刑罰:ゼワン=ガン坑道制圧先導 1
ゼワン=ガン坑道は、近年になって開かれた坑道だった。
魔王現象との戦いが本格化してからのことになる。
目的は、聖印の触媒に加工するための鉱石の採掘にある。
良質な鉄に刻んだ聖印は、蓄光量が多く、高い効果が期待できるからだ。
一時は付近に町が作られ、工房が稼働し、神殿まで建てられていた。
この坑道を拡張するため、ヴァークル開拓公社も多額の出資を行ったと聞いている。
聖印を使った掘削装置が設置され、昼も夜もなく採掘がすすめられたという。
――その坑道が魔王化したのは、皮肉な話といえばそうなのかもしれない。
土地が魔王現象に侵食される、という事態は、かなり初期から報告されていた。
生き物が魔王現象となるのと同じように、無機物も等しく魔王と化す。通路は変化し、土くれはひとりでに動き出して、動物は異形化する。
そこに踏み込む人間でさえ。
ゼワン=ガン坑道の異変が報告されたのは、一か月ほど前だったか。
坑道に入った人間が、帰ってこない。
それどころか異形化した姿が発見され、無差別に人を襲い始めた。殺された人間もまた異形化し、連鎖した。
よって即座に周辺の町は放棄され、いま、俺たちは掘削装置もなく素手で穴を掘る羽目になっている。
スコップを振るい、土に突き刺す。
昨日からずっとそれを繰り返している。
(ヘタをすると、これは自分たちの墓穴かもしれない)
という冗談でもない軽口は、いまはやめておいた。
組まされた相手がそういう種類の人間ではないからだ。
「急げ」
と、その相手は背後から声をかけてくる。
やつは真面目だが、口数は多い。
「この調子では予定の時間までに終わらんぞ! もっと真剣に掘削せよ!」
これを怒鳴っている男の名は、ノルガユ・センリッジ。図体のでかい金の髭面の男で、見た目だけは偉そうに見える。
通称は陛下。
なぜそんな名前で呼んでいるのか――というより呼ばざるをえないかといえば、やつは自分をこの連合王国の国王だと思い込んでいるからだ。
それも真剣に。
当然、そんなやつが社会との折り合いをつけられるはずがなく、王城を「簒奪」したやつらを相手に大規模なテロ行為を起こした。
誰にとっても不幸だったのは、このノルガユという男に信じがたいほどの聖印調律の才能があったことだろう。
軍隊と王城に多大な死傷者が発生したと聞いている。
そして、王国裁判を経て、いまに至る。
つまり、懲罰勇者9004隊の一人だ。
ノルガユはいま、でかい木箱を玉座のようにして座り、手元で彫刻刀を動かしている。
細長い鉄の板に、聖印を刻んでいるのだ。これから使う発破用の聖印。
これはやつにしかできない仕事であり、こういう作業分担にするしかなかったのは確かだが、なんだか腹が立つと言えば立つ。
「ザイロよ。聖騎士団の突入は明朝を予定している。終わらん場合は、夜を徹した作業を命ずることになる」
ノルガユは厳かに言った。
「励め。成果次第では、再びお前を聖騎士に任命することを考慮しよう」
やつの頭の中では、完全に自分が国王なのだ。
どういう整理がついているか知らないが、最前線で指揮をとる、偉大な国王だと考えている。
魔王と戦う勇者を、自ら率いる王――そりゃ確かにすごい。
伝説にある建国王みたいじゃないか。
そしてノルガユ陛下が言うように、急がなければならないというのも、その通りではある。
第十三聖騎士団は、この坑道を制圧するつもりだ。
短期的な作戦が計画されている。俺たちは命を消費してでもそれを成功させなければならない。
いま、俺たちがやらされているのは、直通経路の掘削だ。
魔王化したゼワン=ガン坑道は、かつての地図が役に立たなくなるほど歪んでしまっている。
土地全体が異形化し、危険な迷宮のようになっているのだ。
よって、ショートカットのための通路が必要だった――入り口から、より深部へ突入するための通路を、掘削と発破によって作成する。
そのルート工作が、手始めに命じられた任務だった。
ノルガユ陛下の頭の中では、少し違う。
最前線で率先して勇者どもを指揮し、聖騎士団の突入を命じたという事実ができあがっているのだろう。
「もっと気合を入れろ。その程度の掘削では、我が聖印といえど破壊は難しいぞ。起動すれば生き埋めになりかねん」
と、ノルガユ陛下は俺がやる気になるようなことを言ってくれる。
畜生。腹が立つ。
「それともお前は自ら犠牲になってでも道を開きたいのか?」
「俺たちはもう十分急いでるよ、陛下」
気づけば、俺は口答えしてしまっていた。
「昨日からほとんど休憩なしでやってるんだぜ。――なあ、タツヤ?」
土と石と砂利とをかき出し、俺は傍らの相棒に声をかけた。
もちろん答えは返ってこない。
「……ぐ」
といううめき声が漏れただけだ。
スコップを動かす手も止まらない。ただ機械的に土をかき出し続けている。
極端に猫背な男――うつろな表情。頭には錆びた兜。失われた後頭部から、頭の中身がこぼれないようにしている。
こいつも勇者だ。
名前は知らないが、タツヤと呼ばれている。
誰よりも長く勇者部隊に所属している、よくわからない男だ。罪状も知らない。
見てわかる通り、自我や思考力といったものが存在しない。死にすぎたせい、というより生き返りすぎたせいだ。蘇生するたび、勇者は色々なものを失う。
いまでは、タツヤは言葉を話すこともできない。
ただ外界の刺激に反応し、うめき声をあげるだけだ。もはや完全にゾンビ――生ける屍となってしまっている。
これも刑罰の一環なのだ。
以上、今回の任務に従事する――というより、従事可能な勇者は三名。
ノルガユ陛下、タツヤ、俺。
大変なメンバーだ。ドッタは俺が全身の骨を折って修理場送りにしておいたから、やつの悪癖だけは心配しなくていい。
そして、勇者以外ではもう一人。
「苦労しているようですね、ザイロ」
ノルガユの傍ら、所在なさげに木箱に座っている少女。
こんな地下にあっても、金色の髪もまばゆい《女神》テオリッタ。彼女はスコップを片手に持ってはいるが、何の作業もしていない。
たぶん、そのことが苦痛なのだろう。
さきほどからしきりと掘削を手伝おうとしてくる。
「私と交代してはいかがです? 元気が有り余っているのですが?」
「駄目だ」
俺はすぐ否定した。
テオリッタの体力は、こんな作業に消費していいものではない。
手を借りるなら、戦闘のために使わなければ。
ここはかなり浅い層とはいえ、坑道の一部だ。
魔王現象に影響された
「そこで寝てろ。体力温存しててくれ」
「しかし、我が騎士。ずいぶんと消耗しているように見えます」
やはりテオリッタは反発した。
「ここは《女神》に頼るのも、庇護されるべき人の道ですよ。……だいたい、私はまだ何もしていません。このままでは褒めてもらえないではないですか」
「何もしないで座っててくれれば褒めてやるよ」
「それはぜんぜん褒められるべきことではないと思います。何か役に立たなければ」
「いいから」
俺は声がとげとげしくなるのを感じた。疲労のせいもある。
「そこで大人しくしてろ、頼むから」
「……我が騎士がそう言うのなら」
「ノルガユ陛下、《女神》様がこっちを手伝わないように見ててくれ」
「無論だ」
ノルガユは厳かにうなずいた。
「《女神》こそは民を守る護国の要。このような作業で御手を煩わすわけにはいかぬ。……ご容赦を賜りたい」
誰に対してもクソ偉そうなノルガユだが、テオリッタに対しては姿勢が低い。
これも改めて発見した事実だ。今後、テオリッタにはノルガユの制御を期待できるとの見解を、ベネティムのやつも示した。
「むう」
と、テオリッタは唇を噛んだ。不満の意思表示だ。
「承りました。いまは人の営みを見守るとしましょう」
「そうしてくれ」
俺は全身に蓄積した疲労感に耐えかねて、せめて腰を伸ばそうとした。
荒い息をついて振り返る。
そのとき、予想外の顔が見えた。
「――ザイロ・フォルバーツ」
キヴィアだった。
聖騎士団第十三隊の総隊長。
本来の《女神》テオリッタの契約者。
前に見た時とは違う、歩兵用の具足で身を固めている。そして、この世の何と戦っているのかわからないが、相変わらず鋭い目つき。
「どうやら、作業は真剣に遂行しているようだな」
「そりゃそうだろ」
俺は反射的に答えた。
「真面目にやらなきゃ死ぬからな」
「……そうか」
意図の読めない顔で、キヴィアは視線を動かした。《女神》テオリッタに移す。
「《女神》様。このようなところにいるより、我らの陣営で休息なさってはいかがですか?」
「何度もしつこいですよ、キヴィア」
テオリッタは尊大に手を振った。
「私が良いと言っているのです。我が騎士の働きを見守らねば。《女神》ですから」
「ですが――」
「パトーシェ・キヴィア。《女神》を案ずるお前の忠心、大儀である!」
いきなり、ノルガユが声を張り上げた。
こいつの声だけはいつも大物っぽく聞こえる。というより、キヴィアはそういう名前だったのか――ノルガユも記憶していたとは恐れ入る。
「しかし! 《女神》は我らとの最前線にて、戦いの観覧をご所望だ。必ずや加護があるであろう」
キヴィアが唖然としているうちに、ノルガユは言葉を続けていた。
とんでもない野郎だ。
「よって、王としてお前の訴えは退ける。戻るがよい。そして己の役目を果たせ」
「……ザイロ・フォルバーツ。この男はいったい……」
「適当にうなずいてくれ。異議を挟んでもろくなことにならないから」
「勇者刑の蘇生による影響なのか? 記憶か認識に混濁が――」
「もともとだ」
「そうか……」
キヴィアはもっと驚いたような顔をしたが、あまり気にしないことにしたようだ。
咳ばらいをして、俺を睨むように見た。
「ともあれ、予定通りに作業は進行しているな。……少し意外だ」
「まあな。ふざけてるのはドッタだけだ。あとベネティム」
「その件だが」
言いかけて、キヴィアは言葉を切った。なんだか言いにくそうだった。
「なんだよ、どうした? この前の件の文句ならいくら言ってくれてもいいが、勘弁してくれ。俺にはどうすることもできない」
「いや。そうではなく」
キヴィアは視線をさまよわせ、そしてまた俺を睨む。
「悪かった」
「あ? 何が?」
「貴様を糾弾したのは誤りだったと判明した。ドッタ・ルズラスが窃盗の上、やむを得ない状況で《女神》テオリッタとの契約を結んだと聞いた」
「まあ、そうだけど」
悪かった、と言われるのは何か変だろうと思った。
別にこの女は悪いことはしていない。戦術的にも戦略的にも間違っていたのは確かだが、それが悪事かというと、そういうわけでもない。
物事の良し悪しを決めるのは裁判だ。
――その点、俺やドッタは極悪といっていいだろう。
「その点は明確にして、謝罪しておくべきだと思った。お前は力を尽くし、魔王を倒した。最小限の被害で。あのとき私はその点を理解していなかった」
「そりゃまあめちゃくちゃ怒ってたからな。気持ちはよくわかる」
「あれはドッタ・ルズラスへの怒りだったということにしてくれ」
「あんた、真面目だな。もしかしていいやつか?」
「もういい。……以上だ」
キヴィアは俺とあまり会話したくはなさそうだった。
言葉を切り、そのまま部下たちを連れて去っていく。
「さあ、休んでいる暇などないぞ」
と、ノルガユは言った。
「掘削を再開しろ。遅れた分を取り戻せ。ザイロはタツヤを見習え、無駄口を叩かずに作業しているぞ!」
ノルガユはまったく、炭鉱の現場監督のようではないか。
俺はため息をつき、作業を再開した。
結局、予定が完了したのはその日の夜遅くのことだった。
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