第86話 私たちの大勝利です!

 



 その日、マニングの北側――結界と外部の境界付近に大勢の人が集まっていた。


 彼らの視線が向けられた先には、六体の大型人形が、陽の光を反射しながら堂々と仁王立ちしている。


 それぞれの操縦席のハッチは開いており、その淵に操縦者が立っている。




『この世界に帝都ハイメニオスが現れてから百余年……我々人類はモンスターの脅威にさらされ、苦しみ続けてきたわ』




 会場に響くのは、ラティナの声だ。


 彼女の隣には、妻であるラグネルが寄り添っている。


 どうやらラグネルも副操縦士として同乗するらしい。


 言葉を発するたびに熱狂する民を見て、ラティナは自分の人気の高まりを感じ一人気持ちよくなっていた。


 操る人形は、中央右側に立つエディフィス・グウァン。


 もちろん命名はラティナである。


 最初はクイーン・ラグネルを踏襲してどうにかラグネルの名前をねじ込もうとしていたが、本人に説得されて今の形になった。


 どのみち自己主張の強さは変わっていないが。


 クイーン・ラグネルとは違い、他五体の人形同様に人型である。


 しかし背中には空中での高速機動を可能にする翼が付いていた。


 装甲色はエメラルドを思わせる碧緑。


 外観からわかる武装は、腰に提げた宝石をあしらわれた金の宝剣や、頭部、及び両腕部に取り付けられた小型結晶砲だ。


 機動力を重視しているのか、他に比べると武装は控えめで、体型も細身に見える。




『けどそんな時代はもう終わりよ! 今日、私たちはついに全ての元凶であるユグドラシルをへし折り、ハイメン帝国の野望を終わらせるの!』




 その右側には、ペルレスとウレアの乗るミーティア・フォートレスが立っていた。


 先日、研究所地下で氷の彫像を作っていた蒼い人形である。


 フォートレスの名に相応しく重装甲であり、ペルレスが纏っていた鎧を思わせるゴツさだ。


 装甲にはエディフィス・グウァンと同じ、ヴァルニウムと呼ばれる素材が使われている。


 これはこの二年の間にペルレスが開発した合金で、製造工程や材料の配分を変えることで硬度や重さが変動する。


 強度面では強化ミスリルすら凌駕し、コストの調整も容易な利便性の高さから、王国で広く利用されつつある。


 さて、ミーティア・フォートレス自体の話に戻るが、この人形の最大の特徴は背中に取り付けられた二門の結晶砲“フェアリー”だ。


 これらは本体から分離して飛行する。


 副操縦士としてウレアが必要なのはフェアリーの制御のためであった。


 他にもペルレスの氷魔術を増幅し放つ武装が搭載されており、重装甲かつ高火力な人形に仕上がっている。




『これら六体の人形は、ペリア・アレークトが設計開発を行った、正真正銘最強の人形たちよ!』




 さらに右に立つのは、レスの乗るエヴァンジェである。


 カラーリングは彼女の好みを反映して黒。


 武装らしい武装は頭部小型結晶砲程度で、他には見当たらない。


 装飾も少なく、その地味さが逆に不気味さを醸し出している。


 しかし当然、それで終わりなわけではない。


 かつてガルーダを撃ち抜いた大型結晶砲、カレトヴルフ――もちろんその威力を維持するのは難しいが、それなりに保ったまま小型化させたものが体内に搭載されているのだ。


 カレトヴルフはただの砲台で移動すらできなかった。


 その欠点を克服した人形とも言える。




『そしてそれを操るのは、かつて帝国の将軍たちを打ち破った英雄たち! ペリア・アレークト、フィーネ・アレークト、エリス・アレークトの三人はもちろんのこと、上級魔術師が三人――そして私の妻もいるわ!』




