第16話 天使の軍勢

 ボクは、キョージを背後に庇うように一歩前へと進み出ると、そのまま殺気の隠った鋭い視線をジャスティスへと向ける。


「クハハハハ! わざわざ死にかけを守るために自ら犠牲になり来るとは。無駄だ! 俺様の『正義』と『神判のオーディール』の力は無敵! どのような相手であっても、最後は俺様の下に跪くのが運命だ!」


 高笑いを浮かべながら、そう語るジャスティスの言葉を無視しながらボクは冷静に状況を分析していく。

 おそらく、相手の力がボクの『色欲アスモデウス』やキョージの『憤怒サタン』の力を無効化しているにも関わらず、『聖杯カリス』の魔力が一切影響を受けていない事から考えると、その効果の範囲はボクらの『原罪』を封じる効果に特化しているのだろう。

 一瞬、『若しかすれば『アーマゲドン』由来の力全般に干渉しているのでは?』と言う考えも浮かびはしたが、そうなればジャスティス自身の力にも何かしら干渉を及ぼしてしまう危険性が有るのに加え、限定的な相手のみに作用する力では使い勝手が悪すぎるのでそれは無いだろうと思考から外した。


(たぶん、相手の魔力に干渉するタイプの力で、ボクらの『原罪』に大きな効果を及ぼしている事から、負の感情や欲望なんかに触発されて増大した魔力を無効化する効果かな? だったら、固有術式アスモデウスじゃ無くて反転術式を使えば無効化されることも無いよね)


 そう結論付けるが、反転術式を発動する前にもう一つ解決しておかなければならない疑問がある。

 それは、最初にジャスティスがキョージと共に皇居前広場を離れた時に見せていた驚異的身体能力の正体だ。


(キョージの《サタン》は、『憤怒』による精神汚染と言うデメリットを『アイギス』の守りで防ぎ、短時間だけでは有るけど驚異的な能力向上を実現させる事の出来る技。例え、部分開放で限定的に力を解放してるだけでもデメリットが完全には消えない反面、圧倒的な能力強化が起きる。でも、その状態のキョージにジャスティスが対応出来ていたことを考えれば、ジャスティスの持つ能力も同等の能力強化なはずなんだけど、それだけの力が何の代償も無しに手に入るはずが無い)


 そう考えながら、私は漸く見失っていた2人の姿を見付け、この場に辿り着くまでにこの目で見た2人の戦いについて思い出す。


(キョージに迫るジャスティスの動きは、最初に皇居前広場で見た時と比べて圧倒的に遅かった。正直、あの程度の動きなら『アイギス』の魔力だけでもキョージが負けるはずが無いと思えるほどに。まあ、とどめの一撃を与えるだけの状態だったし、あえて力を抜いていた可能性も有るけど、そうなるとあっさりとボクの奇襲が成功した事に説明が付かない)


 現在、ボクの魔眼はジャスティスの纏う魔力をしっかりと捉えているが、その量は先程キョージと対峙していた時に比べれば多いが、精々度重なる《アスモデウス》の使用で全快の3分の1程度に減っているボクの魔力の出力量とそう大差無いように見える。


(つまり、こいつの力は相手が強ければ強いほど力が増す能力なんだろうな。そして、力がほぼ互角なら『アーマゲドン』由来の莫大な魔力を誇るジャスティスが圧倒的に有利になるし、同じ『アーマゲドン』由来の力を持つボクら『原罪』の適合者はその魔力の大半を封じられる事で不利になる)


 状況から推測すると、おそらくボクの推察は大きく外れていると言う事は無いだろう。

 そう僅か数秒の思考の中で結論付けたボクは、未だ何か偉そうにしゃべり続けているジャスティスを無視しながら1つの結論に辿り着く。


(だったら、こいつは!)


