波のまにまに

ナカムラサキカオルコ

波のまにまに

 新着のランダム再生で、その音楽に出会った。今まで聞いたことがない、新しい感覚の音楽だ。ときおりボーカルが入るが、言葉は聞きとれない。お気に入りのプレイリストにいれて、何度かくりかえし聞いていた。

 作者からアプリ内でメッセージが届いた。そこではじめて気が付いたが、自分は、作者の名前も、曲名もよくみてなかった。どちらも読めないフォントで、メッセージの本文も同様に、解読できない。

 縦にうねうね、横にくるくる。顔文字の部品に使われそうな文字だ。翻訳サイトに貼りつけてみたが、対応していない。まさかと驚きつつも、世界にはまだどんな希少言語があるかわからない。とりあえず英語で返信した。

《ごめん、私はあなたのメッセージを読めない。でも、私はあなたの曲がとても好きだ》

 返事はなかった。もしかして英語が読めないかもしれない。そんなネットの世界もあるだろう。不完全なやりとりは、すぐに日常の流れのあぶくになる。そして或る夜。

 SNSをながめ、動画をザッピングしていたら、メッセージがきた。

《こんにちは、私は音楽サービスに曲を上げたものです。私の音楽を気に入ってくださって、ありがとうございます。ぜひ少しだけ、お話しをさせて頂きたいです》

 あんな読めない文を送ってきた人が、流暢な日本語をタイプしている。テキストは続く。

《ぜひお願いします、お時間はかかりません。ほんの少しで終わります》

 サービスには簡易的な通話機能もある。相手はもう顔をみせている印がついている。会話がなりたつのだろうか? 好奇心もあった。一角獣のアバターをだした。小さな枠のなかにみえたのは、三十歳前後の、黒い髪の顔立ちが整ったおそらく男。紺色に薄い同系色の小さいロゴが入ったTシャツを着ている。

『こんばんは、突然、申し訳ありません、どうしても直接お礼を言いたかったのです。私の曲を好きになってくれてありがとう』

「いや、は、どうも」

『あなたは、どうやって私の曲を見つけたのですか?』

「ランダム再生で、偶然に」

『曲のどういうところが、いいと思われましたか?』

「全体の雰囲気とか、明るい気分になれるとか」

『そうですか、なるほど、なるほど』

 彼はうなずきながらも、不審な顔をしたようにみえた。

「なにか、おかしいですか」

『いや、ええと、そうですね、この音楽は、もう少し先の時代に流行るもので、ツノケイさんからみたら、まだ先の』

「はぁ!?」

 大声がでた。表情に連動した一角獣が変な動きをする。なぜ名前を知ってるんだ? 反射的に通話を切ろうとした。

『切らないで!』彼はすばやく言った。『あなたにとても大事な話があるんです。あなた自身について、とても重要なことです。お願いします』

 お願いのわりにはやけに友好的な表情のままだ。

『私は自分の作った作品の上げる先を間違えました。詳細は申し上げられませんが、あなたにとって、この音楽は未来です。だから、この出来事は、すべて忘れてください』

「わ?」

『よろしいですか?』

「よろしくない」はじかれるように言い返した。「もしあなたが、本当に未来人なら、本当に記憶を消したりするんでしょう? それは断る」

『しかし』

「データが消えたら、二度と聴くことはできない。書き留めておくこともできないから、すぐに記憶は薄れる、忘れていく。だからあなたはなにも気にしなくていい。それでいいでしょう」

『と、いわれましてもね』

 彼はちょっと困ったふうな顔をする。それはこっちのセリフだ。一角獣の顔を少し不機嫌にしながら追加した。

「鼻歌を録音できても、そこから譜面をおこしたり、音源を作ったりはできない」

『そうですか?……』

 どこか疑わしい、みたいな雰囲気だ。むこうの勝手な過失のようなのに、なぜこっちが嫌な顔をされなければならないのだ。一角獣の怒り度をもう少し上げる。

 しばらく考えてから、彼はにっこりと笑って言った。

『うーん、わかりました。あなたを信じましょう。ご協力ありがとうございます』

 現れたときと同じように唐突に、通話は途切れた。先にきていたテキストが消えている。プレイリストをみたら、読めない曲名は消えていた。

 どっと汗がでてくる。夢をみていたのか。

 本当だとして、彼はどれくらい未来の人間なのだろう。笑顔を作っていたが、あれは本当の姿なのだろうか、よくできたアバターなのだろうか。

 音楽は口ずさむことはできても、録音するほどには歌えなかった。耳なじみのない音楽は、みるみる記憶から薄らいでいく。もし復元できるスキルがあったら、先駆けて新しい音楽を世界に放つことができたのだろうか。斬新な作品を世に送り出し、たちまち時代の寵児、再生回数だけでひと財産?

 緊張がとけて、謎のさびしさも覚えながら、アプリの画面を呆然と眺めていた。自分のいつもの、フルネームのアカウントが視界に入った。これで謎はひとつ解けた。笑う気力も起きない。明日になれば、もっと音楽は遠ざかる。こんなに物悲しいなら、未来人に記憶を消してもらったほうがよかっただろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

波のまにまに ナカムラサキカオルコ @chaoruko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