 エヴァンジェの真逆――左端に立っているのは、純白の人形、ガーディアン・ヘイムダルである。


 その外観はガーディアンを踏襲しており、一見して大きな変化は見えない。


 だが中身は完全に別物へと入れ替わっている。


 他の人形にも使用されている、ペリアが作ったエクステンド・コアは以前の40メートル級コアの5倍以上の出力がある。


 頭部に取り付けられた銃口は、結晶砲ではなく、ある細工を施した実弾を放つためものだ。


 また、ガーディアンの特徴であった結界は、サンクチュアリ・リフレクターという別の機構に入れ替わっている。


 これは攻撃を防ぐだけでなく、その魔力を吸収し、威力を増幅させて跳ね返すというものだ。


 物理攻撃、魔術攻撃問わずに反射するため、通常のモンスターがガーディアン・ヘイムダルに傷を付けることは理論上不可能である。




『これで負けることがあるかしら? いえ、無いわ。無敵よ! 私たちは無敵なの! なぜなら私はラグネルを愛しているから!』




 その隣に立つのは、もちろんブレイドオーガだ。


 ブレイドオーガ・トリッドと名を変えたその赤い人形は、紅纏鬼・終夢という、紅纏鬼よりさらに巨大な紅色の剣を担いでいる。


 格段に向上した出力で、さらに研ぎ澄まされたフィーネの剣技を放つ――ただそれだけで、あまりに強力だ。


 ゆえに余計な装備は付いておらず、他の人形のように牽制用の頭部結晶砲すら装備されていない。


 防御機構も、ガーディアンを除く他の五体に搭載されているサンクチュアリ・ディフェンダーと呼ばれる結界のみ。


 これは結界の専門家でないと制御の難しい、サンクチュアリ・リフレクターの反射機能をオミットしたものである。


 シンプル故の強みを突き詰めた人形と呼べよう。




『……おほん、話が逸れたわね。とにかく、私たちは必ず勝って帰ってくるわ。だから盛大なセレモニーの準備をして待っていて頂戴』




 そして最後――中央左側に立っているのが、ペリアの乗るゴーレム・コル。


 ガーディアン、ブレイドオーガともに原型を残しつつも、さらに洗練された外観になっていたのだが、ゴーレムに関しては“ほぼそのまま”である。


 理由は、簡単に言えばペリアの趣味である。


 とはいえ、もちろんコアは入れ替わっているし、武装も強化されている。


 ヴァルニウムの円盤を投げつけるヴァルニウム・スライサー。


 破綻結界で自らの周囲を焼き尽くすスフィア・ブレイカー・エクステンド。


 そしてもちろん、腕は飛ぶし、加速からのゴーレム・ストライクも健在だ。


 しかし、開発者自身が繰る人形だというのに、他に比べると強化の度合いが少し地味なことは否めない。


 これには理由があり、ゴーレム・コルにはとっておきの秘密があるのだ――




『さあ、出発よ。この世界を私たちの手に取り戻すのよッ!』




 ラティナが腕を突き上げ、高らかに宣言すると、民衆たちは熱狂に沸いた。


 一時はラグネルへの愛が止まらずに微妙な空気が流れかけたが、終わりよければ全てよし、である。


 ペリアたちも操縦席に入り、ハッチを閉じる。


 そして六体の人形は民に背を向け、結界から外に出ようとした。


 その時――彼女たちは信じられないものを見た。


 操縦席内部に映し出される、モンスター探知システム“ソウル・サーチャー”が出力した敵の数。


 それが1万を越えていたのだ。




「どうやらスリーヴァのやつも、あたしらが来るのを待ってたらしいな」




 フィーネは戦いの予感に、不敵に笑う。




「二年間溜めてたってこと? 意外と暇なんだね」


「あの女はねちっこいから、そういうことをする」




 ペリアとエリスも、数字自体には驚いたものの、動揺する様子はない。


 とはいえ、さすがに戦いの経験が浅いラグネルやウレアはそうもいかなかった。




「こ、これ、大丈夫っすか」


「問題ないですよぉ。ただのモンスターがどれだけなだれ込んだって、王国の結界は敗れないです」


「ねえラティナ、あんな数……勝てるの?」


「これぐらいは想定のうちよ。ラグネル、あなたは私を信じていればいいのよ」




 こんな状況で、ラティナは『ラグネルにかっこいいところを見せられる』とやる気に満ち溢れている。


 民の人気を気にするのはもちろんだが、やはり最も優先されるのは妻の幸せなのである。


 それは二年経った今でも変わらない。




「……そ、そろそろ、見える」




 レスは戦うのは久しぶりだからか、若干緊張の色が見える。


 そして彼女が言葉を発した直後――ペリアたちは砂煙を巻き上げながら迫る、モンスターの大群を目視した。




「じゃあ、まずはあれを全部倒して、力の差を見せつけちゃおっか!」


「賛成だ。大暴れしてやるぜ!」


「つまり自由行動」


「そーゆーこと。さあゴーレムちゃん、新生祝いだよっ! 遠慮なしにやっちゃおー!」




 真っ先に飛び出したのは、ゴーレム・コル、ブレイドオーガ・トリッド、ガーディアン・ヘイムダルの三体だ。


 少し遅れて、残るエディフェス・グウァン、ミーティア・フォートレス。エヴァンジェも前に出る。




「まずは挨拶代わりにぃ――腕部換装っ!」




 ペリアはマリオネット・ファクトリーを発動し、ゴーレムの右腕を倍以上の大きさのものに入れ替える。


 そして、かつてランスローの術式を使っていたとき以上の加速をかけると、拳を前に突き出した。




「ブーステッド! いっけぇっ!」




 関節部が切り離れ、巨大な前腕だけが敵の群れに向かって射出される。


 群れの戦闘を走る40メートル級のオーガが、その腕に触れた瞬間――ドチュッ! と血を撒き散らしながら分解される。


 なおも勢いは止まらず、何十体というモンスターを轢きながらゴーレムの拳は直進し続け、血の道を作り上げる。


 そして数百メートル進んだところで急に赤熱し、高温を発し始めた。




「エクスプロージョンッ!」




 ペリアがそう叫ぶと同時に、敵の群れのど真ん中で大爆発が起きる。


 さらに数十体のモンスターが巻き込まれ、ソウル・サーチャーの反応が消えていく。




「ド派手にやるじゃねえか、あたしも負けてらんねえな!」


「うんうん、フィーネちゃんのも見せて!」




