鮫滅の鋸 アンリミテッド・シャーク・ワークス

第4話 ファイヤー・シャーク

　砂浜にいた人々は、砂浜に上陸するサメを見て、一目散に逃げだした。

「ゼーニッツはどこだ」

「知らねぇよ。あいつのことだしどこかに隠れてるんじゃねぇのか？」

　左右に視線を振りながら叫ぶ羽織の人物に、シャチ頭が答えた。

「とにかくオレたちでやるしか……」

「危ない！」

　咄嗟に、羽織の人物がシャチ頭に飛びかかった。サメの口が大きく開いた直後、そこからごうっという音を立てて炎が放たれたのだ。羽織の人物のおかげで、間一髪、シャチ頭は火炎を避けることができた。

　火を噴くサメは、やたら滅多に火炎を吐いて暴れ回った。ビーチパラソルが、海の家が、炎に巻かれて焼け落ちていく。その様子はさながら怪獣映画の一幕のようであった。

「火炎鮫（ファイヤー・シャーク）か……ゼーニッツはあてにしない。僕が仕留める」

　チェーンソーの刃を唸らせた羽織の人物が、サメに向かって走ってゆく。サメは足音と匂いで、自分に仇なすであろう存在の接近を察知し、そちらを向いた。鋭い牙が生えそろった口が大きく開かれ、豪炎が放たれる。横跳びで火炎を回避したかの人物は、チェーンソーの切っ先をサメへと向けた。

「鮫の呼吸、弐ノ鰓（えら）……鮫竜巻！」

　目にもとまらぬ速さでサメの懐に潜り込んだ羽織の人物は、チェーンソーを水平に構え、バレエのダンサーのように回転しながらサメを切りつけた。長い黒髪を振り乱しながら、くるくると、サメを切り裂きながら回っている。

　鼻先を切られたサメは、まるで怒りをそのまま吐き出すかのように火炎を放射した。が、羽織の人物は炎に巻かれることなく、くるくると回転して切りつけながら、身を翻して脇腹に回り込んだ。

　血しぶきで、羽織の人物はべっとり汚れていた。六、七メートルはあろう火炎鮫は、怒り狂ったように炎を吐きながら体をくねらせ暴れたが、肉を切られ続ける内にその動きも緩慢になり、とうとう力なく砂浜に突っ伏した。

　火を吐くサメに勝利した羽織の人物は、青空を仰ぎながら大きく深呼吸をした。

＊＊＊

「観光客がいるのに爆弾を投げただと、馬鹿者」

　砂浜から500mほど内陸に歩いた先の村役場の庭で、射地助はスーツ姿の白髪の老人に叱責されていた。この老人こそ、鬼車之島の村長である。

「村長、オレがやらなきゃサメが人を食っちまうぜ」

「爆弾の方が危ないだろうが！ 凪義（なぎ）もちゃんと止めなきゃ駄目だろう」

「いえ、僕は彼の判断を間違いだとは思っておりませんので」

「お前も口答えするのか。全く……鮫滅隊は異常者の集まりだな」

　村長は、目を吊り上げて怒っている。射地助と、羽織の人物――凪義は、まともに取り合ってなどいなかった。

　射地助は横目でちらと凪義を見やった。凪義はすんすんと鼻を鳴らして何かを嗅いでいる。そして、凪義の口が、射地助の側頭部に近づいた。

「サメの匂いがする。行くぞ」

　言うや否や、凪義は射地助の腕を掴み、足早に立ち去った。背後で村長が怒声を発していたが、聞き入れなかった。

　＊＊＊

　二人が向かったのは、水泳部の宿泊する旅館であった。二人はずかずかと、正面玄関から中に入った。

「王手！」

「うわ、マジだ！ 外人なのに将棋つよ……」

　ぱち、と乾いた音が鳴る。左手側のテーブルで、星条旗柄の羽織を身に着けた金髪ボブカットの少年が、水泳部員と将棋を指していた。

「敵前逃亡して呑気に将棋か。いいご身分だなゼーニッツ」

「そうだぞテメェ！ 敵前逃亡は隊律違反！ このオレが直々に手打ちにしてやる！」

「ゲッ……どうしてここに！？」

　金髪少年ゼーニッツは、まるで怯えたように、先ほどまで対局していた水泳部員の陰に隠れて震えていた。

「おいおい、何の騒ぎだ！？」

　エントランスでの騒ぎを聞きつけて、肩を怒らせながら雪丘が出てきた。その後ろには、旅館の主である二頭の姿もある。

「あ……アッガー・フラウ・ゼーニッツといいマス……ドイツ系アメリカ人デス……」

「オレは爆平（はぜひら）射地助だ！」

「僕は炭戸（すみと）凪義という。突然だが、この旅館にはサメがいる。それを仕留めるためにお邪魔させてもらおう」

「はぁ？ 旅館にサメだぁ？ バカなこと言うな！」

　怒りと嘲笑がないまぜになったような声色で、雪丘は言い放った。対する発言者の凪義は、冷たい美貌を湛えたまま、表情をぴくりとも変えない。水泳部員と年の頃が近いであろうこの者は、落ち着き払った様子で館内を眺めていた。

「奥だな……射地助、ゼーニッツ、行くぞ」

「えええ、ワタシもですか……」

　ゼーニッツは、足を震わせながら渋々といった風に凪義と射地助の後をつけていった。

「おい、お前らは行くんじゃないぞ。勝手に外出したことの説教をしなきゃいけないんだからな」

「はぁい……」

　水泳部員は、この後、雪丘にこってり絞られることが確定した。

＊＊＊

「あのトイレだ。爆弾を仕掛けろ」

「任せとけ！」

　凪義は、旅館の一階奥にある男子トイレの中で、個室の一つを指差した。射地助が便器の下に爆弾を貼り付けると、三人はトイレを出て廊下に立った。

「よっしゃあ！ 爆破だ！」

　射地助がリモコンのボタンを押す。瞬間、凄まじい爆音とともに、館全体に激震が走った。