春が来た
よっしー
春が来た
季節は春。今日から新学期。
花なんかに全然興味のない僕だって、高校への通学途中、匂い立つくらいに咲き誇る満開の桜を見たら、さすがに「春が来たな」くらいは思う。
「高砂君」
両端から桜が押し寄せるようないつもの赤道を歩いていたら、不意に後ろから女の子に話しかけられた。
『え?誰?』
戸惑いつつ振り向くと、そこには一年の時同じクラスだった木嶋さんがいた。
「おう」
僕は少々うろたえながら返事し、心の動揺が木嶋さんに伝わらなかったか気になった。木嶋さんとは別に仲が良いという訳ではなかったし、今まで話しかけられたことなんて一度もなかったので意表を突かれたのだ。でも、こうなってしまえば、行き先は同じ星瞬館高校である。別行動を取る訳にもいかない。僕達は一緒に歩き始めた。
「すっごい晴れてるね」
木嶋さんが言った。
「うん、すっごい晴れてる」
僕は空を見ながら答えた。確かに、これ以上ない快晴の空が、赤道を挟むようにして建ち並ぶ団地の上で、平和そのものといった感じで広がっている。
「春だね」
「うん、春だな」
僕は答えたんだけど、この木嶋という人は、そんな当たり前のことばかり言うために、わざわざ仲良くもなんともない僕を呼び止めたのだろうか?
その後、すっかり会話が途切れてしまった。非常に気まずい、困った事態だ。
『偶然俺を見つけてしまったのかもしれないけど、なんにもしゃべることがないんだったら、歩調を調整するなりなんなりして、会わないようにしてくれよ』
僕は思った。
学校まではまだたっぷり時間がある。気まずさで押し潰されてしまいそうだ。もうしょうがないから、僕からしゃべりかけることにした。一向に言うことが思いつかない。考えれば考える程言葉が消えるようだ。まだまだ肌寒いというのに、汗が出て来そうだ。緊張で胸がドキドキと高鳴り、まったくどうにかなりそうだ。
『どうしてコイツは黙ってるんだよ!うんとかすんとか言え!」
緊迫感に耐えかねた僕は、木嶋さんのいない方向を見て顔をしかめた。
でも、冷静になって考えてみれば、話すことなんて、お互いの共通項である学校のこと以外ないだろう。僕はなんとか、学校の話題を持ち出すことにした。
「なぁ」「ねぇ」
同時にしゃべった――胸に一筋の稲妻が貫く。
「あ、どうぞ高砂君から」
妙にペコペコしながら木嶋さんが左手を差し出している。
「あ、うん、いや、何組になるのかなぁって思ってさ」
今日はクラス発表の日だった。
「どうだろうね」
変に照れ笑いをする木嶋さん。会話はまたもやそれで途切れてしまった。
『どうして全然しゃべらないクセに、しゃべるとなったら同時にしゃべるんだよ!それにしても困ったぞ、全然会話にならない~』
僕は、ワールドカップの決勝戦でPKを外した選手みたいに天を仰ぎたい気分だった。
「ねぇ、春休みの宿題やった?」
木嶋さんが聞いて来た。そう、そんな感じでいい、やれば出来るじゃないか。
「うん。やったよ」
「数学が特に難しかったね。私すっごい時間もかかちゃってさ」
木嶋さんが笑いながらしゃべって来た。
「俺なんか適当にやったからすぐ出来たよ」
「へっ~。凄いんだ~」
なんにも凄くはなかった。本当に数字を適当に並べただけだった。
「そう?」
会話が途切れた。ちょっと続いて調子いいぞと思っていたのに、三十秒ともたなかった。
『クッソ~、いつもの陽気でおちゃめな一郎君になれない~、早く学校に着け~』
それにしても、この木嶋という人はどうしてこんなところを歩いていたのだろう?ああ、気まずい、気まず過ぎる。
しかしこの子、ちょっとかわいらいいかもしれなかった。肩まで伸びた黒く瑞々しいストレートの髪は清楚な感じで、顔だって美少女と言っていいくらい整っている。目立たないので知らなかったんだけど、なるほどこうして改めて見てみるとなかなかかわいらしいではないか。
しかし困ったことに、そう思って意識してしまうと胸の鼓動は倍加し、もっと緊張感に包まれさらに言葉を失ってしまった。
『何とかしゃべろう。変な暗い子と思われては困る』
焦って言葉を探す僕は、今度は余計な不安にとり憑かれ始めた。
『クッソ~、さっきあんなこと言うんじゃなかったよな~、数学の宿題がすぐ出来たなんて、難しくて必死でうなってやったって言ってたらもっと会話続いたろうしな~、かっこつけに思われたのかも』
いろんな思いに苛まれながら、引き続き無言のまま歩いて行く。僕はグルグルグルグル必死で言葉を探す。