 ゴーレムは、次々と腕部を換装し、敵に射出して爆発させる。


 だがペリアの視線は、剣を構えるブレイドオーガに釘付けだった。


 攻め込んでくるモンスターの数は1万を越える。


 ゴーレムが数百体を倒したところで、まだまだ大量に、さながら津波のように襲いかかってくるのだ。


 フィーネはそれが、楽しくてしょうがなかった。




「剣鬼術式――」




 ブレイドオーガは紅纏鬼・終夢を両手で握り、刃を寝かせ、腰を後ろにひねる。


 この剣は、ブリックとフィーネが互いの理想を突き詰めあい完成した、“酔狂”としか言いようのない剣である。


 その大きさや、うねる刃の形状など、誰が見てもまともに使える人間などいないように見えるいびつさだ。


 要するに、フィーネしかまともに使えず、かつフィーネが使えば普通の剣よりもさらに強力な武器足りうるということ。




「バーサーク・ウインドォッ!」




 刃は空を薙ぎ払う。


 迫る敵の波はまだ遠く――剣技が届く距離ではない。


 だがブレイドオーガの起こした剣風は、砂埃を巻き上げるどころか、大地を“剥がす”ような強烈なものだった。


 大地を覆い尽くすモンスターの津波。


 それを、さらに上から覆い尽くし、押し潰す、殺意の波――




『グギャアァァアアアッ!』




 断末魔の叫びを響かせながら、モンスターたちは風に切り刻まれ、そしてその断片がさらに巻き込まれ、風は威力を増していく。


 最初は土の色だった波は、やがて血と肉の赤へと染まっていった。


 だがその中で、撃ち漏らしたわずかなモンスターが、ガーディアン・ヘイムダルに迫る。




「あれだけやってもまだ向かってくる。恐怖を奪われて命の無駄遣い……かわいそうに」




 エリスは心から哀れむようにそうつぶやくと、眼前の敵の顔面に拳を叩きつけた。


 まだまだペリアたちにはかなわないが、なかなかに腰が入ったパンチだ。


 この二年で愛する二人に追いつくように、時間があるときに訓練していたのである。


 そのおかげで、拳はモンスターの頭蓋骨を砕き、貫通させられるぐらいの威力になった。




破綻ブレイク




 さらにバチィッ! と腕を中心に破綻結界が発動し、モンスターの体も一緒に弾け飛ぶ。


 すると今度は背後から、複数体のモンスターが飛びかかってきた。


 エリスは冷静に振り返ると、頭部両側面に取り付けられた銃口から実弾を放つ。


 とてもモンスター相手に効果のある威力とは思えないが――その銃弾は回転しながら敵の体内に穿孔すると、光を放った。




「咲け」




 そして銃弾に刻まれた術式が起動し、体内から一気に結界が広がる・・・


 結果として、モンスターは内側から爆ぜるかのように散っていった。


 あまりに壮絶な死に際に、それを見ればいくら獣であろうと普通は怯えそうなものだ。


 しかしエリスの予想通り、スリーヴァに恐れというものを奪われているのか、モンスターたちはそれでもガーディアンに立ち向かう。




「安心して、あなたたちの恨みもあの女にぶつけてあげるから」




 エリスは聖母のように微笑む。


 そしてガーディアンの手首から鎖を射出した。


 物理的なものではなく、魔力で作り出された鎖だ。


 そしてその先端におよそ100メートルの結界の立方体を作り出す。




「サンクチュアリ・サテライト。舞え」




 ガーディアンが腕を上げると、鎖が波打ち、結界の塊はふわりと浮かび上がった。


 さらに人形は腕をぐるりと振り回す。


 当然、結界もそれに連動して円を描き――巻き込まれたモンスターたちを、例外なく粉砕していく。


 エリスは“結界ハンマー”とでも呼ぶべき武器をぶん回しながら前に進み、敵を屠りながら北へ進む。




「ご、ごめんね……こんなこと、よ、よくないって、わかってるけど……」




 一方でレスは、モンスター相手とはいえこれだけ大量の命を奪わなければならないことに、良心の呵責を感じていた。


 今や結界の強度はあがり、モンスターは王国に攻め込めなくなった。


 とはいえ、彼らには人間を襲う本能のようなものを埋め込まれた形跡があることがわかってきた。


 共存は不可能なのだ。




「せ、せめて、苦しまずに逝って……」




 レスが魔糸を引き絞ると、ガコンッ! とエヴァンジェの腹部が開いた。


 横腹から補助腕が伸び、地面に突き刺さり、人形を反動から守る支えとなる。


 さらに中から漆黒の砲門が現れた。


 しかし砲身の展開が終わる前に、敵は目前にまで肉薄していた。




「ち、近い……まずは、こ、広域放射で――カレトヴルフ、発射」




 一見して変形は中途半端な状態で止まっているように見えたが、その状態で“半結晶”状態の魔力波が放たれた。


 高出力のライトが照らすように、半透明の光がじわりと広がっていく。


 それに巻き込まれたモンスターたちの体に結晶が張り付き、彼らは身動きが取れなくなってしまった。


 そして結晶は徐々に成長していき、一定の大きさに達すると――爆発する。


 一度爆発すると、その衝撃で近くの結晶まで誘爆し、レスの視界は茜色の炎に包まれた。




「せ、せめて、その魂に、や、安らぎがありますように……」




 続けて、カレトヴルフの砲身は長く伸び――ドウンッ! と今度は大きな結晶が発射される。


 それは遠くにいた群れの中心に着弾し、爆ぜ、大きく地面を揺らした。


 一方、爆炎の橙色に照らされながら、ミーティア・フォートレスは敵の群れの中心で暴れまわっていた。




「ウレアおねーさん、初実戦です。無理することはないですよ!」




 主操縦者のペルレスは、フォートレスの両腕に巨大な氷の塊をくっつけて、相手に叩きつける。


 圧倒的な質量でぶん殴られたモンスターは、成すすべもなくぺしゃんこに押し潰されていた。




「うっす、やるだけやるっす」




 フォートレスの周囲で飛行するフェアリーも、着実に敵を撃破していく。


 カレトヴルフに比べれば小さな結晶砲だが、それでも威力はかなり高い。


 ウレアが気にするべきは、敵を撃破できるかどうかより、フェアリーが爆風に巻き込まれないかどうかである。




「それにしてもキリが無いです……」


「一掃したいっすね」


