薬師の本領

薬師の本領①


「……と、これが現在の王都周辺での状況になります」


 神誓騎士団用の天幕で私――毒精霊カンタリスは、主であるチャールズ坊ちゃまの膝の上で、目の前に座るエベルト・フェルナンディと名乗った強面こわもての騎士の話を聞いておりました。

 四つ並べた樽の上に木の板を置いただけの机を囲む私たちの顔に、天幕に吊るされたカンテラが濃い影を落としております。


 王都に至る直前の野営地。四日前に隊商が惨殺されるという凄惨な事件が起きたこの場所に、王国最強戦力と呼ばれる神誓騎士が二人も派遣された理由を知った坊ちゃまの表情も、平素より少しばかり強張っておりました。


「確かに半月でそこまで被害が出ていれば、王国も過敏にならざるを得ないでしょうね……」


 エベルト殿の話では、半月前から王都周辺で隊商や旅人が襲われる事件が頻発しており、王国の上層部はこれを『王国を意図的に狙った攻撃』と見なし、敵の正体を探るために神誓騎士団を派遣したとの事でした。


「そういう訳だから、チャールズさんにはイロイロ訊かなきゃいけないんだよね」

「ピアーニ騎士。話を飛躍させるんじゃない」


 生意気な口調で割り込んできたのは、エベルト殿の隣に座っていた少年――ジャンニーノ・ピアーニ。エベルト殿と同じく神誓騎士であり、智神アルテネルヴァの加護を受けています。

 先程の荷物検査の時から神誓術を発動させたままなので、白い服に黄金の羽を生やし、頭上には三つの円を重ねた、智神アルテネルヴァの光輪が浮いています。彼が動く度、目元を覆う横長の細い穴が空いた黄金のバイザーが光を反射して、何と鬱陶しい事。


「だってバカ丁寧に説明しすぎて全然本題に入んないんだもん! 時間の無駄でしょ? 盗賊だって来るかもしれないんだからさ」

「誰の所為だと思ってるんだピアーニ騎士?」


 エベルト殿の三白眼がギロリと音を立てそうな迫力でジャンニーノ殿に向けられます。


 そもそも私たちが天幕で個別聴取されているのかと言えば、このジャンニーノ殿が身分を隠して隊商に同行していた坊ちゃまの正体を暴露してしまったからです。


 伯爵家令息に非礼を働いたジャンニーノ殿には、貴族に対する不敬罪が適応されてもおかしくない状況でしたが、事態を知ったエベルト殿が即座に謝罪。


 坊ちゃまは無礼を不問とする代わりに情報提供を求め、こうして王都周辺で起きている襲撃について知ることになりました。


 説明はいささか時間がかかりましたが、それはジャンニーノ殿の無礼を蒸し返されない為に、エベルト殿が最大限の敬意を払いながら話していたからです。


 エベルト殿が謝罪した時はしおらしかったので、庇われている事が分からない訳ではないとは思うのですが……。


「はーい、失礼しましたー」


 ジャンニーノ殿はまだ丸い頬をいっそう丸くしてフイ、とそっぽを向きました。


「大変失礼いたしました、チャールズ殿」

「いえ。王都に着く前に有益な情報を頂けて、感謝しております」


 坊ちゃまが鷹揚に返すと、エベルト殿は本題を切り出しました。


「申し上げました通り、王都は何者かによる攻撃を受けております。我々騎士は所属の別を問わず、民を守るため周囲で起きるあらゆる異変に目を光らせねばなりません。

 貴方が高貴な身分であるのは承知しておりますが、それでも王都に向かわれる前にいくつか伺わねばならない事がございます」

に答えられる範囲であれば、協力させていただきます」


 坊ちゃまがそう言った瞬間、机の下から神気エーテルを感知。すぐに坊ちゃまの膝から飛び降ります。


「ニャンッ」

「あっ」


 頭上で慌てたジャンニーノ殿の声がしました。坊ちゃまからは死角となるテーブルの下、ジャンニーノ殿の足元に、荷物検査の時に使った宝珠オーブとやらがフヨフヨと浮いております。

