黄昏と暁の剣

今井良尚

第1話 黄昏

 ある日、アルドはとある人物に呼び出され、空中都市エルジオンのイオタ区画を訪れていた。


 都市の地下部に位置し、日の光の一切いっさいが差し込むことのない場所にあって、ここはまるで眠ることを忘れたように煌びやかな明かりに照らされている。

 ある者は己の持てる財を尽くし、ある者は一攫千金を夢見て、古今東西の名品や珍品の数々が、今日もオークションハウスの門を叩いている。


 その地区内にある、安くて早くて味はそこそこがモットーなバーのカウンター席に、その人物はいた。



「ようアルド、こっちだコッチ!」



 彼の名はジノー。またの名を『千刃万甲のジノー』 オークション界隈では、凄腕の武具ブローカーとして名を馳せている。

 未来の時代において、少しばかり……いや、かなり浮いたサムライ風の衣装に身を包んだ銀髪の青年が、アルドへ手を振っていた。



「わるいな、わざわざ呼び出しちまってよ」

「いや、構わないよ。ジノーからの呼び出しってことは、なにかトレジャーの情報でも仕入れたのか?」



 ジノーとは、とある目的でオークションに通うことになった頃からの付き合いである。彼が仕入れてくる情報は、その肩書きが示すとおり、珍しい武具の情報だ。

 そしてアルドには、時空を行き来できるという、ブローカー垂涎すいぜんの能力を持っているため、最高のビジネスパートナーといえよう。

 事実アルドは、ジノーのほかにも、あるゆる分野のスペシャリスト達とも良好な関係を築いている。



「そうだ。アンタに探してきてもらいたいトレジャー……その名は『黄昏たそがれの剣』!」



 そう言ってジノーは、いまどきアナログな、使い込まれた分厚い筆記手帳の付箋ふせん部を開き、テーブルに置いた。

 ページには、一振りの剣が手書きのイラスト付きで描かれており、ページを埋め尽くさんばかりのメモが書き殴られていた。そこには、剣にまつわるカバーストーリーも記載されている。



『ミグランス王朝の時代、魔獣の軍勢と戦い全滅した騎士たちの無念が集まって生まれたとされる魔剣。ひとたび抜けば、血錆ちさびに曇った剣身からたおれていった騎士たちの怨嗟えんさの声が聞こえて来るという』



「ミグランス王朝で魔獣の軍勢にってことは、おそらくA.D300より先ってわけじゃなさそうだけど。う〜ん……そんな噂、聞いたことがないぞ。たぶん、ダルニスなら答えられたんだろうな……勉強も真面目にやっとけば良かったと思うよ」

「そうか、参ったな……まあ、この手の噂はデマだった、ってことはザラだしな。武具ブローカーとしては、是非ともお目にかかりたかったんだが仕方ない」

「ん?ブローカー……」



 ふと、アルドの頭に、とある人物が浮かんだ。

『現代』に、『曰く付きの武器』を扱う、『凄腕のブローカー』がひとり。



「お!なにか閃いたのか?」

「ああ。ちょっとしたツテ・・があるんで頼んでみるとするよ」



 は根無草であるが、活動の拠点は人が最も集まる場所である。

 アルドはまず、王都ユニガンへ向かうことにした。



 ▼



 王都ユニガン。

 ミグレイナ大陸の各地から訪れた人々が行き交い、目抜き通りの市は多種多様な商店がズラリと立ち並んでいる。

 王城であるミグランス城は、かつての戦いで半壊し、大きな戦争の爪痕が刻まれる形となってしまったが、復興に励む人々の声は活気に満ち溢れ、むしろ、この国の強さと豊かさを象徴する光景となっていた。


 そして、人々の憩いの場として親しまれている酒場にはいた。

 鮮やかな緑色の羽織りに、黒のサングラスが特徴である強面こわもての男。

 曰く付きの武器を専門に売買するブローカーであるユーインは、黙々と食事に勤しんでいた。



「よお、アルドじゃねえか」

「うっ……」



 ユーインが食べているものを見たアルドは、自分がまだ昼食前にもかかわらず、強烈な胃もたれに襲われる。皿にはタプタプと表現できるほど大量のシロップがかけられたパンケーキが盛られ、その上からは更にたっぷりのクリームが乗せられていた。

 にもかかわらずユーインは、それをとても美味そうに口に運び次々と平らげていっているのだ。



「毎度のこと思うんだけど、身体、壊したりしないのか?」

「ん、別に?」



 本人がそう言うならいいか、とアルドはかぶりを振りつつも、妙に納得した気分になってしまった。



「ごちそうさん。ーーで、なにか用か?まったくの偶然ってわけじゃあるまいよ」

「え?あ、ああ、そうなんだ。じつは、ある剣について調べているんだけど」



 彼に会いにきたのは、胃をもたれさせるためではない。アルドは、ジノーとのやりとりをユーインに説明した。



「黄昏の剣、ね……職業柄、その手の情報は逐一収集しているつもりだが、聞いたことがねえな」

「ユーインでもダメか」

「ーーいや、待てよ」



 ふと、なにかが浮かんだのか、ユーインはハッと顔を上げた。



「なにかわかったのか?」

「少しな。だが、その前に……」



 ユーインの目がギラリと光る。



「お前さん、なぜその黄昏の剣とやらを嗅ぎ回る」



 その鋭い視線は、まるで剣の切っ先を突きつけられているかのようだ。

 そのような曰く付きの武具を手にした人間がどのような末路を迎えるのか。それはユーイン自身が身を持ってよく解っている。だからこそ、軽い気持ちで近付こうとする輩への警告は厳しいものとなる。当然アルドに対しても、それは例外ではない。とどのつまりユーインは、それらへ近付くということへの覚悟を問うているのだ。



「頼まれからやってる。っていうのは、確かにある。だけどそれ以上に、救われてほしい。っていう気持ちの方が強いからかな」



 ユーインの眼光に目を逸らしたりはしない。アルドは真っ直ぐな瞳で、そう返した。



「救われてほしい?」

「ああ。その剣が本当にあるのなら、伝えたいんだ。『無駄死になんかしちゃいない』って。オレたちの未来を守り抜いた英雄たちの魂が浮かばれないなんて、そんなのあんまりじゃないか」

「クク、なるほどな」



 アルドの言葉に、ユーインは口角を吊り上げ、やがて豪快に笑いはじめた。



「えっと、そんなに可笑しいかな?」

「そうじゃねえ。やっぱりお前は、俺の見込んだ通りの男だったってことよ」



 ユーインを訪ねてくる客は、だいたい一緒だ。

 復讐に駆られた者。強さに目がくらんだ者。名声に惑わされた者。

 みな一概に、武具が持つ力を求めてやってくる。そんな者たちばかりを常日頃から相手しているユーインにとって、武具と向き合いたいという目的を持っていたのは、アルドだけだった。



「じゃあ、力を貸してくれるのか?」

「ただし条件がある。それは、俺を連れていくことだ。俺自身、事の顛末を見届けてみたいのもあるし、目的のブツが曰く付きってんなら、役に立つぜ俺は」

「そうか、そうだったな……うん。是非ともヨロシク頼むよ、ユーイン」



 固い握手を交わし、アルドとユーインとの間で契約が成立した。



「それでユーイン、なにかわかったことがあるのか?」

「いや、『全滅した』って表現にピンと来てな」

「それかどうかしたのか?」

「考えてもみろ。全滅ってのは、ひとり残らず死んじまうことだろう。たしかに最近は押されていたが、それでも部隊ひとつが消滅しちまうほどの損害が出たって話は、裏の社会でもそうそう聞くことはないな」



 死んでいった騎士たちの無念が宿っていると言われるほどならば、全滅という言葉は非常に有効な言葉選びだといえる。つまり、そういう書き方がされていただけ、というのならばそれまでだ。



「ーーが、俺の知る限り、ひとつだけ当てはまるものがある。それは、もしかしたら『リンデの戦い』のことかもしれねえ」

「リンデの戦い?」

「お前さんがピンと来ないのも無理はねえ。なにしろ、11年くらい前の出来事だからな」



 その年月は、この世界の遙かなる歴史においては、ひと目盛りほどの誤差でしかないのかもしれない。しかし、17のアルドにとっては、大昔であるといえよう。

 "歴史"と"人生"という、ふたつの物差しは、ついつい同等の長さで比べてしまいがちだが、実際は天と地との距離よりも長さの違いがあるのだから。



「俺は戦争に参加しちゃいないから詳細まで知らないが、魔獣たちと戦争状態になって、はじめて行われた本格的な武力衝突さ、戦いの結末は……まあ、この通りだわな。んで、その戦いで唯一、防衛軍のなかの一部隊、騎士フレデリックが率いる隊がひとり残らず戦死している」

「つまり、魔剣を追いかけるには、まずはリンデってことか」



 手が届くにはあまりにも遠い、僅かな一歩。魔剣はまだ輪郭すら見えない。

 しかし、ほんの少しだけ。足跡あしあとが見つかるくらいは近付くことができた気がする。


 アルドたちは更なる足跡そくせきを追ってユニガンを後にし、一路リンデへと向かう。















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