「だったら――あれをやるです、おねーさん気をつけてほしいです!」


「うっす」




 フェアリーが巻き込まれぬよう、フォートレスに近づく。


 すると人形の装甲の一部が開き、その内側から砲口が現れた。




「氷結結晶砲――全方位発射ですっ!」




 ただの結晶砲ではない――ペルレスの氷魔術を込めた、氷の結晶のような魔力の塊が無数に発射される。


 ふわふわと周囲を漂う結晶は、フォートレスに襲いかかろうとするモンスターに触れた瞬間、その体を凍らせた。


 その動きは不規則。


 ゆえに回避は難しく、数多くのモンスターが成すすべもなく凍結されていく。




「ペルレスはさすがっすね」


「おねーさんが見てるから張り切ってるです!」


「ならオレも張り切らないと。凍ったやつの処理は任せてほしいっす」




 フェアリーは次々と凍ったモンスターたちを打ち砕いていった。


 そうして仲間たちが次々とモンスターを破壊していく中――一応女王なのでリーダーということになっているラティナは、上空からその光景を見下ろしていた。


 とはいえ、今回は空にだって敵がいる。




「オルクスがいないから、空を飛ぶモンスターも作り放題なのね。せっかくラグネルとまた二人で飛べると思ったのに」




 そうぼやきながらも、手にした宝剣で手際よく敵を切り落としていく。




「戦っているラティナを見てるのも好きよ、私」




 操縦部の後方に用意された、オペレーター用の座席でラグネルは微笑んだ。


 妻の甘い言葉に、思わずラティナの頬が緩む。




「そう言ってもらえると張り切っちゃうわね」




 浮かれる彼女の感情を反映したように、エディフィス・グウァンは頭部、腕部、そして翼部の結晶砲から大量の弾丸を地上に向かって発射した。


 ブレイジング・レイン――ミーティア・フォートレスが使っていた氷の魔術を込めた結晶砲と同じように、ラティナの炎魔術を用いた結晶砲である。


 着弾すると爆発するだけでなく、一帯を炎で焼き尽くしてしまう。




「かっこいいわ、ラティナ」


「……でもこれ、あとで土地を使うときに問題になる気がするのよね」


「細かいことは考えない、考えない」


「そうね、まずはハイメニオスへの道を切り開かないと」




 さすがにここまで各人形が大量のモンスターを倒していると、そろそろ相手の戦力の底が見えてくる。


 上空から戦場を見下ろすラティナからは、その違いが一目瞭然でわかった。




「これぐらいの数なら王国に残った人形でも対処できるはずだわ。リーダーとして、私が一番最初にハイメニオスに殴り込んじゃおうかしら」


「あれを使うのね?」


「ええ、せっかくだからとっておきを。コード・クイーン発動――エディフィス、変形よッ!」




 わざわざ付けた音声認証に反応し、エディフィス・グウァンは空中で変形する。


 翼はそのままに、人型から鳥の姿へと変わっていく。


 さらにラティナの固有魔術、絶対不変の絶対正義ディヴァイン・サンにより炎を纏った。


 ラティナはこの姿を“王鳥形態”と命名した。


 言うまでもなく、クイーン・ラグネルを意識した姿、そして名前である。




「加速するわ。衝撃に備えて、ラグネル!」




 エディフィスは翼の推進装置から炎を噴き出し、音よりも早く飛行した。


 さらに高度を下げ、地上すれすれを滑空する。


 行く手を遮るモンスターたちを切り裂き、焼き尽くしながら、ラティナは文字通りハイメニオスへの道を切り開いた・・・・・




「付いてきなさい、みんな!」


「もう行くんです?」


「の、残りは冒険者に任せる、のかな」


「まだ戦い足りねえが、楽しみはスリーヴァにとっとけってことか」


「まあ、どうせハイメニオスを潰さないとモンスターは消えないし」


「よーし、じゃあ行っちゃおう! そして全部めちゃくちゃにしてやろう!」




 その道を通り、他の五体も山の向こうにあるハイメニオスへと突き進んでいく。




 ◇◇◇




「ふぇっふぇっふぇっ……どうやら来たみたいだねえ」




 ユグドラシルの内側で、ガルザに絡みつきながらスリーヴァは不気味に笑う。




「さすがに雑魚をいくらけしかけたところで無駄か。でも……どんなに人形の技術が進歩しようとも、このユグドラシルを倒すことはできないよ」




 ハイメニオスの中心で、今もなお成長を続ける巨木ユグドラシル。


 その速度はこの2年で急激に加速し、今では高さ2kmを越えるほどになっていた。


 もちろん、ユグドラシルが秘める魔力も格段にあがっている。




「どうやらあいつらは、私たちが停滞しているなんて勘違いをしてるみたいだからねぇ。いつだって私とガルザは前に進んでいる、そうだろう?」


「お母さま……お母さま……」


「ふぇっふぇっふぇっ、そうだよガルザ。あんたはそれでいい、そのまま私のかわいい息子として、ハイメン帝国がこの世界を支配していく様を一緒に見守ろうじゃないか!」




 そして、ついにペリアたちの姿がスリーヴァの視界に映り込む。


 未来の世界で、王国と帝国が戦っていた頃も、帝都に敵がたどり着くことはなかった。


 まあ、あのまま時代が進んでいればハイメニオスが陥落するのは時間の問題だったはずだが――これが“初めて”ということに変わりはない。


 その事実に不快感を覚えたのか、スリーヴァは近づいてくるペリアたちに向かって言い放った。




『許されないねえ、私たちの神聖なハイメニオスを土足で踏み荒らすなんて』




 老婆の声が響き渡ると同時に、ただの木の幹だったユグドラシルの表面に、スリーヴァの顔が浮かび上がる。




「うわ気持ち悪い」




 エリスは率直に感想を口にした。


 他の面々も概ね同意している。




『あの数のモンスターを踏み越えて、ここまでたどり着いたことは褒めてやるよ。でも断言しよう、あんたたちはユグドラシルに勝てない!』


「動けねえ分際でよくもそこまで偉そうなこと言えんな」


「言っておくけど、私たちかなり強くなったわよ?」


『あんたたちは私の分身やフルーグ、オルクスにすら苦戦した。それからたった二年しか経ってないんだ。私はユグドラシルの強さを知っている、二年ぽっちで埋められる差じゃあないのさ!』


