第42話 一人旅の始まり

「ラティア、帰って来ないな」

「そうですね……」

「せっかく、莫大な費用を費やして結界を張ったんだがな」

「……」

「あいつ、あの国で何をしてるんだ?」

「私には分かりかねますわ。密偵でも送りますか?」

「もう、何度も送ったわ! 一人も戻って来ん!」

「困りましたわね、ワイズ様」

「……」

 折角、あいつを殺すために作り上げたというのに、あいつが帰ってこなければ意味がないではないか。

 しかも、人質にする予定だった、宿屋の娘もいつの間にかいなくなっているし。くそ。どうなっているんだ。



「セツナちゃん、あの人は行ってしまったみたいね」

「はい、奥様」

「あの人は冒険者だものね。いつまでも一か所に留めておくことはできないわ。一緒に居られないのは寂しいけど、家を、この国を守っていくのが妻の務めよ」

「そうですね。私は家と子供たちを守ることに専念致しますわ」

「セツナちゃん、頼むわね。私はレイ君とこの国を守ります。あの人の側にはあの子がいるから何があっても大丈夫でしょ」

「そうですかね。どちらかと言えば、あの子がいるから荒れるんだと思うのですが……」

「いいの、いいの。少しくらい荒れた方があの人は生き生きするんだから。それに寂しくなって直ぐに帰って来るわ。1年保てばいい方ね」



 一人旅~、一人旅~。

 一人旅はいいなあ。何にも考えなくていいから。腰に吊るした紅丸だけが唯一の随行だ。思えば紅丸との付き合いも長くなったもんだ。もう20年くらいになるか。ダンジョンで見つけた俺は運がよかったな。紅丸ほど使えるアイテムは無いからな。焼いてよし、温めてよし、照らしてよし。何て便利なアイテムだ。

 正直、武器としてはこの7年使ったことは無いな。ごめんな紅丸。


「ちょっと、静かにしてよ。パパに気付かれるでしょ」

「お前こそ、離れろよ」

 紅丸との会話に集中していたら、少し離れた所から子供の声が聞こえてきた。

 おいおい、勘弁してくれよ。一人旅のつもりだったのに着いて来ちゃったのか。何処で見つかってしまったのかな。一応注意していたんだけどな。

 魔法が使えないから、感知系のことは全くできなくなってしまった。それでも、あいつ等から逃げるために鍛えた能力で普通の人よりかは、感知できる方なんだけどな。それをここまで気づかせないなんて、我が子ながらやりますな。

「バルス、サーシャ。出ておいで」


「ほらあ、バルスのせいでみつかったじゃないの」

「違うよサーシャ姉のせいだよ」

「こらこら、喧嘩をするな。別にここから追い返したりしないから」


 隠れていた二人が姿を現した。この二人はライカの子供で双子のサーシャとバルスだ。頭の上の犬耳がピコピコ動いてとてもかわいい。

 3歳にしてこの隠行。日々ライカに鍛えられている狩りの腕は凄まじいな。


「どうしてついて来たんだ」

「アイシャ母ちゃんが、父ちゃんがそろそろ出て行くから、ついて行きなさいって」

「そ、そうか」


 アイシャにはバレバレだった様だな。流石、俺の愛する奥様だ。お土産はたくさん持って帰ろう。

「ここまで、全然気づかなかったぞ。二人ともすごい隠行だったぞ」

「ふふふ」「へへへ」

 二人は俺が褒めてあげると嬉しいそうに微笑んだ。

「父ちゃん、でもな母ちゃんには絶対に気づかれるんだ。なんでだろう」

「ああ、それな。うーん。まあ教えてもいいか。ライカは匂いで気づいてるんだ。お前たちもライカの子だから、匂いには敏感だろ」

「セツナママのお料理の匂いは城の外からでも分かるわ」

「確かに!」


 一人旅のつもりだったが、三人旅になってしまったか。まあいいや。狩りの手伝いでもして貰おう。

「それじゃあ、お前たちも一緒に行くか?」

「「行くー」」



「ふふふ。師匠もまだまだですね。あの子達は見つけられても、私が居ることに気付かなかった様ですね」

 あの子達もこれだけ距離が離れていたら気づかない様ね。あの子達への次の課題が決まったわね。どうやって鍛えてあげようかしら。



 ふふふ、ライカ様もまだまだですね。実は私も隠れていたんですけどね。この5年でかなり強くなられましたが、あと一歩という所でしょうかね。

 アル様は家庭を持たれて、のんびりされておられましたからね。あまり伸びてはいないでしょうね。それでもアル様をどうこうできる者は限られますから、あいつらに出会わなければ大丈夫でしょう。

 さて、私はどの辺りで姿を現しましょうかね。このまま眺めていてもいいんですけどつまらないですからね。アル様はいじってこそ輝きますからね。



「パパ、何処に行くの?」

「決めてないな。冒険の旅はどっちに行ってもいいんだ。サーシャの行きたい方向に行ってみようか」

「じゃあ、こっち」

 サーシャが右の方を指さした。

「それじゃあ、そっちに行ってみよう」

「うん。こっちに強そうな人がいる気がする」

 おっと、そんな基準で選んじゃいましたか。サーシャはライカとそっくりだな。俺としてはのんびり旅がいいんだがな。


「父ちゃん、腹減った」 

「俺も腹が減ったな。でも料理なんてできないから、肉を焼くだけだぞ」

「大丈夫。母ちゃんも料理できないから、焼くだけ」

「ははは、そうだな。モンスターの肉なんて、焼いてしまえばだいたい旨いんだ。それで十分だよな」

「そうそう。父ちゃん、あっちから旨そうな匂いがする」

「よし、サーシャ、バルス。狩りの時間だ。お前たちに実力を父さんに見せてくれ」

「「ラジャー」」


 二人は足音無く駆け出した。流石、ライカの子供たちだ。狩りをやらせれば、子供たちの中でも随一だな。

 それでもモンスターの相手は難しいからよく見ていてあげないとな。まだ3歳だし……。考えてみたら恐ろしい3歳児だな。

 久々に弟子の修行をしているみたいで楽しいな。

 あいつ等との出会いの旅を思い出してしまうな。


 さて、今日の晩飯は何の肉になるかな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る