夜の終わり③
「「【我らを産みたる地の
俺――エベルト・フェルナンディとジャンニーノは目を見張った。騎士たちの破片の山の前、杖を構えたチャールズと、彼の精霊カンタリスが同時に呪文を唱え始めたのだ。
「【我が身に宿る風と火を】」
「【我が身に宿る土と水を】」
「「【ここに等しく巡らせ給え】」」
詠唱特有の歌うような抑揚でチャールズとカンタリスがそう唱えると、騎士たちの破片を中心に、緩やかな風が巻き起こる。
「
俺の隣にいた盾の兄ちゃん、バーンが思わずと言った風に呟く。
「【人の身に宿る四神の力】」「【その比を定める太陽と月の巡り】」
「【火と、水と、風と、土】」「【その比を同じくする人はあらず】」
「「【天と地の理に従い、比を同じくする欠片よ集え】」」
一人と一匹の前にある石の破片が浮かび上がり、いくつもの塊に分けられていく。混ざり合った騎士たち一人一人の破片をより分けているのだ。
その効力は単独で使うものを遥かに上回る反面、魔術を制御する難易度は格段に跳ね上がる。
「【あるべきものはあるべきように】」
「【定められたる人のかたちに導け】」
チャールズの詠唱にすかさずカンタリスが応じれば、十数個の塊により分けられた破片が人の形に組みあがっていく。俺たちの目の前で、破片の山があっという間にひび割れた白い騎士の石像になった。
これが少しでもズレれば、魔術は発動せず、制御を失った
「【正しき姿を損なう事なく】」
「【在りし日の傷は既になく】」
気付けば、騎士たちの石像に入っていた亀裂も消え、淀みなく続いていた詠唱もとうとう終盤に差し掛かっていた。
「「【戦士たちよ、悪しき者どもの呪詛を退け今、甦れ!】」」
チャールズとカンタリスの声が重なり、騎士たちの石像を一際強い風が包み込む。細かな土が巻き上がり、咄嗟に顔を覆った。
やがて風が止み、土煙も収まったころ。
「――……こ、これは……?」
「俺たちは一体……?」
土ぼこりの向こうから、戸惑いの声がいくつも上がる。
粉々に砕かれた、物言わぬ石くれの山でしかなかった王国騎士たちは、全員元の姿に戻っていた。
「――……っ、チャールズお兄ちゃんすっげーーーーーーーー!!!」
完全に蘇生不可能な状態からの復活を目の当たりにし、とうとう興奮を抑えきれなくなったジャンニーノがチャールズに突撃した。
振り返ったチャールズは驚きながらも突っ込んできたジャンニーノを受け止める。
「ジャ、ジャンニーノ殿?」
「んもう、『殿』なんて付けなくていいよ! チャールズお兄ちゃん俺よりすっごいし、カッコいいから!!」
「お、お兄ちゃん??」
ジャンニーノというクソガキは、自分より『下』の奴にはとことん舐めた態度を取るが、一度『上』と認めた相手には懐く。とことん懐く。
目を輝かせながらチャールズの腰にぎゅうぎゅうと抱き着く上に、『お兄ちゃん』呼び。
あそこまで他人に懐いたジャンニーノはそうそう見ない。それだけ、チャールズの実力を評価したという事だ。
――まあ目の前でこんなもん見せられたら評価せざるを得ないだろうがな。
俺は年齢相応の顔で戸惑うチャールズを横目に、未だ状況を把握できていない騎士たちのもとへ説明に向かった。
◆
「ありがとうございます、チャールズさん」
俺――バーンは、騎士たちの蘇生を終えたチャールズさんに改めて頭を下げた。
「バーンさん?」
「なんでお兄さんがお礼言うの?」
チャールズさんと、腰に抱き着いているジャンニーノという少年が首を傾げる。
「ウニャ?」
チャールズさんの精霊、カンタリスまで同じ動きをしたので、思わず笑いそうになった。
「チャールズさんがカンタリスを止めに向かわせてくれなかったら、ゴルゴンを魔獣と思い込んだまま討伐していました」
「いえ、彼女が魔獣でないと判断したのはジャンニーノ殿ですよ」
「いやいや、オレもゴルゴン生け捕りが正解だって事まではわかんなかったから、チャールズお兄ちゃんのおかげでしょ。あと、『殿』付け禁止!」