「だったら、二年の月日で私たちがどれだけ成長したか――この場で見せてあげるよッ!」




 ペリアは強気で啖呵を切る。


 どちらが“強がり”なのか――そんなもの、戦ってみればわかることなのだから。




「コード・エメス、発動!」




 そしてペリアは、ゴーレム・コルに搭載された“とっておき”を起動させる。


 エディフィス・グウァンに音声認証が、そして変形機構が搭載されていたのは、ゴーレムに搭載するためのついで・・・にすぎない。


 六体全てのの操縦席内に『EMETH』の文字が表示され、各操縦者が承認すると人形は変形を始める。




「おおー、うまくいってるです!」


「いざ実戦となると緊張するっすね」




 ミーティア・フォートレスは脚部に。




「す、すごい揺れる……ひ、一人だと心細いかも……」




 エヴァンジェは胸部及び上半身下部に。




「私は女王なんだから、もっと心臓部でいいと思うのよね」


「王国を導く翼、って解釈はどう?」


「ラグネルは天才ね……それ採用するわ」




 エディフィス・グウァンは背中の翼に。




「しかし馬鹿げた仕掛けだよな、これを戦闘中にやるのがペリアらしいっつうか」




 ブレイドオーガ・トリッドは右腕に。




「作っているときのペリア、活き活きしてて見てるだけで幸せになれた。あとスリーヴァに見せつけるパフォーマンスとしては最適」




 ガーディアン・ヘイムダルは左腕に。




「やっぱり人形作りに一番大切なのは、ロマンだと思うんだよね。それに何より、ゴーレムちゃんが輝く姿を見たかったから……えへへ」




 そして――ゴーレム・コルは頭部と胴体の一部に。


 目の前で急に妙な形になり、合体を始める六体の人形。


 もちろんそんな珍妙な儀式を前に、スリーヴァが黙っているわけもなかった。




『馬鹿かいあんたたち……何をしようとしているかはわからないけど、そんな隙を見せて攻撃されないわけがないじゃないか!』




 ユグドラシルの両横から、まるで人の腕のように触手が伸びる。


 本体が巨大なため、枝程度の太さしかない触手でも、太さは数十メートルに達する。


 それが鞭のように素早くしなり、変形途中の人形たちに襲いかかった。




『無力さを痛感して死んじまいなあぁぁ!』




 バチィッ! と光が爆ぜる。


 触手だけが弾かれ、人形は無傷だ。




『な、何ぃっ!? 強力な結界を張ってるっていうのかい!』


「合体途中に攻撃されることなんてお見通しだよっ」


「すでにコアのリンクは始まっている」


「お前の攻撃はもう通用しないです!」


『く……生意気なァ!』




 スリーヴァが悔しがっているうちにも、合体は進む。


 全てのパーツのドッキングが完了し、6つのコアのリンクが完了。


 全身に魔力が行き渡れば――バラバラだったカラーリングは一つに統一され、鈍色の巨人がそこに立つ。




「ゴーレムちゃんを心臓部として、六体の人形を合体させたゴーレムちゃんの究極進化系――」




 ペリアの体はようやくお披露目できた喜びに震え、頬は紅潮し、呼吸もわずかに荒くなっていた。


 そして彼女は、若干裏返った声で高らかに宣言する。




「これがッ、スーパーゴーレムだあぁぁぁあっ!」




 エリスとフィーネは『ペリアが楽しそうでよかった』とにっこりと笑った。


 対するスリーヴァは、わなわなと触手を震わせ怒る。




『ふぇっふぇっふぇっ……余裕ってことかい? そんなお遊びを私の前で見せて……ユグドラシルは負けない! 私とガルザの愛情は、そんなもんじゃ倒せないんだよォ!』


「ならやってみればいい!」


『ああやってみるさ! ハイメニオスの全戦力を投入するよッ!』




 ユグドラシルの触手――その先端が風船のように膨らむ。


 その内側に溜まっているのは空気ではない、赤黒い何かだ。




「う……あ、あれは……」


「どうしたのよレス」


「命の、塊……た、大量のモンスターが、一つに束ねられている……」


『その通りだよ、数百個のコアを束ねた一撃をくらいなァ!」




 スリーヴァは爆弾でも投げるように、その“モンスターの塊”を投擲する。


 だがスーパーゴーレムは避けも防ぎもしなかった。


 何なら腕を組んで、ただそこに仁王立ちしているだけである。


 そして装甲に触れれば爆発するはずだった肉塊は――命中直前、結界に阻まれ消滅した。




『な、何ィ!?』


「スーパーゴーレムの魔力量は他の人形とは比にならない。つまり結界も強度を極限まで高められる」




 もはやモンスターは、スーパーゴーレムに近づくことすらできない。


 だがそれで諦めるスリーヴァではなかった。




『ふぇっふぇっ……そうだねぇ、今さら普通のコアを使ったところで相手になるわけがない。だったらこれならどうだい!』




 ハイメニオスの地面が一斉に盛り上がる。


 そして地下から現れたのは――青い肌のオーガ。


 さらに北の山の向こうから、巨鳥が何羽も飛び上がる。




「おいおい、あれってまさか――」


『ふぇっふぇっふぇっ! フルーグとオルクスをコピーしてやったのさ! 人格は空っぽだけど、その分だけ操りやすい! 二年の月日は私をここまで進化させた! どうだい、今度こそ心が折れて――』


「ソ、ソウル・コントローラー……フィールド、展開」




 レスは己の操縦席で、エヴァンジェに搭載された装置を発動させた。


 スーパーゴーレムから目には見えない力場が発され、フルーグとオルクスのハリボテを呑み込んでいく。


 そして、それらのモンスターは力を失い、墜落し、崩れ落ちた。




『何をしてるんだい……動くんだ! あいつを殺すんだよォ!』


「む、無駄……だよ」


『何をしたァ!』


「あの小型コアには、人間の、た、魂が封じ込められていた。それを……遠隔で、解放した」


『そんなことが……触れてもいないのに、できるっていうのかい!?』


「だってスーパーだもん」


『こんのぉおおおおおおッ!』




 怒りに任せて、大量の触手を生やすスリーヴァ。




「さらに気持ち悪くなった」


「なんか虫みたいだな」


『美しいと言えぇぇええッ!』




 全ての触手が同時に振り下ろされ、スーパーゴーレムを襲う。


 逃げ場は無かった。


 だが逃げる必要も無い。


 触手は当たる直前に、結界に阻まれるまでもなく――ぴたりと止まったからだ。




『これは……また何かやったね!?』


「氷獄術式アブソリュート・デッド、です。我ながら名前がかっこいいです!」


『凍らせたっていうのかい、ユグドラシルを!』


「いえ、凍らせたのは“時間”です」




 それを聞いて、スリーヴァの思考は一瞬凍った。




『時を……凍らせる? そんなことが、まさか!』


「可能になってしまったんです。私も怖いと思うです」




 スーパーゴーレムは、ここで初めて動き出す。


 ずしん、ずしんと街を揺らし、地面を砕きながら歩くと、触手を掴む。




『こ、今度は何するっていうんだいッ!』




 スリーヴァの声色には、若干だが恐怖が滲んでいる。


 だがレスは、お構いなしに魔術を発動させた。




「こ、魂魄術式……ニルヴァーナ・インヴィテーション。魂よ、在るべき場所へ還れ……」




 ソウル・コントローラー同様に、見た目の上では何も起きない。


 スリーヴァもユグドラシルに変化が無いため、余計に訝しんだ。




(虚仮威し……? いや、時間すら止められるんだ、そんなことする必要が……なら、何が……)




 慌てて自らの肉体に変わった点が無いか探す。


 そして、彼女は気づいてしまう。




『……ガルザ?』




 これまでは暖かかった彼の肉体から、体温が失われていることに。




『ガルザ、返事するんだ、ガルザっ、ガルザあぁあっ!』


「こ、小型コアに残った術式から……あ、あなたが、皇帝ガルザを操ろうとしたときも、その魂、ご、強引にこの世に留めることで、それを実現していると思ったから……」


『解放したっていうのかい……? あの子の、私の息子の魂をぉおおおおおお!』


「はっ、あんたの息子じゃないでしょ」




 ラティナが鼻で笑うと、スリーヴァはさrない激昂した。




『黙りなあぁぁあああッ! 殺す、殺す、殺す! あんたたちはなんとしても私がッ――いや、この帝国の全てを以て殺し尽くゥゥゥすッ!』




 彼女の激情に連動するように、地鳴りが近づいてくる。




「モンスターの反応が近づいてきてんな」


「王国を襲ってたのが戻ってきてるです?」




 さらにゴゥン、ゴゥンとハイメニオスの工場が音をあげる。


 フル稼働させて、モンスターを生み出そうとしているのだ。




「懲りないわねえ。だったら次は私がやろうかしら」


「了解です、ラティナ様。あれを使うなら操縦件を渡します」


「こんなとんでもない人形を扱えると思うとわくわくするわねえ」




 スーパーゴーレムは、即座に主操縦者を切り替えられる機能が付いている。


 これにより、多種多様な戦い方ができる上に、切り替えのタイミングは相手にはわからないため対処が難しいのだ。


 ラティナが自分の体に巻き付いた魔糸に魔力に注ぐと、スーパーゴーレムの装甲に赤い術式が浮かび上がる。




「これが上級魔術師、ラティナ・グウァンの全力よ。滅びなさい、ハイメン帝国! 煉獄術式ッ、ブレイジング・ホライゾン!」




 体に溜め込まれた炎の魔力が解放され、周辺地域を数千度の灼熱が覆った。


 ただし、焼き尽くすのは敵対する存在のみ。


 ハイメン帝国のモンスター、そして町並み――その全てが炎に包まれ溶かされ、蒸発していく。




「……さよならです、私の故郷」




 ペルレスは寂しげにつぶやく。




『ぐおぉおおおおおッ! ば、馬鹿なっ、ハイメニオスが! 私の帝国があぁああああ!』




 炎の中、自らの身だけは結界で守るユグドラシル。


 だが街は成すすべもなく焼失してしまう。


 面影すら残さず、完全なる灰の更地と化した帝都。


 どれだけユグドラシルが強力な魔力を持っていても、スリーヴァの知識だけでは、もう元の形に戻すことはできないだろう。




「ふぅ……どうかしらラグネル。私、かっこよかった?」


「ええ、最高に」




 戦いの中でもお構いなくいちゃつく二人。


 もちろん、ばっちり外部スピーカーから声もキスの音も漏れている。


 しかしスリーヴァはもはや、そのやり取りに憤る余裕もないほど、頭の中が憎しみでいっぱいだった。




『あぁ……ああぁあ……』




 時間の停止から開放された触手が、うなだれるようにだらんと地面に垂れる。




「落ち込んでいるところ悪いけど」




 ラティナが魔術を放っている間に、スーパーゴーレムの操縦権はエリスに移っていた。


 彼女はユグドラシルに接近すると、その体を包む結界に触れた。




「まだおしおきは終わってない」




 エリスの操るスーパーゴーレムは、触れた敵の結界を“乗っ取る”ことができる。


 触れずとも解除は可能だが、触れた場合は――結界の持つ守る力を、“攻撃”として内側に放つことが可能だ。




「結界術式レゾナンス・ブレイク」




 パリン――結界が割れ、尖った先端がユグドラシルに突き刺さる。


 そしてその状態で結界の破綻が行われ、暴力的な魔力がバチバチと弾ける。


 体から伸びた触手もずたずたに引き裂かれ、千切れてしまう。




『あっ、が、ぎゃあぁぁあああああッ!』




 それは――これまでさんざん他人を苦しめてきたスリーヴァが、直に浴びた初めての苦痛である。


 味方が死んでも、街が滅びても、その本体は痛みを感じることがなかったのだ。


 ならば彼女はこれから、今まで“後回し”にしてきた分をまとめて背負わされなければならない。




『はっ、はあぁ……ふっ、ふざけるなぁあ……ふざけるなあぁぁああああッ!』




 再びユグドラシルが触手を伸ばす。


 その先端は尖っており、高速で回転していた。


 防ごうと思えば簡単に防げるのだが――スーパーゴーレムは警戒にバク転し、それを回避した。




「……あ、ごめん。癖でつい避けてしまった」




 それはエリスの反射的なものである。


 ユグドラシルの攻撃だけあって、普通の人形なら刺し貫くだけの威力はあるからだ。


 着地したスーパーゴーレムは、今度はフィーネに操縦権が渡されていた。




「問題ねえよ、どのみちあたしらの勝利は揺るがねえ」


『もうハイメン帝国は残ってない……ガルザもいない……けど、けどねえ、私はあんたたちを殺すことぐらいできるんだよぉおおおお!』




 ユグドラシルの体が、まるで口のようにがばっと開いた。




「何だァ、ありゃ」


「す、すごい魔力反応が……」


「相手の必殺技が来るです!」


「……やばくないっすか」


「大丈夫だよ。ね、フィーネちゃん」




 口の奥で、キュイィィ――と魔力が渦巻、膨らんでいく。


 ガルーダが星を割った時に匹敵する……いや、それを越える魔力量だ。




「ああ、なんたってペリアの作ったゴーレムだからな。何の問題もねえ」


『消し飛びなァ、背後にあるマニングごとねぇええ!』




 ついに爆発的な魔力の渦が、ユグドラシルの口から吐き出された。


