不器用な男~旅情編『トラウマの原点の秘密』
まいど茂
第1話 堀川家に衝撃の来客…(プロローグ)
工業高校卒業後、福町の電設資材卸会社に就職している堀川真一は、紆余曲折がありながらも何とか日々の仕事に従事していた。
真一が高校卒業後、就職から8年が過ぎた頃だった。真一は長野の夏美との遠距離恋愛に終止符を打ち、祖母が亡くなり四十九日法要が終わって、真一自身が甲状腺ガンで入院した後の頃だったある日、真一が仕事している間に南町の自宅で一組の来客があった。
応対したのは、真一の母・
美沙子「はい」
玄関の戸を開けると、3人の女性が立っていた。
美沙子「皐月さん…」
美沙子「梨子ちゃん…。こちらは…ひょっとして…」
梨子「
真美「こんにちは」
美沙子「真美ちゃんかぁ。こんにちは。あ、上がって…」
皐月・梨子・真美「おじゃまします」
3人は美沙子に案内され座敷へ向かう。3人は座敷入るや否や仏壇へ。
皐月がお土産のお菓子を供え、ろうそくに火をつけ線香に火をつける。
仏壇から机に向かう3人。美沙子は3人にお茶を出してもてなす。
皐月「突然おじゃまして、申し訳ありません」
美沙子「皐月さん、変わり無さそうやね」
皐月「はい…なんとかさせてもらっています」
美沙子「梨子ちゃんも真美ちゃんもおねえさんになって…」
梨子「ここに来たら、懐かしいです」
美沙子「そうかぁ」
皐月「実は先日、北町に住んでいた近所の方のところへ行った時に、浩二さんの話を聞いたのです」
美沙子「あ、そう…」
皐月「それで…、浩二さんが私と離婚した後に亡くなった話を伺ったのです」
美沙子「うん…」
皐月「私、離婚してから一度も浩二さんの話を今まで聞かなかったので、亡くなった話を聞いてびっくりして…。それで梨子は今、
美沙子「……」
真一の父・一雄の弟・浩二と結婚した皐月は、浩二との間に梨子と真美が生まれた。皐月は浩二と離婚後、梨子と真美を引き取り、名古屋に戻ったのだった。真一の叔父にあたる浩二は、皐月と離婚後亡くなった。
皐月「それで…、もしよかったら、この子達の為に浩二さんが亡くなった話をお聞かせいただけないでしょうか…」
美沙子「………」
皐月「突然おじゃまして、浩二さんの話を教えてもらいたい…なんてわがまま勝手過ぎると思っています。でもこの子達はどうしても浩二さんの話が知りたくて…。私が浩二さんと離婚したのに、堀川の家の敷居は跨がせてもらえない、門前払いにされる…と覚悟して南町に来ました。でもお義姉さんは敷居を跨がせてくれたので、大変感謝しています。私のことは構わないので、この子達にだけでも、浩二さんの事を話してやっていただけないでしょうか?」
梨子「おばさん、お願いします」
真美「お願いします」
美沙子は困惑していた。それは浩二の亡くなった当時の話は、梨子と真美に衝撃を与えると思った為、言いかねていたのだ。
皐月「…お義姉さん…、確かに言いづらいと思います。しかし浩二さんがこんなことになったのは、私のせいです。辛い部分もあるんだと思います。ですから私達はその話は甘んじて受けます。その覚悟で今日、おじゃましています」
美沙子「皐月さん…」
皐月「お義姉さん…」
美沙子は躊躇していた。
美沙子「ゴメン、すぐには話せへん(話せない)…。少し時間が欲しい…」
梨子と真美は沈黙した。
皐月「お義兄さんはお元気ですか?」
美沙子「相変わらず、腰が痛い…って言うてるけど、なんとか仕事に行っとってやなぁ…」
皐月「そうですか…」
梨子「あの、しんちゃんは元気ですか?」
美沙子「真一は福町まで車で通勤して仕事に行ってる。真一は変わらんなぁ…」
梨子「そうですか…。私、昔しんちゃんと2人でいとこの家へバスに乗って行った時の事が印象に残ってます。あの時、いとこの家に行くことをわかっていても、バスに乗って行くのは新鮮で、しかもしんちゃんと2人で行ったのが冒険してる感じでした(笑)」
美沙子「真一は北町に住んでいた時、幼稚園の頃から一人でバスに乗って、南町のおじいさんの家へ遊びに行ってたから、梨子ちゃんにとっては冒険やったんやなぁ…(笑)」
梨子「でもあの時のしんちゃんは、誇らしかった。頼りがいがあった。私、お兄ちゃんがいないので、しんちゃんがお兄ちゃんに見えました(笑)」
美沙子「真一も、一人っ子やから、梨子ちゃんと真美ちゃんが妹のように思ってたみたいやったわ」