「ええ……」
「それだけじゃありません」
ジャンニーノくんに抱き着かれて困り果てたチャールズさんに向けて俺は続ける。
「――俺は一度、騎士の方たちの命を諦めてしまったんです」
守らなければならないのはナルバさん達だったから。自分の盾では守り切れないから。
理由をいくつ重ねても、自分の意思で『見捨てる』と決めた事に変わりはない。
「虫のいい考えかもしれませんが……俺が守らなかった人たちの命を、あなたに助けてもらえて本当に良かった」
「バーンさ……」
「何ふざけた事抜かしてんだこのド阿呆どもがぁ!!!!!」
チャールズさんが口を開こうとした瞬間、飛び上がりそうになるほどの怒号が響き渡った。
「敵を見誤って背中を晒した上、護るべき民に槍を向けるとは何事だ!! テメェらそれでも王国の治安を預かる騎士か!!」
声の源は、エベルトさんという神誓騎士。少し離れた俺の肌がビリビリと震えるほどの、爆音といっても過言ではない声量で騎士たちを怒鳴りつけている。
「ひょえー……エベルト、ガチギレじゃん……」
ジャンニーノくんの言う通り、ただでさえ迫力のある造形の顔が凄まじい形相に歪められ、目が合えば魔獣も逃げ出しそうな剣幕だった。
怒鳴られた騎士たちもすくみあがり、何人かは今にも気を失いそうな顔をしている。
「し、しかし、突然矢を射かけたのは向こうで……」
それでもどうにか言い訳をしようとする騎士を、エベルトさんはギロリと音がしそうな勢いで睨み付ける。
「その前に再三警告されたんだよな?
視線だけで息の根が止まりそうになっている騎士に代わって、別の騎士が口を開く。
「わ、我々は隊長の指示に従っただけで……」
「自分の無能さを他人の所為にしてんじゃねえ!!! 意見具申もてめえらの仕事だろうが!!!」
責任転嫁に失敗した騎士は情けない声を上げながら、腰を抜かしてへたり込んだ。
「実績のある冒険者の忠告を無視し、自分の頭でさえまともに判断しようとしなかった結果、本来の任務を忘れて護るべき民を危険に晒したんだ!! てめえら全員――恥を知れ!!!!!」
至近距離で浴びせかけられた怒気に、何人かの騎士がとうとう泡を吹いて倒れた。
意識を保っている騎士も、そのほとんどが泣きそうな顔で周りの騎士達と身を寄せ合って縮みあがっている。
さながら、猛獣を前にして恐怖で動けなくなった子羊の群れのようだった。
「おいジャンニーノ! 森探せ! コイツらの隊長が森から戻ってねえとよ!」
「はーい。チャールズお兄ちゃん、また後でね!」
ジャンニーノくんはチャールズさんから離れ、手を振ってからエベルトさんの元へ向かう。
俺も仲間のいる天幕に戻ろうと思い、チャールズさんに声を掛けた。
「では、俺もこれで失礼します」
「バーンさん」
俺を呼び止めたチャールズさんが、真っ直ぐ俺の目を見ている。
「虫のいい考え、なんて言わないで下さい。
あなたが、『黒鹿の角』の皆さんが戦ってくれなかったら、俺も、他の騎士達も、ゴルゴンに石にされていたでしょう。
バーンさんは、ご自分で思っている以上に、たくさんの人たちを護りきったんです」
チャールズさんは、両手で俺の手を取って言った。
「あなたが俺を護りきったから、あの騎士たちは助かったんです」
本当にありがとうございます、とチャールズさんが、はにかんだ笑みを浮かべて礼をする。
彼の足元でカンタリスが、「その通り」とでも言うようにニャーオと鳴いた。
気付けば、彼らが背にした森は白んできた空に縁どられ、柔らかな朝日が一筋、木々の隙間からチャールズさんの頬を照らしている。
「……ありがとう、チャールズさん」
こうして、この野営地での長い夜はようやく終わりを迎えたのだった。
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