 そう確信した瞬間、思わずボクの口元に笑みが浮かぶ。

 そして、それを見たジャスティスは漸く言葉を止め、明らかに不快な表情を浮かべながらボクに問いを発する。


「何だ、その笑みは? もしや、俺様に勝てるなどと思い上がっている訳ではあるまいな?」


「勿論、勝つつもりだよ。まあ、ボクもここまで来るまでに結構な魔力を消耗しているから絶対とは言わないけど、ジャスティスだってキョージとの戦いで消耗してる訳だし、相性の良いボクには十分な勝機が有ると思うけどね」


「相性が良い? ハッ、何を根拠にそのような戯れ言を! それに、そこの小僧程度の相手をしたくらいで、俺様が消耗などする訳が無かろう」


「まあ、好きに言えば良いよ。でも、ボクがジャスティスの力に相性が良いってのは間違い無いと思うな」


 挑発するような声色でそう告げると、明らかにジャスティスの瞳に不快感と怒りが浮かぶのが見える。


(うん。簡単に挑発にも乗ってくるし、案外チョロいな)


 そう感想抱きながら、ボクは更に余裕の有る態度で堂々と言葉を続ける。


「今から、その証拠を見せてあげる!」


 そう告げると同時、ボクの体の奥から一気に力が溢れ出してくる。

 そして、ボクは反転術式を発動させるために力を解放するための文言を口にした。


「術式反転。神の絶対的な威光を知らしめる万を超える軍勢よ、我に仇なす敵を滅ぼせ! 顕現せよ、《カマエル》!」


 直後、ボクの目の前に一筋の光が降り注ぎ、その中から剣を携えた1体の天使が姿現れる。

 そして、その天使は直ぐさま剣を構えると、そのままジャスティスへと斬り掛かった。


「ツッ! この程度!」


 しかし、直ぐさまジャスティスはその両手に光を纏い、天使の剣を受け止めながら反撃に転じようとする。

 だが、直後にボクの背後に出現したもう1体の天使が放つ矢に気付き、直ぐさま後方へと下がる。


「もう1体だと!?」


 ジャスティスは体勢を整えながらそう驚愕の言葉を口にするが、休む間を与えないように先程の天使が、否、先程の天使を加えた3体の天使がジャスティスへと向かって剣を振るう。


「バカ、な!?」


 だが、流石と言うべきかジャスティスはその攻撃を紙一重で躱し、隙を突いてその内の1体を始末しようと拳を振るう。

 しかし、3体の天使達は攻撃を躱された直後には既にその場を離脱しようとしていたため、そのジャスティスの一撃をもらう事は無く、代わりに空振りに終わったジャスティス目掛けて10を超える光の矢が降り注ぐ。


「チッ!!」


 怒気の籠もった舌打ちを漏らしながらも、ジャスティスは素早く拳を振るってその矢を叩き落とすが、勿論全てを捌ききれるはずも無く、足や腕に浅い切り傷を刻む。

 だが、決定的なダメージだけは防いだ後、再び大きく後方に飛ぶことでボクとの距離を取り、そこで漸くボクの状況に気付いて驚愕の表情を浮かべる。


「何だ・・・何なんだ、その力は!」


 現在、ボクの左腕には一振りの旗が握られていた。

 そして、ボクの後方には50を超える弓を携えた天使が、前方には30程度の剣を構える天使が、その前には同数の槍を携えた天使達が構えていた。


「これがボクの反転術式、万を超える天使の兵を従える《カマエル》の力だ。まあ、今のボクの実力と魔力残量じゃ千も召喚出来ないと思うけど、ジャスティス1人を倒すには十分な数でしょ?」


 そう告げると同時に、ボクは旗を掲げて全軍に合図を送る。

 すると、一斉に矢を番えた弓兵が光の矢を放ち、その後を追撃を行うべく槍兵が一斉に前方へと槍を構えた姿勢で突進を始める。


「―――ッ! 舐めるなよ!!」


 だが、ジャスティスがそう怒声を上げた瞬間、今までボクと大差無い程度の出力量だった魔力が大幅に上昇する。

 おそらく、相手の実力に合わせて出力を変動させていた力を切り、純粋な『アーマゲドン』の魔力による身体強化に切り替えたのだろう。


「おおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 そして、ジャスティスは雄叫びを上げながらも無造作に腕を振るい、飛来する矢の一部を吹き飛ばすと、そのまま生じた隙間に体を滑り込ませることで飛来する矢の雨から身を躱する。

