第2話 プロローグ 白銀の壁 【2】
「……ねぇ」と少し高めの声がする。「おーい」と中性的な声に変わる。「おい!」という声と共に腹部に激痛が走った。
「うおぉ!」
筋トレに疲れて、そのまま寝てしまった。
俺の腹部に人が乗っかっている。
光り輝く天使の羽のような白い髪で、少し癖のあるミディアムヘアで、透き通る肌、白シャツと白デニムのこの見覚えのあるコイツは……!
「起きろよっ! 何で寝てんだ!」
その声に反応してエーデルの目覚めたっぽい声が。
「エーデル、起こしてごめん!」
ここに何でコイツが。いや、コイツとか言っちゃいけないな。曲がりなりにも……。
「小父様どうもどうも!」
「何か面倒くさそうなのが来たな」
「お初にお目にかかります! 僕は! 私は! フランス王室第一王子フリージオ・エトワールでっす! 以後お見知りおきを」
自称王子。
いや恐らく本当に王子。
いや正確には王子ではないんだが、王子で大体合ってる。
「王……子?」
エーデルの表情が曇っていく。ガラス越しでもそれがわかった。
地上にいる男が「三人」と説明したのに、王子が出現したら男の人数が増えて俺が嘘をついた事になる。
案の定、ガラスのブラインドが降りてしまった。
「……」
「え、何か僕悪いことした?」
状況がふり出しに戻ってしまった。仕方ないので、昼食にカツカレーと鶏のササミを食って気を紛らわす。王子は俺を見てニコニコしている。目的の見当はついているが、相変わらず何を考えているのかよくわからない奴だ。そして王子目当てに群がる職員の女性達。その女性達の黄色い歓声。女性達に向かって軽く手を振る王子。モテるんだよな何気に。
「何かあったの? あ、いやあの件か。そもそもそれで来てたの忘れてた。随分雰囲気変わったよね」
「そうかな。……それより王子のせいで矛盾が生じてしまった」
「何の矛盾よ」
「男の数」
「ごめんごめん。……僕はさぁ、君が元気無いと思って様子を見に来たんだよー」
「それはありがとうございます。でも俺より年上なんですから、もっと大人っぽくして下さい」
「僕から小父様に説明するよ。彼はすぐ理解すると思うよ」
「根拠は?」
「僕は彼の出場した第二回メンズ・オークションを見てるから」
俺は王子と共に、エーデルの部屋へと向かった。ここは少し王子に任せてみよう。何だかんだ言っても頼りになるし、俺のあの鬱屈とした負のスパイラルから逃してくれようとした人でもある。出来れば、さっきみたいな失言はしてほしくないが、見た目以上に知的ではあるから、わざとかもしれない。
肝心のエーデル部屋の巨大な仕切りは快晴。
怒ってはいないようだ。
「ごめんなさい。前回は誤解させたようだね。怒ってはいないよね?」
「どうかな?」
「僕は生物学的には女だけど、男装を楽しんでいるんだ」
普通にカミングアウトしたー!
「……そういうことか」
「そういうこと。ユッキーは嘘をついてないよ」
「ユ、ユッキーって俺のこと?」
思わず笑ってしまった。
「やっと笑ったね」
「苦笑いって言うんだぞ、こういうのは」
「で、今日の要件は何だ?」
「エーデルを救い出したい本当の理由を話に来た」
「そうか」
「それを話すには、俺がこの時代に来てからの一年間を全て聞いてもらわないといけない」
「……わかった。聞こう」
「なら決まりだね!」
フリージオは指を鳴らした。
青白い壁が忽ち真っ暗となり、床から光の粒が彼方此方で輝き出した。
「懐かしいなこれ」
エーデルは驚いている。初見か。
王子はプラネタリウム系不思議空間でステップ。ふふっ、相変わらずだな。
「これはイメージシアターだよ!」
「今回は俺の思考に反応するのかな」
「そうそう。ユッキーのイメージがこの空間に表れるんだよ」
「そう言えばどういう原理なんだ?」
「ユッキーの体にもナノマシン入ってるよね。まぁ細かいことは割愛で」
「数年いたが、こんな機能があったのか……」
「王子……何時の間にこんな機能を?」
「ここの病院、僕の所有物なんだけど」
「あ、そうなんだ」
「もっと驚けコノコノー。まぁいいや、話し始めてユッキー!」
星座が広がっていく中、俺の意識は古い映画のフィルムが流れるような感覚で満たされ、今の今までの壮絶な三百六十五日が脳内に溢れていた。話した所で何も変わらないかもしれない。だとしても、今の目的は「エーデルをこの状況から助け出す事」以外に何もない。必ず果たしてみせる。それが前に進む一歩になるのなら。
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