だと、この立場になって初めて気が付いた。
(そういうこと気にするんだね、普通は)
ほ、とため息をつくと、丁度9時の始業のチャイムが鳴った。メンバーが揃っていることを確認すると、私は三人―及川真子、鈴木佳代、野村
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます