なぜ誰も忘れてしまったのか? 黄昏にて忘滅する世界

こうけん

第0話 妹よ、友よ

 妹よ、友よ、許して欲しい。


 果てぬ恨みを妹に植え付けてしまうことを。


 友である君に世界の命運を背負わせてしまうことを。


 世界滅亡の原因に気づいているのは僕一人。


 同時に打開策を打てるのも僕一人。


 奴はどこにでも潜み、誰にでもなれる。なんにでも化けられる。


 尻尾を掴むのが不可能だからこそ、誰かに打ち明けるのは自殺行為。


 だが、奴もまた既視感を抱く程度で異常事態に気づいていない。


 僕が死ぬ運命は女神では変えられない。


 何しろ奴が神の権能のほとんどを奪っているからだ。


 この世界を滅亡に追い込む元凶こそ奴だからだ。


 けれど君たちの運命は、神や悪魔の手を借りずとも君たち自身の手で変えられる。


 僕は運命を逆転させるヒントを繰り返し隠し続けた。


 君と妹なら必ず気づけるはずだ。


 見つけ出し至れるはずだ。


 奴を舞台袖から表舞台に引きずり落とせるはずだ。


 そうこれは賭けだ。


 世界存亡を賭けた賭けだ。


 賭けるに値する賭けだ。


 友よ、妹に恨まれるかもしれない。疎まれるかもしれない。


 それでも、だとしてもただ側にいて欲しい。


 恨みや怒りをぶつけられても悔恨抱かず前に進んで欲しい。


 そして気を付けて――夜明け前が最も危険。


            *


  行くぜ、友よ!


  俺の名はイチカ。


  地球の日本に住まう一七歳の普通の高校生!


  悪いがこれ以上は俺が知りたい。


  突拍子もなく目覚めれば異世界、名前と年齢は覚えていても名字と詳細なプロフィールはまっさらさら!


  俺はどうしてこんな灰色に染まった異世界にいる?


  事故で死んだか?


  魔王倒せと神様に喚ばれたのか?


  確かなのはこの異世界は滅亡の渦中であり、滅亡回避は絶対不可能!


  それでも、だとしても俺は、いや俺たちは滅亡を甘んじて受けれなどしなかった。


  俺は戦った。


  道中で友を失おうと膝をつかず仲間と共に抗った。


  理由は単純明快。


  世界を滅亡から救った英雄になりたいわけでも、誰よりも守りたい人がいたからでもない。


  死にたくないからだ。


  生きたいからだ。

             *


  世界滅亡まで残り三分!


  何で分かるかって、そりゃ誰の仕業か知らないがご丁寧にカウントダウンが頭上に表示されているからだ。


『GUAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!』


 俺単身が対峙する女神は不協和音の叫びをあげ、空間の崩壊を促進させる。


 破壊と再生の輪廻を司り、この世界を総括する女神。


 ズタボロのドレスに、ムンクの叫びの如くその形相はかつてあった美しさの面影はない。


 本来なら生命の輪廻を繰り返す役目を中核が破壊の権化と堕ちている。


 理性は彼岸の彼方にぶっ飛び、対話は不能。


 誰の声も届かない。


 人の身である俺にできるのは滅亡を食い止めるため、神の権能宿る金色の武器で狂った女神に引導を渡してやることだ。


「もう少しだ! 気張れよ、俺!」


 狂った女神の猛攻により俺は満身創痍だろうと諦めと絶望はない。


 むしろ後一押しだと志気は高い。


 俺は金色の大剣を握りしめ、飛び込めば狂った女神と激突させた。


 金色と黒色の波動が激突し空間が悲鳴を上げる。


「ぐっ、ぐおおおおおおおおおおっ!」


 激突の衝撃が握りしめた手に伝わる。


 一瞬でも気を抜けば意識どころか肉体が吹き飛びそうだ。


 俺は腹に力を込め裂帛の気合いで叫ぶ。


 金色の波動を刀身に集わせ、天すら高く貫く刃を形成させる。


 世界には時間が、俺には余力がもう残されていない。


 持てる全てを集わせ、俺は神断つ一撃を今放つ。


「これから先は人の時代だあああああああああああ!」


 大上段より振り下ろした金色の一撃は狂った女神を脳天から一刀両断した。


『GUがAAうバAAAあAAAAAるああああああああ!』


 頭頂部から股に掛けて両断された女神は不協和音の叫びをあげる。


 そして粒子となって消失していく。

              *


 許してもらおうと思わない。


 確かに神は人を作り、人は神を育むとあろう。


 だけど人はもう一人で歩けるから。


 人々の心にしっかりと神は宿っているから。


 女神よ、あんたが何故狂ったのか原因は分からない。


 ただ今ならなんとなく分かる。


 俺をこの世界に喚んだのはあんただと。


 狂った自分を止められるのが俺一人だと。


 これからは人が人を育む時代になるだろう。


 だからさ、女神よ、安らかに眠ってくれ。


「さあ、みんなのところに帰ろう」


 女神消失と同時、カウントダウンは消え、空間の崩壊も鎮まった。


 神なき世の先の未来は不透明。


 それでも世界は時計の針のように進んでいけるはずだ。


 俺が元の世界に帰れるか否かは、仲間たちと勝利と生存を祝った後で考えよう。


「えっ!」


 予兆など一切なかった。


 背面から腹部に軽い衝撃が走った時、俺の腹部にはドス黒き風穴が開いていた。


「な、なんだよ、こ、これ……?」


 誰が、なんて疑問を口に出すより先に俺の身体は血の一滴も零すことなく崩れ落ちる。


『くっははは、倒せば終わりなんて典型的なゲーム脳だな』


 嘲笑するような声が響こうと、俺には届かない。


『邪魔者もようやく消したし、いただきますか』

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