「なぁ、宿題の国語の論文って難しくなかった?」
僕は聞いた。実は全然難しくはなっかたのだけど、それ以外になにも思いつかなかったのでしょうがない。
「うん、そうだね、よく分かんなくてさ~、全然適当に書いたんだけど大丈夫かな?」
「まぁ大丈夫だろ。俺だって全然適当だもん。なんせ難しかったからな~」
本当は数学と違い、しっかりちゃんと書いていた。
「なんかさぁ、何書いていいのかよく分かんなくて」
「そうだよな。きりんとか馬がどうって言われてもなぁ」
「ねぇ」
また会話が途切れてしまった。
実は、「きりんとか馬とかどう」のところで、笑いが来ると計算されていたんだけど、木嶋さんは口元をピクリとも動かさなかった。ザ・ショック、ちょっと寒くなった。
『しまったぁ!あんなこと言うんじゃなかったぁ!』
僕は心の中で頭を抱えた。
それにしても見事に会話が途切れてしまう。しゃべらないのが悪いんだろうけど言葉が見つからない。
これは困った。
寒冷地獄、緊張汗ダク地獄、心臓爆発寸前地獄、焦燥地獄、無言地獄、不安地獄、ありとあらゆる地獄に飲み込まれ、陽気でおちゃめと言われている僕の姿は消えた。
『お前がしゃべらないのがダメなんだ!女はべらべらしゃべるのが昔からの決まりだ!』
あんまり困ったので、人のせいにして心の中で叫んだ。
そう叫びつつ、僕はどやかましい女子が嫌いだった。僕は矛盾している。
『そうだ。こいつを石コロと思えばいいのだ』
急に閃いた。
しかし、木嶋さんは石コロではなかった。
『どうする。困るなぁ。そうだ。こいつを石神と思えば・・・』
僕は木嶋さんを、石神というとてもうるさくて面倒くさい人と思おうとした。
『クッソ~、何が石神じゃ、あんな奴と木嶋さんを一緒に出来るか』
僕は一人で怒っていた。
そんな僕をよそに、人々は僕達と同様、それぞれの行くべき場所に向かって歩いている。
学生は未来へ向けて希望に胸膨らませているかもしれないし、OLは恋人のことを思っているかもしれない。サラリーマンは今日の商談について頭が一杯かもしれないし、婆さんはしっかり歩けるようにと願いリハビリに励んでる最中かもしれない――そんな大勢の人の中、僕はただただ困っている。
『もはやこれまで』
ついに僕は、切腹間近のざんばら髪の武将を心の中に思い浮かべ、別のことに考えることにした。
「もう春だね」
すると突然、木嶋さんが微笑みながら言って来た。
「えっ、うん」
それさっき言ってなかったか?と思いつつ、不意をつかれた僕は、ろくな返答が出来なかった。
「もう一年経つんだね、高校に入ってから」
木嶋さんの言葉に緊張の色が見られる。それを感じ、信子の顔をちらりと見てみたらなぜか頬を赤らめていた。
こっちもよけいに緊張して来た。
「私達ってさ、ずっとおんなじクラスだったのに、ちっともしゃべらなかったね」
急に木嶋さんがしゃべり出した。ふっきれたか。
「どうしてなんだろ?通学路も一緒なのにね」
え?通学路が一緒?そうなん?
「中学ん時もずっと一緒だったし、家も近いのにこうしてしゃべってるのが初めてだなんて不思議だね」
え?え?中学の時こんな人いた?近所にこんな人住んでた?まったくの初耳だ。
「でも、これからは仲良くしていきたいね」
「あ、うん、そうだな」
その時、木嶋さんが恥ずかしそうに微笑む瞳が、電撃的に胸から背筋に貫いた。
『おおっ、こ、この人、えらくかわいらしいぞ』
それからも終始無言だった。
しかし、なぜか僕の胸は高ぶり、変にウキウキした気分で夢見心地だった。
『春が来ぃたぁ~、春が来ぃたぁ~』
僕は心の中で唄を奏で、町中全てが輝いて見えた。公園のベンチで寝転がっている浮浪者にだって「さぁ、一緒に歌いましょう」と語りかけたくなるくらいだ。
なんだか自然に笑みがこぼれるよう。出来ることなら、ダッシュして学校まで駆け抜けて行きたかった。
つくしやらわらびやら、春の息吹が土から出て、むしっかえるような匂いが立ち込め、眩しい日の光がこの世界を包んでいる。
春が来るのだ。
「春が来るなあ」
非常に高ぶっていた僕が、思わず口走った。
「そうねえ」
「二年になっても一緒のクラスだったらいいのにな」
「うん。でも絶対一緒だよ。今までずっとそうだったもん」
僕は弾むように、春の中を歩いて行った。
春が来た よっしー @yoshitani
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