〔書籍化〕サクサクさんのいいアイデア
烏目浩輔
第1話
オカルト研究部の
(そろそろくるかな……)
パイプ椅子に腰をおろしてぼんやり考えていると、予想どおりに部室の引き戸がガラリと開いた。詰襟の制服を着た先輩が片手をあげて部室に入ってくる。
「やあ、サクサクさん、今日も相変わらずここにいるね。ぼっちすぎて
サクラはため息混じりに応じた。
「先輩にはデリカシーというものがないんですか。あと、サクサクさんもやめてください。普通にダサいです」
桜井サクラを略してサクサク。いたってダサい。
「先進的なニックネームじゃないか。まあ、凡人の君には理解できないだろうけどね」
先輩はそうのたまいながら、長机を挟んだ向こうに腰をおろした。
放課後になると先輩もだいたいここにやってくる。先輩は高校二年生でオカルト研究部の部員のひとりだ。というより、まともな部員は先輩だけだ。ごく稀に他の生徒が部室に顔をだすが、部に所属しているだけの幽霊部員にすぎない。
「ああ、そうそう」
先輩はなにかを思いだした顔をした。
「今夜はオカルト研究部の活動の一環として、例の神社を調査してみるつもりだ。君も一緒にくるかい?」
学校から二駅のところに幽霊が出るという神社がある。最近、ちょくちょくSNSなどでも話題にあがっている場所だ。そこに出向いてあれこれ調べるつもりらしい。
先輩は頭のてっぺんから足の爪先まで真面目な人だ。この前もある女子生徒がタバコを吸っているのを見つけて、先生には告げ口しなかったものの二時間近くも説教したらしい。口が立つ先輩に長時間説教されるなんて地獄だったに違いない。
そんなクソ真面目な性格の先輩は、オカルトに対してもクソ真面目だ。奇妙な噂があると、出向いて調査せずにはいられない。もっとも、学生だと調査できるのは近場に限られるけれど。
しかし、いずれにせよサクラにはどうでもいいことだった。サクラはオカルト研究部の部員ではないのだから。
「絶対にいきません。悪霊的なものがいたらどうするんですか」
「悪霊なんてワクワクしかないじゃないか。でも、強要はできないね。
◇
翌日の午後――
先輩はとある病院の集中治療室で死にかけていた。頭には血の滲んだ包帯、口もとには人工呼吸器、腕には点滴の管。病床の自分を見おろしている先輩にサクラは言った。
「なにやってるんですか……」
「いや、
先輩は昨晩、予定どおりに神社に調査に出かけた。幽霊の正体が判明したまではよかったが、帰り道でいきなり誰かに後頭部を殴打されたそうだ。その場に倒れた先輩は、意識を失う直前に金属バットを手にした犯人が逃げ去るのを見た。だが、後ろ姿だったために顔は見なかったという。
倒れた先輩を見つけたのは、神社に出るという幽霊だった。正確には神社に奉職している老齢の巫女だ。その巫女はヨボヨボでガリガリでまるで幽霊だった。神社に出るという幽霊の正体は彼女である。
それはともかく――
「今の先輩はどういう状態なんです?」
「うむ、魂が抜けたんだろうね」
半透明の先輩は、自分の身体を見おろしたまま続けた。
「死にかけているせいで、魂と身体が分離したらしい。つまり、今の僕は霊体だよ。だからほら、ここの医師や看護師は僕がまったく見えていないだろう。見えるのは霊感のある人物か、君みたいな同類だけに限られる」
サクラの同類というのは幽霊のことだろう。
サクラが死んだのは高校一年生のときだった。面識のない二十代の男にナイフで数カ所刺されたのだ。通り魔だったその犯人は誰でもよかったと供述し、数日後に獄中で自殺を図った。
突然殺されたサクラは自分の死が理解できず、現場を近くを浮遊霊として彷徨っていた。そのときに声をかけてきたのが先輩だった。
「気づいているかい? 君は死んでいるよ」
霊感体質の先輩はサクラが見えたのだ。サクラはなんとなく成仏する気になれず、けれどひとりでいるのも寂しくて、以後はこうやって先輩に懐いている。
「魂が分離するとか面倒くさそう……それで、身体には戻れそうなんですか?」
「うむ、おそらく戻れるんじゃないかな」
先輩は自分の胸を見おろした。そこから白い糸のようなものが出ている。それは、病床で死にかけている先輩の胸にも繋がっていた。
「この糸で僕の魂と身体は繋がっていると思うんだ。つまり、まだ完全には分離していない。身体が回復していけば、魂は
「へえ、この糸で……えいっ」
サクラは糸にチョップしてみた。手は糸をすり抜けた。
「君は恐ろしいことをするね。今ので切れたらどうするんだい?」
「あ、すみません。つい……」
「ついで恐ろしいことをしないでくれ。ところで、こうなってしまうと暇なものだね。身体の回復は医師任せだし、やることがこれといってない。だから、僕を襲った犯人をさがしてみようと思うんだ。暇つぶしにね」
「なんですか、その軽いノリは」
暇つぶしに映画を観にいこうと思う。そんなレベルの軽いノリだった。死にかけているという大変な状況を、この人はちゃんと理解しているのだろうか。いや、むしろこの状況を楽しんでいないか。さっきから先輩の表情は明るい。
「しかし、あれだね。最初はさすがに違和感も覚えたけれど、魂だけというのは意外と便利だね。こんなおもしろいこともできる」
そう言った先輩は、近くにいた看護師の後ろに立った。そして、彼女の身体の中にすうっと入っていく。
看護師はわずかに肩をピクッとさせたあと、サクラのほうを振り向いて白い歯を見せた。
「やあ、サクサクさん」
見事な
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