1月28日(木)「落下、その先」

 落下した。また、君だけ。

 ずっと隣を歩いていると思っていたのに、気が付けばいつも隣に相手がいない。勝手に落下して、俺のことを置いていく。しまった、と思った時にはもう遅くて、俺は居なくなった空白を眺めるだけだ。


 ガツンと、目の前の男がビールジョッキを置いた。

「お前が遅いんだろうが」

「そうなんだけどさぁ!」

「あとな、お前は選り好みし過ぎ」

「今日って俺を慰める会でしょ!?」

「フッたやつが慰められるってどういう状況だよ」

「それは俺もわかってるよ!」

 わかっているけど、だって。恋愛なんて所詮できても口約束だけなのに、なぜ相手の好意を感じるだけでは駄目なのだろう。つかず離れず、今のままでも十分楽しいのに、何故それほど早く明確にしたいのか。

「梶は? 今楽しい?」

「お前がうじうじ悩んでる間は全然楽しくないけどな」

「辛辣ぅ……」

「まぁ、みんな安定した供給先が欲しいんだろ」

「安定した供給先」

「愛情のな」

「それ楽しい?」

「楽しいよ」

 そう言って梶は微笑む。やはり、彼女持ちの言葉は違うのだろうか。実際のところを知らないのに、楽しいかどうかを疑うのは野暮なのだろうか。梶の彼女がころころ変わることに関しては、今回だけ目を瞑る。苦いビールを煽ってから、溜め息を吐いた。

「まぁな、お前顔がいいからな……」

「付き合う前に選り好んでないだけだよ」

「別に選り好んでもないんだよなぁ」

 どちらにせよお前に寄ってくるのは性格のいい可愛い子が多いんだって。思いつつ、やけになって唐揚げを口に放り込む。そのままジトリと梶を見た。手あたり次第食うやつと、全てを退けるやつとではどちらが悪いのだろう。これも話が違うのだろうか。唐揚げ美味しいな。

「あのなぁ、俺に声かけてくる奴も全員性格クソだぞ?」

「嘘つけよ!」

 梶に近寄ってくるのは、みんな、まぁ確かに遊んではいそうだけれど、一心に彼を好いている子ばかりだ。大学構内を梶と二人で歩いていたら、ぴょこぴょこと駆け寄ってきて飛びついている姿を見ることが多い。あれをクソと言うなら、この世の人間はみんなゴミだ。

「性格はクソだけど、みんな、旨そうに飯食うんだよな」

「お前ねぇ……」

 割と最低なことを言っているはずなのに、悔しいくらいに顔がいいから何か大事なものが全てチャラになっている。気がする。美味しそうに飯を食うってなんだ。最近趣味に料理が増えたのはそう言う事か。何の話だ?

「要するに、ほら、全部を一人で補おうとするからそんなことになるんだろうが」

「どういうこと」

「何か一つでいいんだよ、好きなところなんて」

 話の本題がずれていることにやっと気が付く。そもそも俺は、恋人にならなくていいという話をしていたのではないのか。

「違うって、関係性が要らないって言ってんの」

「お前さ、それ建前だろ」

「ん?」

「建前。本当に、ずっと恋人いらないって思ってんのか?」

「おもっ……てるよ」

「思ってないだろ。柴田、あ」

 つられて開けてしまった口に、梶が真顔で唐揚げを突っ込む。

「恋人がいらないんじゃなくて、今じゃないだけだろ」

 唐揚げも今じゃないんだよ、梶。またジトリと睨みながらもぐもぐと咀嚼する。唐揚げに罪はない。美味しい。

 俺が話せないのをいいことに、梶は尚も続ける。

「お前はピュアだからなぁ」

 二十男にピュアとは何事だ。文句を言う代わりに机をバンバンと叩く。気づいているだろうに、平然とジョッキの中を飲み干した梶は、気にもせず追加のビールを頼んだ。俺は口の中の唐揚げを飲み下す。同時に梶が口を開いた。

「せいぜい頑張れよ、少年」

「誰が少年だ」

 結局俺はジトリとした視線のまま、一気に残りのビールを煽った。

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