 土や岩を消滅させ、かつてハイメニオスがあった地面をえぐりながら、一瞬でスーパーゴーレムの前に迫る。


 それに対してフィーネは――何もしない。


 すでに展開されている結界、これだけで十分だと言わんばかりに。


 そして実際に、スーパーゴーレムの結界は相手の攻撃を止めて見せた。




『おぉぉおおおおおお! 死ねぇ、死ねぇ、私の憎しみで全てを焼き尽くされろぉおおおおおお!』




 ユグドラシルの全力を受けて、この世に存在できる物質などない。


 スリーヴァの中にはそんな自信があったに違いない。


 だが――例外はあるのだ。


 どれだけ大量の魔力を注ぎ込もうとも、粒子一つだって、スーパーゴーレムの結界を抜けることはできないのだから。


 それどころか――




『はぁ……はぁ……そんな……無傷、だって……?』




 攻撃が止まり、光で埋め尽くされていた視界が晴れると、そこには何も変わらぬスーパーゴーレムの姿があった。


 フィーネはスリーヴァの疑問に答える。




「無傷じゃねえよ」




 スーパーゴーレムは右手を胸に当てると、そこから剣の柄が現れた。




「むしろ強くなれた。いい魔力だったぜ、ごちそうさま・・・・・・


『今の……魔力を……吸収した……?』




 そして吸収した魔力を、結晶化し、剣の刃とする。


 一般的な人形の三倍弱の高さを誇るスーパーゴーレム。


 その大きさに見合った、全長50メートルを越える紅色の剣を、ずしりと肩にかつぐ。




『どうして……あの時代の王国だって、そこまではできなかったじゃないか……』


「お返しだ、じっくり味わいな」


『私たちが産んじまったっていうのかい……? こんな、こんな恐ろしい化物をッ!』


「剣鬼術式――バーサーク・ディスアセンブルッ!」




 スーパーゴーレムが一歩踏み込み、大地が割れる。


 それだけのエネルギーが全て加速に注ぎ込まれ――あれほどの巨体が、スリーヴァの目の前から姿を消した。


 そして認識できた次の瞬間、背後で山が砕ける音がした。


 巨人の急加速を止めるには、それだけの反動が生じるのである。


 さらにそこから刹那遅れて、ユグドラシルの体にいくつもの線が走る。


 ディスアセンブル――分解の名に相応しく、帝国の守護神はバラバラに切り刻まれる。




『認めない……』




 天を貫くほど大きな木が、崩れ落ちていく。


 とっくの昔に滅びていた帝国と共に、土に還るために。


 スーパーゴーレムの結晶剣は砕け、柄も光の粒子になって消える。


 フィーネはペリアに操縦権を渡した。


 終わった――一見してそう見える。


 しかしペリアはまだ油断していない。




『認めないよ……こんな結末……』




 きっとその言葉は、スリーヴァがかつて、帝国が負けようとしいた頃につぶやいたものと同じだから。


 全てはそこから始まったのだ。


 愛情だの何だのと言い訳したところで、結局スリーヴァは、敗北を認められなかった――




『ユグドラシルは負けないのさ……何が起きても、何があっても、絶対にねえぇええ!』




 だから彼女は、時を戻す。




「ユグドラシルの残骸が、浮かんでいくです」


「まるで時間が戻ってるみたいっすね」


「実際に戻ってるんだと思うよ」


「えっ……ペリアさん、そんなことあるんすか!?」


「ペルレスが時間を止められるんだもの。100年も前に過去に飛んできたスリーヴァなら、できるかもしれないわね」


『言ったろう、ユグドラシルは絶対に負けないって。何度負けてもやり直せばいい。私には、その力があるんだからねェ!』




 ほんの十秒ほどでユグドラシルは元の形に戻ってしまう。


 そして再び触手を伸ばして、スーパーゴーレムに襲いかかった。




『ふぇっふぇっふぇっ! どうだい、勝てないだろう? あんたたちは所詮人間さ、戦い続けるのにも限界がある! このままやりあえば負けるのはあんたたちのほうだよ!』


「だって、ペリア」


「認めないんならわからせないとね、“敗北”ってやつを」




 四方八方から襲いかかる触手は、当然のよう人形に一切のダメージを与えられない。


 ユグドラシルは不死身、スーパーゴーレムは無傷。


 一見して、不毛な戦いのように思えた。


 しかし――この事態を想定していないペリアではない。


 スーパーゴーレムは拳を握り、構えをとった。




『まだ諦めないのかい? それでもいいさ、やってみるといいよ。でもいつかあんたたちも理解するよ、この世には、絶対に勝てない戦いがあるんだって!』


「ディストーション・リヴィジョナー、起動」




 手の甲に埋め込まれた結晶体が、まばゆい光を放つ。


 チャージストーンの塊にも見えるが、これは全くの別物だ。


 6つのコアのリンクにより生み出された大量の魔力が、その結晶に注がれる。


 内部では術式や基盤、配線が複雑に絡み合っている。


 ある場所では時間が止まり、ある場所では時間が加速し、そしてある場所では時間が壊される。


 それらの現象を重ね合わせると――




『……景色が歪んで見える?』


「時空が歪んでるんだよ。ここに少し刺激を与えると――ほら」




 スーパーゴーレムが軽く手首から先を振ると、パリンとなにもない空間が割れた。


 その先にあるものは闇だ。




「時と時の狭間。どこでない場所」


『あ……あんた、まさか……』


「何をやっても死なないんなら、こうするしかないよ。歪みを正す者ディストーション・リヴィジョナーで」




 スリーヴァは、自分の心臓がぎゅっと締め付けられる感覚に襲われた。


 心臓はもう無いのに、呼吸も必要ないのに、苦しくなった。




(帝国もない……ガルザもいない……時の狭間……そう、そんな場所なら、時間だって進まない! 死もない場所に……送られる? 私が?)




