第13話 暴走

 ・・・・・・有り得ない。


 有り得ない・・・・・・。


 有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない!!


 いくら人数が多いとは言え、何故最強であるはずのメイが真なる力にも目覚めていない程度の相手に捉えられているのか?


 あの物語の中でもルシファーは数で勝る相手と幾度となく戦っていたが、決して負けたことなど無かった。

 ならば、彼と同じ名を冠する力を与えられたメイが負けて良いはずが無い。

 何としてもこの窮地を脱し、華麗な逆転劇を見せなければならない。

 そう思いながら必死にこの忌々しい鎖から逃れようと試みるが、どれだけ力を入れてもメイを縛る戒めを解くことは叶わなかった。


(どうして!? メイは世界を導くために世界に選ばれたんじゃ無いの!? 何でこんなにあっさり捕まっちゃうの!!)


 もはやこの抵抗も無駄であると理解をしてしまったメイは、悔しさからキツく唇を噛み締めた後、顔を俯かせながら抵抗を止める。


 本当にどうしてこうなってしまったのだろう。

 メイは、あの物語に出てきたルシファーの力をきっとメイも使えるはずと確信し、実際にその全ての力を再現してきた。

 だから物語の中でルシファーが使えなかった飛行魔術も使えないし、ルシファーは決して今のメイのように捉えられる事など無かったのでこの状況の脱し方なんて分らない。


(こんな展開知らない! いったい、いったいメイはどうしたら――)


 そんな思考を必死に巡らしていると、不意にアヤメがメイに声をかけていることに気付き、意識をそちらに向ける。


「それで? メーリンは?」


 どうやらアヤメはメイに抵抗の意思が有るかを尋ねているようだ。

 勿論、どんな時にも諦めるなんて言葉を知らなかったルシファーのようにメイは出来る限りの闘志を視線に乗せ、少しでも活路を見出そうと口を開く。


「1つ教えて」


「何?」


「何でアヤメはメイの力の影響を受けてないの?」


「力? ああ、このおかしな魔力のこと? 別に影響が無いわけじゃ無い。ただ同質の魔力をボクの神器で生成してぶつける事で中和してるだけ。だからそれなりに力は落ちてるし、だからこそこの鎧を纏ってるんだし」


 アヤメにはそんな事まで出来るという事実にメイは愕然とする。


 いくら何でもアヤメの神器だけ万能過ぎやしないだろうか?


 それに、さっきの悪魔っぽいやつを操っていたのは何なのだろう?


 そんな疑問と理不尽な状況への不満から、何時ものようにルシファーのような口調を意識するのも忘れてメイは思わず叫びを上げる。


「そもそもなんで皆飛べるの!? あの物語では悪しき神々ぐらいしか飛べなかったのに!」


 誰でも良い。

 誰かこの訳の解らない状況の説明をして欲しい。


 その一心で放った叫びに答えたのは知らない男の声だった。


『それはお前が真の意味で力に適合していない半端者だからだ』


「え?」


 思わず間抜けな声を漏らしながら、視線を上げるといつの間にか目の間の景色が一変していた。

 何故かそこには漆黒の鎧を纏ったアヤメも、満身創痍の響史も、メイを縛る鎖とアダムもおらず、屋外にいたはずなのに何処かのお城、それも玉座の鎮座する謁見の間のような場所に移動してしていた。


「えっ? ええ!?」


『何を呆けている』


 驚きの声を漏らすメイの目の前、玉座に偉そうに座る男はこちらを見下ろしながら嘲るような口調でそう告げる。

 その容姿は金髪碧眼の整った顔立ちで、まるで物語の中に登場する王子様と言った風貌であったが、その瞳に宿る冷たい光がとても冷酷な人物であるような印象を与えた。


「ええと・・・・・・っ! キサマ、何者だ?」


 思考の追い付かない事態に呆気に取られていたが、咄嗟にメイは威厳を保とうと何時ものルシファーを意識した口調に切り替える。

 しかし、今更取り繕うと遅かったのか目の前の男の見下すような視線は変わることは無かった。


『俺の名はギルガレア。不本意ながらお前に受け継がれた『エクスカリバー』と『傲慢ルシファー』の力に縁の有る者だ』


「不本意ながら、だと?」


 ギルガレアと名乗った男の聞き捨てならない言葉にメイは思わず聞き返す。

 すると、ギルガレアは小馬鹿にしたように鼻で笑った後、哀れむような視線を向けながら口を開く。


『当然だろ? 大した力も才能も無いくせに大きな力に溺れて自惚れ、挙げ句は空想上の人物に自分を重ねることで辛うじてプライドを保つ。その程度の小物をあざ笑って何が可笑しい?』


