アヒル事件簿 第二話
大使館の就業時間が終わり現地スタッフを帰宅させると、日本から来ている外務省職員で、敷地内の戸締りを確認する作業に入った。
「こうやって確認してみると、大使館も随分と広いですね」
ここの最古参の事務官と一緒に、受け持ちの区画を回りながらつぶやいた。
「まったくだ。普段はこの区画は裏方さん達の仕事場だから、あまり僕達は来ないからね」
そして通りからは死角になるところが多く、そんな場所に限って監視カメラが設置されていないのだ。
「今まで深く考えていませんでしたが、ここまで無防備だとは思いませんでした」
「僕もだ。今まで侵入されたことがないほうが驚きだよ」
それだけメンデス警部やその前任者達が、きちんと仕事をしていたということなのだろう。だが、夜間ともなると警備の人数も減るし、見通しも悪くなる。やはりそれなりの対策を講じることは、必要不可欠だと思われた。
「博物館や美術館ならともかく、ここは大使館ですからね」
「日本の大使館には、亡命を求めて飛び込んでくる人間もそういないからなあ」
「なるほど。その点を失念していました」
「亡命目的で大使館に飛び込むとなると、大抵はアメリカ大使館や欧州の大使館だからね」
本省と話し合った結果、新しい警備システムを導入することに決まったものの、
そこで、こちらに拠点のある日本の民間警備会社にシステムを発注し、設置してもらうことが急きょ決まった。ただし現地駐在員は、保守点検要員が数名いるのみなので、実際の運用は、メンデス警部率いる警備チームに任されることになるようだ。
警備システムのモニターや配線などがこちらに届き、設置してから警備員達に運用方法を教えるまで最低一ヶ月。
それまでは、職員と警備員だけで戸締りをしっかりして、自衛するしかない。現地ニュースを見ていると、戸締りをしっかりしたぐらいでは、こちらの国の
「見回り戸締り、完了しました」
全員が玄関ホールに集合して、作ったリストにチェックを入れる。
「では今夜も、無事に何事もなく終わるように祈っておこう。ではお疲れ様。気をつけて帰ってくれ」
最後の戸締りとしてホールのカギをかけると、ゲート前につめている警備員に挨拶をして、帰宅の途についた。
+++++
その日の会議は珍しく、日本の裏側で開催されることになった。全員が来ると大変なことになるから、今回は参加希望有志だけ。無事にたどりつけるか心配だったけど、誰も迷子になることなく集合場所にそろうことができて、一安心だ。
『来たよ ―― !!』
『みんなでパトロールだー!』
『もう疲れちゃったよ。お腹すいたー』
到着早々に文句を言い出したのはハコフグだ。
『おやつ、持ってきたよ。食べる?』
『それより御当地料理が食べたいよ』
『日本の観光じゃないんだからさあ』
好き放題あれこれしゃべっているけど、ここに集まった目的は話し合いではなくて、タイシカンのパトロールだ。昼間はたくさんの人が働いている場所も、夜中は暗くて誰もいない。だから今夜は、皆でパトロールをすることになった。
『ねえ、君が普段いる場所はどこ?』
『わー、変な入れ物があるよ。これ、なあに? 傘立て? ゴミ箱?』
『病院にもあるよね、使った注射とか入れるやつ』
『あれにはフタついてたよ、これフタないね、壊れちゃってるの?』
偉い人達が出入りするドアのところで集合したせいか、皆、そこに飾ってある大きな
『
『へー。どのぐらい高いんだろうね。ケーキ二つ分ぐらいかな』
『もっと高いんじゃない? 十個分ぐらいとか』
そう言いながらイワトビペンギンとグソクムシが、
『おーいおーい。どう? 聞こえた?』
『めちゃくちゃ声が響いてるよ』
『ワーワーワー!!』
『あまり大きな声出さないでよ。耳が痛いよ』
『ごめーん』
そろそろ行くよ~という声に、あわてて
『そう言えば、ご主人様はどうしてた?』
『うん。明日がお休みだからって、遅くまでドラマ見るってブツブツ言ってたよ。ほら、お巡りさんがいっぱい出てきて、爆発するやつ』
爆発爆発と皆が口々に言い出した。なんだかんだと言いながら、皆もそのドラマがお気に入りなのだ。