 私は即座に距離を詰め、宝珠オーブを咥えました。そして坊ちゃまの膝に飛び乗り、騎士の二人の前に顔を出します。


「……ジャンニーノぉ?」

「何でバレたの??」


 エベルト殿が魔獣も裸足で逃げ出しそうな形相でジャンニーノ殿を睨みます。なるほど、彼の独断ですか。


「ジャンニーノ殿。一体、何をしようとしていたんですか?」


 坊ちゃまの笑顔の圧が深まりました。


「会話の記録だよ。後から『そんな事言ってない』ってとぼけられない様に」

「机上に出しておいて頂いて大丈夫ですよ。あと、事前に言って下さいね」

「はぁ~い」


 私は宝珠オーブを口から離します。全く、油断のならない子供ですね。


「ところで今わかったのって、古代精霊だから? それとも精霊だったらみんなわかるの?」


 一切りた様子のないジャンニーノ殿の隣で、エベルト殿が額を抑えてうつむいています。

 どうやら子守に相当苦労しているようですね。


「みんなわかると思いますよ。精霊は地の神々の眷属けんぞくだから、かつて敵だった天の神々の気配に敏感なんです」

「チャールズさん詳しいんだね」

「薬師は同時に魔術師でもあるので」

「それ知ってる! 三百年くらい前まで、魔術師が薬師を兼ねてたんでしょ? 図書館の本で読んだ!」


 話が逸れそうな気配を察したエベルト殿が、ワザとらしく咳ばらいをします。


「あー失礼。薬師、っていうのは本当なので?」

「ええ、まだCランクですが」


 坊ちゃまは鞄からギルドカードを取り出し、お二人に見せました。


「うわあ、本物……ホントに自称じゃないんだ……」

「へえー大したもんですね。薬師ってCランクで一人前なんでしょう?」


 坊ちゃまが薬師と言う事実をようやく受け入れたジャンニーノ殿に対し、エベルト殿は純粋に坊ちゃまのランクに感心しているようです。


「エベルト殿は、薬師のお知り合いがいらっしゃるのですか?」

「兄が王宮薬師でしてね。時々、薬師ギルドに顔を出して有望な若手を探してるそうで――」

「それは是非ご挨拶したいですね!」

「チャールズさんすごい喰いついたね」


 エベルト殿の言葉に机から身を乗り出して食い気味に答えてしまった坊ちゃまは、耳を赤くしながらそそくさと座り直します。


「失礼しました。王宮薬師の方と聞いてつい……」

「さいですか……良かったら紹介しま――」

「是非お願いします!!」

「喰いつきぃ……」


 坊ちゃまがこうなってしまうのも無理はありません。

 王宮薬師は文字通り王宮に仕える、この国で最も権威と実力のある薬師です。彼らの職務は王族たちの健康管理と、王宮で消費される薬類の調合。


 そして魔法薬――特に、不老不死の神薬『エリクサー』の研究・開発です。


 かつて譲られた神薬エリクサーを自らの手で作り、師匠ボルジアに返す。未だ果たせぬ約束を果たすための足掛かりになるやもと、気がはやっても致し方ないでしょう。


「ねえねえ、チャールズさんって何で薬師やってるの?」

「自分が助けたいと思った人間を助けられるように、ですね。以前、助けたい人を助けられなくて悔しい思いをしたので、必死に学びました」

「死んじゃったの? その人」


 ズパン! とエベルト殿がジャンニーノ殿の頭を思い切り叩きました。


「大変失礼いたしました。その……」

「痛た……ごめんなさい、チャールズさん……」

「いえ。お二人とも、気になさらないで下さい。もう十年以上前の話ですので」


 チャールズ坊ちゃまは一瞬だけ悲し気なお顔をされましたが、すぐに先程と同じ笑顔に戻ります。


「話がれてしまいましたね。申し訳ありません、エベルト殿」

「いえ、こちらこそ余計なお時間を取らせてしまいました」

「伺いたいのは、マジックバッグとカンタリスの事ですよね?」


 坊ちゃまの言葉にエベルト殿が頷き、ジャンニーノ殿も居住まいを正しました。


「この鞄と彼女のとの契約は、俺が九歳の時に薬作りの師匠から受け継いだものです」


 坊ちゃまは特に隠し立てする事もなく、事実をそのまま伝えました。智神の加護を持つジャンニーノ殿がいる以上、下手な誤魔化しをしない方が良いとの判断でしょう。


「どんな人だったの?」

「ハチャメチャ底意地の悪い偏屈へんくつ親父おやじでしたよ」


 あまりに誤魔化さなすぎる返答に戸惑うジャンニーノ殿に代わって、エベルト殿が質問します。


「あー、お師匠様の名前や、出自を教えていただけますか?」

「……申し訳ありません。『俺の名前を貴族の前で出すな』ときつく言われていま

す。出自については、旅の薬師という事くらいしかわかりません」

「その人貴族嫌い? なんでチャールズさんは弟子になれたの?」

「貴族の子供に上からあれこれ指図できるのが楽しかったからかもね」

「底意地悪すぎない??」


 ジャンニーノ殿の質問に、坊ちゃまは困ったような笑顔を返すだけに留めました。エベルト殿は少し考える素振りを見せましたが、深入りせずに別の質問をしてきます。


「では、お師匠様がどのように古代遺物アーティファクトを手に入れられたかはご存知ですか?」

「ダンジョンで拾ったと言っていましたが、場所はわかりません」

「そちらの、古代精れ……あー、カンタリス殿については?」

「彼女ともダンジョンで会ったと聞きましたが、詳細は聞いていません」

「チャールズさん、自分の先生の事知らなすぎない?」

「貴族だけじゃなく、詮索も嫌いでしたからね」


 ニッコリと笑顔で返す坊ちゃまに、ジャンニーノ殿はムッとした顔を向けます。


「なるほど。では、最後に一つ確認させていただきたいのですが……何故、お一人で王都に向かわれていたのですか?


 エベルト殿の質問に、僅かに逡巡した坊ちゃまが答えようとした瞬間。


「――……ニャーオ」


 ナルバ殿や隊商の皆様、『黒鹿の角』の皆様が野営している方角から、唐突に強大な魔力を感じ取りました。

 間違いなく、噂のでしょう。


 ――どうやら、穏やかな夜とは行かないようですね。


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