第15話 活路を求めて

「ほらほら、どうした! 逃げてばかりでは俺様は倒せないぞ!」


 次々と繰り出されるジャスティスの攻撃を避けながら、『アイギス』の力も最大限に活用することで僕は何とかジャスティスの猛攻から逃げ回っていた。

 現在、ジャスティスの持つ『神判の剣オーディール』の力により僕の『憤怒』の力はほぼ失われているものの、その膨大な魔力の全てが完全に消えたわけでは無いため、僕は神器の魔力と合わせてどうにか持っている状態だった。


(それにどうやら、やつの固有術式である『正義』の特性がこの局面では裏目に出てるみたいだな)


 先程のジャスティスの言葉から察するに、彼の固有術式である『正義』の特性は自身の信念を貫くために力を振るった場合、相手の強さに応じて自身の身体能力を大幅に向上させるものだと考えて良いだろう。

 しかし、彼の持つ『神判の剣オーディール』の力により、僕の《サタン》が封じられたのと同時に、ジャスティスの動きが僕の動きに準じるように突然悪くなった。


(と言っても、神器の魔力に少しプラスぐらいの力しか使えない僕と違って、ジャスティスは全力で『アーマゲドン』の魔力を使える。彼の動きは『原罪』の力を解放してるアヤメと大差無いくらいの速さだし、動きが適当で読みやすいから『アイギス』の魔力だけでどうにか立ち回れてるけど、間違い無く僕の魔力が先に尽きる! そうなると、いよいよ戦いようが無くなってしまう!)


 焦る心を必死に押さえながら、僕は紙一重でジャスティスの攻撃を避け続ける。

 どうにか魔力が尽きる前に対抗手段を見付けなければ、そのまま魔力が尽きた僕は為す術も無く彼に敗北してしまうだろう。

 しかし、こんな状態であっても全く活路が見出せていない訳では無い。


(彼の言ったことが正しければ、あの『神判の剣オーディール』が無効化するのは本能や負の感情を基に形作られた力だけ。つまりは僕らの『原罪』のような力だけだ。だったら、それとは全く逆の正の感情で形作られた力、反転術式を発動出来れば『神判の剣オーディール』でも無効化されずに僕は『アーマゲドン』の魔力を使えるはずだ!)


 だが、それがわかった所で今の僕では反転術式を発動出来ないので、この窮地を乗り切るためには今の極限状態の中で反転術式をものにすると言う奇跡を起こさなければならない。

 正直、アヤメであれば既に反転術式を会得しているらしいので(実際に見た事は無いのでどう言った力かは知らないが)代ってもらいたいところではあるのだが、現状アヤメを戦闘に駆り出せば既に展開している悪魔達をジャスティスの『神判の剣オーディール』で無効化される危険性が生じ、そうなってくると悪魔達を護衛に付けているさいたま市の拠点や天城さん達が危険に曝される恐れが生じてくる。


(だから、この窮地は自分の力でどうにか脱しなければダメだ!)


 そう結論を付けながら、ジャスティスの放つ強力な拳に『アイギス』の守りをぶつける事で何とか逸らし、大きく後方に飛びながら距離を開けると再び思考を巡らせる。


 正直、単純に『力の原動力を変える』と言葉で言ってしまえば、それほど難しく無いことのように聞こえるかも知れない。

 だが、この反転術式を会得するにはそんな単純な考え方では通用しない。

 そもそも、僕らの『原罪』と言う力はそれぞれが対応した本能的な感情を基幹とする事で『アーマゲドン』の莫大な魔力を人間が扱えるようにしたもので有り、その根幹となる感情とは切っても切り離せない密接な関係にある。

 つまり、その根幹となる感情を全く別のもへと置き換えると言う事は、専用のソフトで動いているハードのソフトだけを後からすげ替えようとするような行為で有り、当然ながらすげ替えるソフトの互換性が求められるだけで無く、ハードの方もソフトの性質に合わせて弄らなければ正常に動作が行われることは無い。

 勿論、1から全てを作り直すことなど不可能に近いため、元々持っている『原罪』の力をベースに新たな力に改造しなければ反転術式を会得する事が出来ないため、今の僕ではどう言った感情が僕の『憤怒』と互換性が有り、固有術式の《サタン》をどう弄ればその感情で動かすことが出来るのかが見出せない以上は会得しようが無いのだ。


(クッ! このままじゃ!)


 焦りの中で、僕は様々な感情をキーに力を制御しようと試みる。

 だが、どれだけの感情を心に浮かべて力を制御しようとしても思い通りに力が発現してくれる事は無かった。

 当然だろう。

 リヴァイさん曰く、『アーマゲドン』の強大な力を制御するにはそれ相応の大きな、強い感情が必要になると言っていた。

 そうなると、今の窮地を脱するためだけのために無理矢理思い浮かべた感情程度では力の制御など出来ようはずが無い。

 それに、ジャスティスの強力な一撃を『アイギス』で防ぐ度にごっそりと持って行かれる魔力残量から、僕の心は次第に焦りと不安で押しつぶされそうになっていた。

 そして、そう言った感情はやがて自身の視野を狭め、ついには致命的なミスを犯すこととなる。


「!?」


 突如、後ろに下がろうとした僕の背に何かが当たる。

 それにより慌てて背後に視線を向けると、どうやら僕はビルに囲まれた袋小路に追い込まれていたらしい事に気付く。


「ッ! この程度!」


 咄嗟に魔術で進路を防ぐビルを破壊しようと試みるが、直後にそのビルの中に無数の人の気配がする事に気付く。


(まさか!)


 慌ててジャスティスへと視線を戻した時、彼の口元には明らかに勝利を確信した不適な笑みが浮かんでおり、真っ直ぐに僕へ向けて拳を振り上げていた。


(このまま僕が避ければ後ろのビルが! だけど、この攻撃を正面から『アイギス』で受け止めれば僕の魔力も後が無い!)


 その迷いはほんの刹那の間だっただろう。

 だが、迷っていてはジャスティスの攻撃を避けられずに背後のビル、その中に囚われた人々も犠牲になるのだと判断した僕は、全力の魔力で『アイギス』の防壁を展開し、ジャスティスの拳を受け止める。

 そしてそのまま、自身の体に掛かる負荷も考えず、動きを止めたジャスティスへとタックルを加えると、そのままビルから離れて人の気配が感じない方面へと引き離す事に成功した。


 だが――


「カハッ!!」


 僕の体を引き剥がすために振るわれたジャスティス拳が、無防備な僕の胴へと吸い込まれる。

 そして、僕は肺の中の全ての空気と負傷した臓器から漏れ出す血液を口から吐き出しながら、受け身を取ることさえ出来ずに数十メートルの距離をまるでボールのようにバウンドしながら吹き飛ばされる。


「ゲホッ! ゴホッ!」


 漸く動きを止めた僕は、何とか立ち上がろうとヒューヒューと情けない音を漏らす喉から肺に空気を送ろうと呼吸を繰り返す。

 しかし、どれだけ空気を吸い込もうとしても上手く肺が機能してくれず、何時までの息苦しさと激しい目眩が僕が立ち上がるのを阻害してきた。


「ふむ。力を制限されておきながら、よもや俺様の攻撃にここまで耐えるとは。確かに、キサマは今まで俺様が戦った中では最も強き者であったことは認めてやろう。しかし、その健闘もここまでだ」


 そう告げながら、ジャスティスはゆっくりとした歩調でこちらへと近付いて来る。

 その言葉は僕の健闘を称えるものでは有ったものの、その顔には明らかにただ逃げ回る僕との戦闘に飽きたのだという退屈の色が浮かんでいた。


「そろそろ引導を渡してやろう。なに、お前を殺した後であのアヤメとか言う女にも存分に俺様の力を思い知らせてやるが、殺しはしないから安心するが良い」


 そう語るジャスティスの顔には、まるで僕を蔑むような下卑た笑みが浮かんでいた。


「もっとも、殺しはしないが心から俺様に忠誠を誓いたくなるよう、存分に躾を施す必要は有るだろうがな」


 その言葉を聞いた瞬間、僕の中には抑えきれないほどの怒りと闘争心が湧き上がるものの、やはり『憤怒』の力が戻る事は無かった。

 しかし、気力と本能で僕は無理矢理震える足で立ち上がり、せめてもの抵抗でジャスティスを強く睨み付ける。


「ふっ、哀れな。良かろう、これでトドメだ。さあ、・・・・・・はて、名は何と言ったか? まあ良い、死ね!」


 そう告げると同時、僕の顔を目掛けて凄まじい速度でジャスティスの腕が振るわれる。


 だが――


「やらせる訳無いでしょ!」


 その言葉と共に、ツインテールに纏めた腰まで伸びる艶やかな髪を靡かせ、突如上空から舞い降りて来たアヤメの蹴りがその拳の軌道を逸らす。

 そして、その反動を利用しながら素早くを僕の隣までアヤメは移動すると、僕の体を直ぐさま抱きかかえて大きく後方へと下がった。


「アヤ、メ! ダメ、だ。やつ、は・・・僕ら、の・・・『原罪』の、力を!」


「無効化するんでしょ? 既にボクの『色欲アスモデウス』も機能してないから分ってるよ。ああ、でも安心して。各所に護衛で配置している悪魔達は一時的にボクの制御から外して、護衛対象の制御下に置くように設定したから保有魔力が切れない限り消えないから」


 そのアヤメの言葉に、多少の不安は取り除かれたものの、それでも今までの《アスモデウス》の使用により魔力を消耗しているアヤメが、例え反転術式を使用したとしてもジャスティスに勝てるのかと不安は消えない。


「大丈夫。キョージはボクが必ず守るから」


 そう告げると同時、突然アヤメは僕の唇に自分の唇を重ねたかと思うと、その触れ合った唇を通して何かの魔力が流れ込んで来る。


「!?」


 突然の事態に僕は一瞬訳が解らなくなるが、直後に苦しかった呼吸や痛む全身が多少楽になったので、おそらくは肉体的な接触を通してアヤメの『聖杯カリス』の力で僕の治療を行ってくれたのだと気付く。


「さて、それじゃあここからはボクが相手してあげる」


 僕から唇を放した後、アヤメは鋭い視線をジャスティスに向けながらもそう宣言し、普段見たことの無いような本気の怒りの表情を浮かべながらジャスティスと対峙するのだった。

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