 更に、迫り来る槍兵に怯むこと無く突っ込みながら、その内1体の槍の先端を強引に掴んでハンマー投げようにグルグルと振り回し、迫り来る槍兵を次々と薙ぎ倒しながら戦線を崩す。

 だが、彼の反撃はそれだけでは終わらない。


「ガアァァァァァァァァァァァ!!」


 雄叫びを上げながら更に突っ込むと、槍兵の後ろから剣を構えて迫ってきていた後続部隊へと一気に突っ込み、自身が傷付くことさえ一切気にする素振りを見せず、そのまま次々と天使達を拳で粉砕して行く。


 その光景を、ボクは最初の位置から動かずにじっと見つめていた。

 否、動きたくても全身を襲う強烈な痛みで動けなかった。


「ゴプッ!」


 思わず咽せたボクの口からは、ポタポタと鮮血がこぼれ落ちていた。

 これは、今まさにジャスティスに殴り殺されていく天使達からボクの肉体にフィードバックされてきたダメージによるものだ。


 正直、この《カマエル》で召喚出来る天使達の戦闘力は本来なら神器の魔力のみを開放したボクよりも低い。

 では、何故そんな本来弱いはずの天使の軍団がここまでの力を発揮出来ているかと言えば、ボクが『聖杯カリス』を使って全ての天使とボクの力を繋げ、その力をボクと同等の物へと無理矢理引き上げているからなのだ。

 そうすることでボクと天使達は一心同体のような状況となり、圧倒的な力を発揮出来るのだが、勿論ながらこの方法には決定的なデメリットが存在する。

 それは、ボクと天使達が『聖杯カリス』の力で繋げる関係上、天使達が受けるダメージをそのままボクも受ける事になると言う事だ。


(だから、本来なら使んだけど、ボクは死ぬほど痛い思いをするだけで済む!)


 ジャスティスに手傷を負わせながらも、次々と消滅していく天使達の代わりに次々と新たな天使を召喚して絶え間なく攻撃を続ける。

 はっきりと言って、予想よりも魔力の消耗が激しいのでそう長くは保たないことを自覚はしている。

 それでも、キョージを守るためには限界を超えたとしてもジャスティスを倒しきるまではボクが倒れる訳にはいかない。


(このまま、押し切る!)


 もはや、ボクから滴り落ちる血液で足下には水溜まりが出来上がっており、既に視界が霞んで耳は聞こえず、旗を杖代わりにしなければ立っているのもやっとと言った状態に陥っていた。

 それでもボクは、ボクが信じるものを守るため、『信仰』の力を全力で開放しながら真っ直ぐに敵を見据え、配下の天使達に『敵を殺せ』と指令を送り続ける。


 そうしてどれだけの時間が過ぎただろうか。

 気が付けば、ボクはバランスを崩して膝を折る。

 いつの間にか手にした旗が消え、体を支えることが出来なくなっていたのだ。


(あっ・・・魔力、が)


 自分の魔力がとうとう尽きたことを感じながら、ボクは霞む視界を前方に向ける。

 既にボクが召喚した天使達は光となって消えてしまったが、その中にボロボロながらも確かに立っている人影が見える。


(ああ、倒し、切れなかった・・・)


 そう理解しながらも、ボクは既に指一本動かせる状態に無かった。


(マズい、な・・・このままじゃ)


 直後、影がこちらに向かって勢い良く迫ってくる。


(どうせ、ボクは死ねないけど、キョージだけは)


 そう考えながら、必死に魔力を絞りだそうとするけど上手く行かない。

 そして、影がボクの直ぐ目の前に迫ってきた直後、ボクを守るように目の前に白い翼を生やした逞しい背中が現れた。


(だ・・・れ?)


 そう疑問の思うものの、この状況でボクを助けてくれる人なんて1人しかいない事をボクは理解していた。

 だが、その結末を見届けること無く限界を迎えたボクの意識は静かに闇の中へと呑まれて行くのだった。

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