深夜の短編集

彌(仮)/萩塚志月

「眠れない夜がある」

 眠れない夜がある、らしい。そういう夜、彼はいつも私にキスを強請る。

 私はされるがまま。でも、いつも、不安へと浮気したことを、わざわざ報告されているような気持ちになる。浮気はバレないところでして欲しい。きっと私が気付かなければ、完全犯罪で終わったのに。彼は自分の命を守るために、いつも私の心を犠牲にしていく。

 淡くてささやかな抵抗を試みたこともあったけれど、結局今はされるがまま、時折、彼と彼の抱える不安の奴隷になることにしている。

 結局いつも、少しずつ体温を吸い取られているだけ。

 彼はいつから自力で立てなくなったのだろうか。私が、自力で立ち過ぎたのだろうか。私に共倒れてほしいのだろうか。倒れた私からは、彼の欲しい言葉は一音も発せられないというのに。

 オレンジ色の間接照明を遠くに見ながら、冷め始めた心を慰める。愛してくれない彼より、暖かさを含んだ照明器具が、よっぽど陽だまりに近く見える。

 好き、と、愛している、が、空っぽな言葉であることは知っている。し、今のこの状況が愛されていないということもわかる、つもり。だ。


 だからといって、私が彼から離れられるわけが無い。


 彼は、今日も私にキスを強請る。

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