「大した力も才能も無い? 力に溺れる? はっ! キサマの目は節穴か? 我が最強の力、キサマ程度の小物が測れると思い上がるなよ!」


『ほう、そこまで言うのならそのご大層な力とやらを俺に示してみろ』


 メイの言葉に挑発するようにそう告げるギルガレアに、『エクスカリバー』を顕現させると《ルシファー》の力を解放した状態で斬り掛かる。


 しかしその一撃は呆気なくギルガレアに受け止められる。


 しかも驚くべき事に、メイの『エクスカリバー』による一撃を受け止めたギルガレアの持つ剣もまた、メイと同じ『エクスカリバー』だった。


「なっ!!? どう言う、事だ!?」


『この程度で驚くなよ。本番はこれからだぞ?』


 そう告げながらギルガレアが力を入れると、切り結んでいたメイの体は呆気なく後方に弾き飛ばされる。

 そして、なんとか体勢を崩さないように着地を成功させた所でメイは先程までに比べて体の動きが鈍っていることに気付き、ギルガレアの背中にメイと同じ漆黒の翼が出現している事に気付く。


「まさか、キサマも《ルシファー》の力を!?」


『当たり前だろ。それに、それだけでは無いぞ』


 ギルガレアがそう告げた瞬間、その背に新たに白銀の翼が現れ、それと同時にその背後に十字を象った無数の光剣が浮かび上がる。


「バカな!? まさか、《ルシフェル》までも!」


 動揺と驚愕から悲鳴のような声を上げるメイに、ギルガレアはニヤリと笑みを浮かべながら淡々と告げる。


『そもそもこの力を育て上げたのは誰だと思っている? 勿論俺だ。よって、完全に力と同化した俺がこの程度の事を出来ないわけが無いだろ。まあ、この精神世界の中ではお前が覚醒している以上の出力では力を使えないが、それでも使俺にお前が敵う道理は無い』


 その言葉が終わると同時、ギルガレアが片手を上げてそれを振り下ろす。

 すると、背後に待機していた光剣が一斉にメイを目掛けて飛来する。


「ツッ!!」


 咄嗟にメイはその攻撃に対処しようと、自身も《ルシフェル》の力を解放すると無数の光球を生み出し、そこからレーザーを射出する事で光剣を打ち落とそうと試みる。


 しかし――


『無駄だ!』


 光剣の方が魔力の密度が高いのか、こちらのレーザーを物ともせず突き進みメイの眼前まで光剣が飛来する。


「だったら!」


 瞬時に思考を切り替え、致命傷を避けるように光剣を対照しようと『エクスカリバー』を振るう。


 だが――


『だから無駄だと言っているだろ!』


『エクスカリバー』が光剣に触れた瞬間、光剣に濃縮されていた魔力が破裂し、それによって生じた爆風でメイの体は吹き飛ばされる。

 そして、バランスを崩したメイに追い打ちをかけるように無数の光剣が降り注ぐと、メイに触れた光剣の尽くが形を失い弾け、幾つもの爆風を発生させた。


 その攻撃がどれ程続いただろうか。

 本当はほんの数秒の事だったのかも知れないが、メイにはとても長い時間のように感じられた。


 そして、その攻撃が止んだ時には『エクスカリバー』の鞘の効果で死にはしないものの、片手は吹き飛び体中に穴が空き、メイの体は見るも無惨な状態になっていた。


『まあ、この程度では死なんよな。『エクスカリバー』の所持者を完全に殺すには魔力が尽きるまで殺し続けるか、のように鞘の力ごと破壊するしか無いのだしな。もっとも、そもそもがこの世界の中では死ぬことは無いがな』


 呟くようにギルガレアが告げるが、既にメイの耳に彼の言葉は届いていなかった。


 今のメイの中に有るのは絶望だった。


 今まで信じてきた自分の力が通用しない絶望。


 自分よりメイの力を使い熟す者がいるのだという事実を突き付けられた絶望。


 それらはメイの心を折るには十分な威力を有していたのだ。


『そうだ、それで良い。その絶望の末に己の内に眠る力の全てを解き放ち、暴走させろ! ああ、アリア様のためにあいつに協力するのは仕方の無い事だとしても、全てがあの愚弟の思い通りに進むのは気に食わない! であれば、忌々しき愚弟と我が最愛の主の娘にささやかな試練を与える程度の事は許されて然るべきだ!』


 何やらギルガレアが1人声を上げているが、今のメイにはどうでもいい。

 ただ、ただ絶望の中に佇むメイの精神は、内より湧き上がる力に呑まれて行くのだった。

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