眩い
部屋全体がぼんやりと白んでいるような、そんな感覚だった。光の輪郭が本来の位置から更に外側へと広がり、場に存在する様々なものの輪郭を侵食していた。輪郭が、飽和して、見えづらくなっていた。世に存在する全てが後光を背負っていた。ものに付随する魂が膨張して、側からはみ出しているようだった。二十四インチのテレビから、パンデミックのニュースが流れていた。魂も余っているのだろうなと思った。
何にせよ眩しいと思い始めたのは、かかる前だったから、本当は関係が無いのかもしれない。身体だけは十分に健康な若者だったので、かかったからといって、病院には行かせて貰えなかった。端から行く気も無かった。前に熱が出た時も、炬燵に三日間潜っていたら下がったから大丈夫だろうと思っていた。事実、四日間布団で寝ていれば熱は下がった。ついでに悪化しかけていた腰痛も改善した。けれど暫くして、また物の輪郭が白く膨張し始めた。近所の極端に安いスーパーの中も異様に白んで見える。夜、車のヘッドライトで道が霞む。ずっと瞳孔が開きっぱなしになっているような感覚があった。猫にでもなってしまったのかと。いっそ猫になれたとしたらどれだけ良かったか。私の好きな人は猫と犬を飼っている。私はただの人間だった。間近のテレビから、戦争について話すアナウンサーの声と知らない言語が聞こえていた。現地の猫達は、どうしているのだろうと思った。そもそも猫が道を歩いているのか、愛玩動物として飼われていたのかさえ知らない国の話だった。
文字通り眉間に皺を寄せながら生活を送って数日後、実家から持ってきたグッチのサングラスを無くしたことに気付いた後、ブルーライトカットの眼鏡が家にあることを思い出した。かければ幾分かマシになった。マシなだけ。確かに瞼の裏へとこびりつくような眩さは無くなったけれど、全体的に視界が黄ばんでいた。完全に眩しくなくなった訳でもなかった。絶妙だった。早々に諦めた。光が目に痛くないものになって、かつ目に優しい色はあるのだろうかと思った。昔見たハダカデバネズミの水槽を思い出した。視力が弱く光に弱い彼らの為の水槽は、暗くて赤かった。私は、レンズの赤い眼鏡を想像した。その眼鏡で見える視界は、火事の起きてしまった家の中と何ら変わらないような気がした。ハダカデバネズミは、もし火が熱く無ければ、気付かぬ間に突っ込んでいってしまうのかと思った。眼鏡は億劫だった。外した。結局、魂が全ての輪郭からはみ出すのを見つめ続けるしかなかった。眩さが治る気配は、当分無いようだった。
課題とは。(S:少し、F:ふしぎ) 彌(仮)/萩塚志月 @nae_426
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