第18話 動揺

 昨晩は疲れからか、宿に帰るなりすぐに眠ってしまった。

 考えてみれば前日まで寝込んでいたわけで、流石に無茶をした。35歳の体には堪えたのだろう。


 余程熟睡していたのか、普通ならば目が覚めるであろう今の状況でどれ位眠っていたのだろうか。

 今日は3人揃って潜り込んで来ている。このパターンは大きくなってからは初めてだ。とてつもなく狭い。

 こいつ等が小さかった頃は冒険者のランクも低かったので皆で野宿した時などは固まって寝ていたものだ。

 だがしかし、大きくなってしまえば話は別だ。

 右にセツナ。俺の体に足を絡めて抱きついている。太ももの感触が素晴らしい。

 左にライカ。腕を抱きしめ、よだれを垂らしている。汚いから止めて欲しい。

 そして体の上にミリア。どうしてそこで寝れる。お猿さんだからか? 恐ろしい握力で俺の体を掴んでいる。肋骨がミシミシと軋んでいる。

 俺が丈夫になっててよかったな。一昨日までの俺なら死んでるぞ。よくこれで朝まで眠れたものだ。


 そして困ったこと更にある。先程から脂汗が止まらない。布団にシミが出来そうだ。

 寝起き早々だが体の異変を感じている。

 この異変は懐かしい。少なくてもこの10年起こることの無かったやつだ。朝に起こる男性特有の生理現象。アレだ。アレ。


 そして何より不味いのが、ミリアのお尻にアレがあたっているのだ。

 寝づらいのは分かるが動くんじゃない。いろいろと社会的に不味いことになるから。


 それにしても、なんで今日に限ってこんなに元気なんだ。まるで盛りのついた10代の頃の様だ。昨日まではまさに枯れているかの如く、大人しい相棒だったというのに。今は親の言うことを聞かない不良少年の如しである。


 まさか。この体のせいなのか。鬼神族となった事で、こっちも元気になったということか?

 考えても分からないことに注力している場合ではない。緊急事態だ。ミリアが目覚める前にコレを沈めないといけない。

 ここに居るのがこいつ等じゃなくてアイシャだったらな――駄目だ。煩悩が払えない。

 追加攻撃が発生。ライカの爆弾の様な胸が腕に押しつけられてくる。

 メーデ。メーデ。撃沈間近、要救援。


 遂に限界に達した俺はミリア達を押し退けて、朝イチからトイレに駆込む。

 あ、コレも前より大きくなってる。これは嬉しいかも。

 もう可愛いなんて言わせないんだからね。


 そんな事より結局3人とも戻ってきてしまったか。

 また今日も騒がしくなるんだろうな。王都に来てから徐々にスケールアップしているのは気のせいだろうか。


 トイレから出るとライカとセツナが起きていた。

 何だ? セツナがニヤニヤしてる。

「師匠、朝からご盛んですね」

「こら、セツナ。そういう事を言ったら駄目なのよ」

 ……しまった。こいつ等、鼻がいいんだった!

 俺はすかさず部屋から逃げ出した。俺にプライベートは無いのか。一人になりたい。


 男には触れられてはならない部分というものがあるんだ。気が付いていても、気付かないふりをする優しさが必要なんだぞ。

 母親の様に「ふふふ。分かってるわよ。成長したわね」って感じで見られても困るのだが、ああもはっきりと言われるのも腹がたつ。

 許さん。あいつ等に仕返しをしてやらんと気が済まん。だが、困ったことにあいつ等が困ることが思いつかない。

 伝説のビキニアーマーの様に露出の高い装備に無理やり換えても、素っ裸で町中を歩ける胆力の持ち主だ。全く気にしなさそう。

 他には俺の不味い手料理を食わせる。俺にもダメージがあるから却下。

 稽古でこてんぱんにしてやる。今の俺なら出来るだろうが、加減が分からないから今は無理だ。

 最初のと同じでセクハラしても喜びそうだし。

 師匠命令でお見合いでもさせる。相手を殺してしまうかもしれん。いや、それを先に禁止しておくとかはどうだろうか。


「アルバート様、お客様がお越しになられておりますが、いかが致しましょうか」

 俺があいつ等への復讐計画を練っていると客が来た様だ。こんな朝から一体誰だ。

「どんな奴だ?」

「はい。国王陛下です」

 ……はい? 国王? 聞き間違いだよな。国防でイカとか。意味が分からんけど。

「もう一回いいか」

「国王陛下です」

 間違って無かった。

 遂に陛下まで出てきた。

 昨日の件がもうバレたか。でもそれなら陛下が来るのはおかしい。そもそも国王が町中の宿屋に来るのがおかしい。

「陛下だぞ。お前は何でそんなに落ちつてるんだ」

 この従業員もおかしい。近所のおっさんが来たようなテンションで陛下が来たことを告げやがった。

「いえ、陛下であろうが、魔王であろうが客ではありませんので。私にとっては只の路傍の石です。お客様だけが神様です」

 立派な人だ――ってなるか。

 普通の人、普通の人に会いたい。リシュ君でいい。彼は普通の子だった。

 違う。今は陛下のことだ。このまま放っておくことはできない。


「アルバート君、来ちゃった」

 50になるかならないかであろうおっさんに言われても全く嬉しくない。

 確かに5年前の剣術大会で見学席に居た陛下で間違いない。護衛も連れずに一人だ。大丈夫か? この人。


 分からないのは国王が何用で俺なんかの所へ来たのだ。

 そして何故、二人で風呂に入っているのだろう。

 朝の宿でひと目のつかない所を準備するようにあの従業員に言ったら、ここに通された。確かに人目はつかないけれど、ここは無いだろ。


「あのー、陛下。何をされてるのでしょうか」

「ん。君の背中を流そうと思ってね。何、遠慮はいらんよ。片腕では洗えないだろ。それにアルバート君は良い体をしてるね」

 陛下は俺の背中を撫でる。

 悪寒がする。まさか、そっちの趣味の方ですか? 偉い人には多いって聞くから。離れてください。俺はノーマルです。

「儂もそっちの趣味はもっていないから安心してくれ」


 微塵も安心できない。

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