『あー、あれ好きだよね、ご主人様。昼間のサイホウソウなんだよね、あれ』
『爆発が笑っちゃうんだって』
『あとは、お医者さんが解剖するやつ!』
『あっちは結構真面目に見てるよね~~』
『うんうん。こんなのありえないって、いつも言いながら見てるね』
ここ最近は、皆してドラマに詳しくなっていた。こっちでも相棒がたまに、エイセイホーソーとかケーブルテレビってやつで日本のドラマを見ているけれど、こっちでは人気があるドラマは違うのか、変な格好をして刀を振り回すドラマが多い。
『君の相棒はちゃんと寝た?』
『さっきまでパソコンでなにか作ってた。ご主人様の勉強のテキストだってさ』
『へえ、大変だねえ』
テキストを作るの作業が大変なのか、そのテキストで勉強するのが大変なのか、どっちが大変なのかという話で盛り上がりながら、廊下を進む。まずはここで一番偉いタイシの部屋だ。たった一人の部屋なのに、とても広くて色々なものが置いてある。
『誰もいないねー』
『泥棒なーし』
『『『なーし』』』
そこにいた全員で、指さし確認をする。
部屋を出ようとしていたら、ガタガタと音がして赤いお面が壁から落ちてきた。
『わああ、落ちてきた!』
『ドロボー?! これがドロボーなの?!』
その音で警備員が来やしないかと、ハラハラして廊下を見たけど、今のところ誰もくる気配はない。お面はムクリと起き上がって、こっちにやって来た。
『○◎■△( ◎ ω ◎ )!!』
『わあ、なに、こいつ!! なにかしゃべってるよ』
『○▼◇△( ◎ ω ◎ )!!』
お面は僕の方を見て、あれこれとしゃべりかけてきた。普段は壁から降りてくることなんてしないのに、今夜は気が変わったらしい。
『壁にブラさがっているのもあきたから、今日は一緒にパトロールするってさ』
『僕達、なにしゃべってるかわからないんだけど、君はわかるの?』
『あれ? もしかして通じてないの?』
今まで普通におしぉべりをしていたから、特別な言葉で話しているとは思わなかった。もしかしたらここに長いこといたら、話せるようになるのかもしれない。
『◎▼◇◆( ◎ ω ◎ )?』
『友達も一緒についてっても良いかって』
『どうする?』
『良いんじゃない? ここはすごく広いし、皆で回ったほうが楽しいじゃない』
『いいってさ』
『◇◆( ◎ ω ◎ )♪♪』
お面君が嬉しそうに床をはねると、外からゴロゴロと鈍い音が近づいてきた。あわてて廊下に皆で出ると、向こう側からなにかがやってくる。
『さっきあった
『ええええ、君が来るの?! 大丈夫かな』
『いいじゃん。疲れたら乗せてもらえそう』
『中でグルグルになっちゃわない?』
さっきはゴミ箱って言っちゃってごめんねーと言いながら、新たなメンバーを加えてパトロールを続けることにする。そして次にやって来たのは、相棒がいつも仕事をしている部屋だ。
『で、ここが僕がいつもいるところ』
『へえ。意外と広いんだね』
『ここは
『仕事部屋だからね』
さっきの部屋は、お客さんが来るから、色々と飾ってあるらしかった。
『あ、このパソコン、ご主人様が欲しがってたやつだよ』
『最新だよ。前のが壊れちゃったから買ったんだってさ』
『へえ。お金持ちだね~。お年玉どのぐらい貯めたら買えるかな』
『ご主人様は、相棒君に買ってもらえば良くない?』
『そうだよね~~』
部屋の中を一周して、ドロボーなーしと指さし確認をして部屋を出る。
『あれ? 今なんか音がしなかった?』
廊下を進んでいる時に、遠くでなにかがわれる音がしたような気がした。
『うん。なにか聞こえたね』
『▲▼( ▼ ω ▼ )!!』
音の聞こえたほうへと皆で急いで向かうと、黒い服をきた見知らぬ人間が窓から入ってくるところだった。
『あそこは玄関じゃないよね。だったらお客さんじゃないよね!』
『ドロボーだよね、ドロボーだ!!』
『▲◎(▼ ω ▼)!!』
ワーワー騒いでいると男、達がギョッとした様子でいっせいにこっちを見た。
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