 逃げたい、そう思った。


 だが――逃げられない。


 なぜなら自分はユグドラシルと一体化しているから。




「黙り込んじまったな。そんなに怖いのか?」


『こ、これが……恐怖? ほ、本当の恐怖だっていうのかい……?』


「そう、お前が大勢の人に与えてきたもの……まだまだ序の口だけど」


『は……ふぇっ、ふぇっふぇっ……ま、待ちなよ。わかった、認める。負けたって認める! だから!』


「もう遅いよ」




 冷たくペリアは突き放す。


 スリーヴァは、来るところまで来てしまっているのだから。




「今さら許すとか許さないとか、そういう話じゃないの。結論はもう出てる、だから私たちはここで戦ってるんだよ?」


『せ、せめて、殺してくれないかい……?』


「信じられないわね」


「どうせまた生き返るです」


「い、生きて償ったほうが……い、いいと思う」




 誰も味方などいない。


 ペリアの言葉通り――すでに結論は出ている。


 あとは、実行されるだけなのだ。




「傀儡術式――」


『待ってぇ……わ、私……そうだっ、以前の皇帝にひどい扱いを受けてねぇ。しかも子供もできなかったからっ』


「スーパー……」


『かわいそうなんだよぉ、私は! ガルザのことだって、ほら、直前で言うことを聞かなくなったあの子が悪くって!』


「ゴーレムぅ……」


『だからぁ! 私は悪くないんだよぉおおおおおお!』




 いかなるノイズも、スーパーゴーレムを止めることはできない。


 巨人は駆け出す。


 巨悪に迫る。


 その鉄拳を――真っ直ぐに繰り出す。




「ストライィィィィィクッ!」




 ズドォンッ、と衝撃がユグドラシル全体を激しく揺らす。


 耐えきれず、その幹は根本付近から、へし折られた。


 だが地面に倒れることはない。


 不思議なことにその途中で止まり、そして――スーパーゴーレムの拳付近に発生した時空の狭間に吸い込まれていく。




『ああぁあああ! いやだっ、いやだぁあああっ! 私は悪くない! 悪くないんだぁあ! 悪いのは帝国でっ、王国でぇええっ! いやあぁぁああああああああ!』




 最後まで醜い断末魔を響かせながら、やがてスリーヴァは裂け目の向こうに消えていった。


 ユグドラシルを吸い込み切ると、割れた時空は自己修復機能により塞がれ、何事もなかったように消える。




「終わった、な」


「今度こそ完璧に」


「うん、終わって……すっきりしたね!」




 ペリアたちにしてみれば、それだけの話である。


 世界からモンスターを駆逐する。


 王国を発展させていく。


 自分たちも幸せになる。


 その道程の途中にあった障害の一つを乗り越えただけなのだ。




「さ、帰りましょうか。みんなが盛大に迎えてくれるわ」


「これでラティナの人気も上がるわね」


「そうね……立候補してないペリアに負けるわけにはいかないもの!」


「が、学校休んだから……子どもたち、寂しがってるかも」


「今日ぐらいお休みでいいと思うですよ? それに、帰ったら祝賀会もあると聞いてるです!」


「オレも出ていいんすかね?」


「もちろんです! 一緒においしいものたくさん食べるです!」


「おいしいもの、か。あたしも楽しみになってきたな」


「私が食べたいものはどんな贅沢な料理よりも……」


「はいストップー、ここじゃ駄目だぞエリス」


「私もフィーネちゃんを……」


「だからお前も乗っかるなよペリアぁ! そういうのは他の人の目がないところでだな!」




 戦いの緊張感はどこへやら、にぎやかに騒ぎながらスーパーゴーレムはマニングへ凱旋する。


 彼女たちが去った後には何も残っておらず――ようやく世界は、あるべき姿へと戻ったのであった。




 ◇◇◇




 世界からモンスターが完全に駆除されるまで、それから100年の月日を要した。


 もっともモンスターへの対抗手段は充実していたため、むしろ最後の数十年は“見つけるのが大変だった”わけだが。


 人口も爆発的に増加し、その頃にはいくつもの国が世界中に生まれるようになっていた。


 とはいえ、人類同士の対立はかなり少なく、大規模な戦争もまだ起きていない。


 資源の充実していることと、モンスターという共通の敵の存在が大きかったのだろう。


 もっともそれは永遠ではない。


 小さな争いは起きてしまうし、かつての王国と帝国のように戦争を始める国も出てくるだろう。


 だが少なくとも、歴史に名を残す三人の英雄が過ごした時代は、平和そのものであった。




 ペリア・アレークトは人形魔術をベースに、数々の発明を世に残した。


 エリス・アーレクトは治療魔術に関する技術を多く生み出し、後世においても人々の命を救い続けている。


 フィーネ・アレークトは現代剣術の祖と呼ばれている他、ギルドに残された魔獣討伐、及びモンスター討伐の心得は長年に渡って冒険者たちのバイブルと呼ばれ続けた。




 さて、これだけの功績を残した三人だが、意外にも歴史書でその人柄に触れることは多くない。


 これは資料が残っていないことが理由ではない。


 彼女たちのプライベートに関する記述は、とある理由があって載せにくいのである。


 子孫たちの尊厳を守るため、とも言えるかもしれない。


 もちろん中には、詳しく記しているものもある。


 その一例を紹介しよう。




『ペリア・アレークト、エリス・アレークト、フィーネ・アレークトの三人が婚姻関係であることはご存知の通りである』


『彼女たちの夫婦仲は非常に良好であり、良好すぎて周囲の人々の頭を悩ませていたという』


『なぜならば、公衆の面前であっても抱き合い、接吻し、愛の言葉を囁きあうからだ』


『彼女たちは子沢山の家庭を築いたが、その子供の前でもお構いなしだったようで、自分の子供に注意され怒られたという逸話すら残っている』


『そんな三人も老いには勝てず、老衰で亡くなってしまうのだが、実はその死に疑念を抱く者がいる』


『死の間際、彼女はたちはどこかに姿を消しており、墓の中は実は空っぽだというのだ』


『真偽は定かでは無いが、子孫に話を聞いてみると、誰もが言葉を濁し明確に答えようとはしない』


『もちろんそれだけでは噂を肯定することにはならない』


『だが、仮に事実だとすれば、なぜ英雄たちはそのような行動を取ったのか』


『生前の行動を思い返してみれば、自ずと答えは出てこないだろうか』


『そう、誰にも怒られない場所で、思う存分に――』



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