梨子「そうやったんですか…。私、しんちゃんに会えるかなぁ…って思ってましたけど、平日だから仕事なんだろうなぁ…って…」
美沙子「真一に言うとくわ。皐月さんは再婚とかしてへんの?」
皐月「私は、この子達には黙っていたのですが、離婚した後に浩二さんが亡くなった話を風の便りで聞いていて、再婚はしていません。ただ梨子が彼氏と結婚するのかなぁ…って…」
梨子「あの人次第やわ…」
皐月「梨子は名古屋駅のデパ地下(デパートの地下)のお菓子屋で勤めていて、真美は高校生です」
美沙子「あ、そう。真美ちゃん、大きくなったなぁ…」
真美が照れる。
美沙子「この家のことなんか、記憶無いわなぁ…」
真美「はい。ただ、いっぱい人がいるって言う程度しかわからないです」
美沙子「そうやなぁ、2歳くらいならまだ物心ついてないときやからなぁ…」
皐月「お義姉さん、浩二さんの事をまた日を改めてお話伺えないでしょうか?」
美沙子「…梨子ちゃん、真美ちゃん、ホンマにええんか?」
梨子「おばさん、お父さんのこと教えて下さい。私達が名古屋へ行ってから何があったのか、お父さんの生きた証が知りたいんです…」
真美「おばさん、私、お父さんのこと全然知りません。どうか教えて下さい。お願いします」
皐月「お義姉さん、この子達だけでも話してやっていただけないでしょうか? お願いします」
皐月、梨子、真美の3人は美沙子に深々と頭を下げた。
美沙子はおもむろに、東側の部屋に入り何かを探す。そして、何かを持って戻ってきた。
美沙子「真美ちゃん、仏壇に
真美「はい…」
美沙子は真美を仏壇の前まで呼んだ。皐月と梨子も仏壇に向かう。
美沙子「これがあんたのお父さんや」
美沙子は浩二の遺影を真美に見せる。真美は浩二の遺影を手に取る。
真美は浩二の遺影を見るや否や号泣した。
梨子「お父さん…」
美沙子「…あんたらが名古屋へ行った後、あんたらのお父さんはガックリしていた。毎週ウチに来て一緒にご飯食べたし、いとこの家でもお酒を呑んでたし…。お父さんとお母さんが離婚する前から、お父さんは“うつ”になっていたんや…」
梨子「え❗ そうだったんですか?」
美沙子「うん。名古屋に住んでたとき、就職しても人間関係が良くなくて辞めて転職が続いてて…」
皐月「それで、『北町のガラス工場で働く』っていきなり言い出して、お母さんはお父さんから何も事前に相談もされずに北町に引っ越したの。その当時の私としては、お父さんは名古屋にいて欲しかったから、北町に引っ越すは反対してたの。でもお父さんが『北町に帰る。北町に引っ越す』って言ったから…」
梨子「それで離婚したんだ…」
皐月「うん…」
梨子「お父さんが“うつ”になっていたの、知ってたの?」
皐月「実は、亡くなったって聞いたときに…。そばにいて知らんかったって、最低よね、私…」
真美「お父さん…」
真美は涙が止まらない。
梨子も涙を浮かべた。
美沙子「浩二さん、酔っぱらいながら、ウチのお父さん(一雄)に何度もなだめられてた。浩二さん、アルコール依存症みたいなことになってたし…。でも、いとこと魚釣り行って子供みたいにはしゃいでたし、真一には叔父さんらしく相手してくれてたし、お祖母さんの運転手してくれたり、優しかったで」
真美「お父さん…お父さん…。私、お父さんと話がしたかった…」
梨子「真美…」
皐月「…………」
美沙子「実は、浩二さんが離婚した後、浩二さん行きつけのスナックのママも同じ境遇やったらしくて、そのママさんが浩二さんのこと好きやったんや」
皐月「そうだったんですか…」
美沙子「けど浩二さん、ママがそんな想いを持ってること知らぬまま…」
皐月「………」
真美「あの…」
美沙子「ん?」
真美「お父さんはどうして亡くなったんですか?」
美沙子「…………」
皐月「お義姉さん、お願いします」
梨子「おばさん、教えて下さい」
真美「お願いします」
美沙子「………皐月さん、ホンマにええんか?」
皐月「……はい。お願いします」
美沙子「…そこまで言うてん(言われる)やったら…」
美沙子は少し間をあけて話す。
美沙子「皐月さんと別れてから、浩二さん、ガックリ来ていたの。“うつ”やったから余計にね…。一人でいるときは酒飲んでばかりで、たまにウチやいとこの家で一緒にご飯食べたり…。酒に酔うと『オレは一人やー』って夜中に叫んで…。お酒が止められなくなってて、アルコール依存症みたいなことになって…。ちょうどその当時、テレビでお笑い芸人と女優が離婚したってワイドショーが騒いでた時やって、『オレもあの芸人と同じやなぁ…』って呟いてたわ」
