最終話:聖女と悪魔は最後まで



「お手柄だったな。雪乃さん」と、板垣が珍しく真面目だった。

「で、宜永の供述、ほんっと、ふざけてるぜ」

「そうなんですか」

「でもな、どんなにイキがってもな。あの男、医学部に勤めてるけど、その理由は医師免許に落ちまくってるからって話だ。研究者としても役立たずで、病院を継ぐにも継げないってよ。ま、今回のことで、あの病院も行き詰まりだろうな」


 板垣がそう言ったとき、来客が来ていると声がかかった。


 雪乃は玄関に向かった。そこにマザーとシスター島原が立っていたので、嫌な予感がした。


「お願いがあって参りました」

「なんでしょうか」

「麻衣子さんの出生についてお願いしたいのです」

「あの、マザー」

「真実を世間にはわからないようにしていただけますか?」

「マザー……」


 雪乃は頭を掻いた。


「罪を許して欲しいと言っているのではありません。きっと、いつかあの子は自分で気持ちの整理をつけると思います。ただ世間に報道されることで興味本位の対象にしたくないだけです」

「しかし」

「わたくしは大変な秘密を聞きました。わたくしたちだけが心の奥に留めておけば良いことだと思いませんか?」

「わ、私、個人的にはお助けしたいのですが。警察の仕事は犯人を逮捕するまでで、その先は検事局の仕事なんです。麻衣子さんは未成年ですから法によって守られるでしょうが、師長さんのほうが難しいと思います。秘密にすることは難しいかもしれない……です」

「そうなの?」と、マザーが無邪気に聞いた

「師長さんの担当検事さんが、どなたかご存知でしょうか?」

「ディーリー検事という方です。女性ですが検事局でも、かなりの切れ者だと聞きました。阿久道警視正がそう申してました。彼女にかかっては、すべてが明るみに出てしまうでしょうって」

「ディーリーさん。イギリス人と日本人のお母様のハーフの方ね」

「ご存知ですか?」

「存じていますよ。わたくしの教え子でございましてね。昔から利発なかわいい子でございました」と言うと、マザーはにっこりと微笑んだ。

「シスター島原」

「はい、マザー」

「ちょっと、検事局にご用事ができたようでございます。ご一緒していただけますか?」

「よろこんで、マザー」


 黒い修道服のふたりが、ゆっくりと警察署の廊下を遠ざかっていった。ふたりを眺めながら雪乃は数回頭をふって、そして、静かに微笑んだ。


「マザーが来たのか」


 その声に身体が勝手に身震いした。

 二週間は入院という声を振り切って、三日で退院した阿久道が包帯を巻き松葉杖で立っている。


「そうです」

「また、話してみよう」

「そ、それはお止めになったほうが……」


 雪乃は思わず止めた。


「どうしてだ」

「どうしてって、それは、警視正」


 神と悪魔が同場所に存在するなんて、そんな状況は、もうこりごりだった。


「そりゃ、警視正。俺たち人間側としたら困惑するしかないじゃないですか」と、背後で一ノ瀬が笑っていた。

                 

=了=

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