第5話 ボディガードの麗人
ゆきひととヴィーナが部屋から出た先に一人の麗人が立っていた。
百八十センチあるゆきひとよりも少し低く肌は日に焼けている。髪型は七三のコンパクトショートで髪の色はブラウン。スーツを着ており男装をしているようにも見える。
麗人は二人に一礼する。それに対してゆきひとも一礼。ヴィーナは麗人のことをボディガードだとゆきひとに説明した。
三人は目的の場所に向かう為、一階の出入り口へと向かう。ガラス張りのエレベータ―に三人で乗車する。ヴィーナは終始和やかな雰囲気をかもし出しているが、麗人はゆきひとをにらみつけて威圧感を放っている。寝ぼけているゆきひとを冷静にさせた。
ビルの外にはリムジンが止まっていた。空は黄昏色に染まっており夕日が輝いている。ゆきひとは思わず手で視界を遮る。街の建物全体が時間帯によって色が変化し風景に彩りを加える。
リムジンに乗るゆきひととヴィーナ。運転席にボディガードの麗人が乗る。
ゆきひとは内装を見て驚きの表情を浮かべる。青と黒が混ぜられたコントラストのソファ。車の天上は黄色や白の淡い光を放ち天の川を思わせる。ゆきひとはこんな高級車に乗ったことがない。驚くのも無理はなかった。
ゆきひととヴィーナがソファに座るとリムジンが発進する。運転席にいる監視役は腕を組み車内に設置されたカメラで二人の様子を見ている。自動運転のリムジンで緊急時以外はハンドルを握らない。
走るリムジンの中で風景に見とれるゆきひと。夕日は落ちて夜の群青が空を包み込む。イルミネーションの赤や青や黄色がオーロラのように輝く。そして道行く人は美しい女性ばかり。
ヴィーナはバスガイドならぬリムジンガイドとして、ゆきひとに観光名所などを説明した。
そしてメンズ・オークションのスケジュールの説明を付け加える。
「今東京ヒュージホテルに向かっています。そこで二泊して頂きます。メンズ・オークションは明後日。リハーサルはないので即本番です。会場は東京サークルドーム。約一万五千人のお客様が来場予定です」
「一万五千人……。俺は何をしたら」
「私が傍でサポートしますので安心して下さい。ゆきひとさんは後半のプログラムからです。会場中央の昇降機から私と一緒に出ます。そしてゆきひとさんが特技を披露した後、結婚生活を送りたいという女性三人が登場します」
「特技とは」
「何か得意なことがあれば何でも」
「……うーん」
ゆきひとが思いつくのはベスト・ワイルド・ジャパンで披露する予定だったプログラムぐらい。
「今すぐ教えてくれなくても大丈夫ですよ」
「そういえば、三人の女性はどういう方なんですか?」
「三人の女性はとても魅力的な方々です。資産も申し分なくゆきひとさんは働く必要がありません」
「俺に自宅警備員になれと?」
「いえ、できれば入札者の女性を満足させてほしいです。彼女達……特に三人の内の一人、最高入札者の方はゆきひとさんの時代の日本円に換算して一億円支払っているので」
「マジかよ」
「他の二人も結婚宝くじの当選者で今回のイベントを心待ちにしております」
「……いや、でも」
「お願いします。勝手なことを言っているのはわかっています。でも今回は失敗する訳にはいかないんです」
深々と頭を下げるヴィーナ。香水を使っているのか華やかな香りがする。ゆきひとの胸を高鳴らせた。
「わ、わかりました」
ゆきひとは明後日の方向を向いて承諾。
「ありがとうございます!」
満面の笑みで立ち上がるヴィーナはリムジンの天上に頭をぶつけた。
「あ、いたっ」
「大丈夫か?」
ゆきひとの大きな手がヴィーナの額に触れる。
照れ合う二人はクスクスと笑った。
無表情の麗人はその様子をリムジンの監視カメラで見ており、嫉妬深いソフィアは日本SWHビルでその会話を盗聴していた。
リムジンは東京ヒュージホテルの正面玄関入り口で止まる。高層ビルのような巨大建築物が三本立ち並ぶ外観に、桜が舞い散るような照明が当てられており巨大な大桜を思わせた。リムジンからヴィーナが出で、続いて出ようとするゆきひとにヴィーナは黒いサングラスを渡した。
「おそらく別の利用客にはアンドロイドだと思われるでしょう。ただ念の為、人がいる場所では必ずサングラスをかけて下さい。私はメンズ・オークションの準備や最終確認があります。次会う時は本番ですね。それまでのことはボディーガードのクレイの指示に従って下さい」
「お、おう」
ゆきひとはヴィーナに渡された黒いサングラスをかける。野性的な顔立ちが一層引き締まった。
二人がそんな会話をしている間にクレイはホテルの正面入り口に移動していた。ゆきひとはクレイのいる方へ足を運ぶ。
「明後日はよろしくお願いします」
ヴィーナは頭を下げる。
ゆきひとはヴィーナのことが気になりつつも、クレイの後をついて行く。ホテルに入る直前に振り返ったが、既にヴィーナの姿はなかった。
ホテルのロビーはブラウンとイエローで輝く大理石。暖かい光が利用客を向かい入れる。ゆきひとは利用客に目を移す。やはり女性客しかいない。クレイは足を止め、キョロキョロしているゆきひとに鋭い眼光を向ける。
「部屋はもう取ってある。そこには世話係の子がいる。生活に関わることはその子に。他のことは私に行ってくれ」
ゆきひとは疑問に思っていることをクレイにぶつける。
「クレイさんはボディーガードっていうよりは俺の監視ですよね。一人は少ないんじゃないですか?」
「一人で十分だ。逃げてもお前の体内にはナノマシンがある。GPSの機能もあるから位置はすぐに特定できる」
「できれば名前で呼んでほしい。大桜ゆきひとって言うんで」
「では、ゆきひと。過去に逃げた男もいたが連れ戻すのに一時間もかからなかった。彼は格闘術にも長けていたが捕らえるのは造作もなかったよ」
「そうですか」
「世話係の子は私の妹だ。とても可愛らしい容姿をしている。手を出したら首が飛ぶと思ってほしい」
クレイは冗談を交えて釘を刺したつもりだったが、冗談には聞こえなかったと言わんばかりに苦笑いを浮かべるゆきひとの姿があった。
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