梨子と真美は真剣な眼差しで美沙子の話を聞く。
美沙子「それで、8月5日の明け方やった。前の日にガラス工場へ急に『仕事を辞める』と言って、それっきり姿が無くて…。そして8月5日の明け方、浩二さんが車ごと海にダイビングして…」
真美がまた号泣する。梨子も涙が止まらない。
真美「お父さーん…」
梨子「お父さん…」
皐月の目にもまだ涙が溢れた。
美沙子「そして、浩二さんのお友達とウチら親戚だけで葬式出して…。ウチのお父さん(一雄)が号泣して…」
皐月「友達皆が見送ってくれたんですね…」
美沙子「うん…。その後、ウチに花が届いてなぁ、調べたらスナックのママさんやって、ウチのお父さんがお礼の挨拶に行った時に『浩二さんが好きでした。そんなに悩んでいたのなら、私がもっと早く気づかせてあげたら…』って後悔しておられた」
梨子「スナックのママさんがお父さんの事を好きになったのは、どんなところだったんでしょうね…」
美沙子「真っ直ぐで誠実でお酒を飲んでても楽しくて、意気投合して、ママさんも離婚した後やったらしくて、同じ境遇やったから余計に浩二さんのことが好きになったそうや。でも浩二さんがそこまで思い詰めていたのはわからなかったそうや」
梨子「そうだったんですか…」
真美「他に何かエピソードとかありませんか? お父さんのルーツが知りたいです」
美沙子「とにかく優しかった。ある時ウチに来てご飯食べに来たとき、私に『兄貴(一雄)はいいなぁ、こんなお義姉さんみたいな奥さんがいて…』って。私、返す言葉が見つからなかった…」
皐月「離婚した後、いろんな事があったから、浩二さんが苦しんで亡くなった。だから私はこの先誰とも再婚もしないって決心したの。お義姉さん、私のせいで浩二さんをはじめ、堀川家の皆様に対して、不幸にさせてしまいました。本当に、本当に申し訳ありませんでした」
美沙子「私は何とも…。ただウチのお父さんやお祖母さんはなんて思うか…。お祖母さんも去年亡くなったし…」
皐月「…………」
梨子「あの、しんちゃんは…しんちゃんは私達のことをどう思ってるんですか?」
美沙子「真一はわからんなぁ…。中学3年の時に浩二さんが亡くなったから…」
梨子は考えていた。
梨子「しんちゃんはいつも帰りは遅いんですか?」
美沙子「そうやなぁ…。だいたい夜9時前後ってとこかな…」
梨子「そうですか…」
美沙子「梨子ちゃん、真一に何か?」
梨子「おばさん、いま手紙を書くので、しんちゃんに手紙を渡して欲しいんです…。ダメですか?」
美沙子「かまへんよ。真一に渡しておくわ」
梨子「ありがとうございます」
梨子は早速真一宛に手紙を書き始めた。その間、皐月と真美が美沙子に話す。
真美「あの、もしよかったら、私とお姉ちゃんの写真を渡してもよろしいですか?」
皐月「これは梨子の成人式の時の写真で、着物を着付けてもらった後に試し撮りした写真です。こっちが…」
真美「私の写真です」
美沙子「あ、そうや、せっかくやで仏壇へお父さん(浩二)に見せてあげて。お父さん喜んでやと思うで、真美ちゃん」
真美「はい」
真美が仏壇に写真をお供えする。
しばらくして、梨子が真一宛の手紙を書き留めた。
梨子「おばさん、これしんちゃんに渡して下さい」
美沙子「わかりました」
梨子「よろしくお願いします」
皐月「あと、よかったらあんた達の連絡先教えてあげたら…?」
梨子「そうだね。真美、あんたもね」
真美「うん」
梨子と真美はそれぞれ携帯電話番号をメモ用紙に書き、美沙子に手渡す。
手渡した後、梨子は少し思い詰めていた。その様子を美沙子は少し気になっていた。
皐月「それじゃ、失礼しようか…」
梨子・真美「はい」
3人は再び仏前にローソクと線香に火をつけ、鈴をならし合掌する。
皐月「お義姉さん、突然押しかけて申し訳ありませんでした。お義兄さんにもよろしくお伝えください」
梨子「しんちゃんにも、くれぐれもよろしくお伝えください」
真美「お世話になりました。ありがとうございました」
美沙子「気をつけて…。元気でね…」
皐月「失礼します」
梨子「失礼します」
真美「さようなら」
美沙子「さよなら…」
皐月、梨子、真美は待たせていたタクシーに乗り込み、堀川の家を後にした。
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