第27話 私の出番、無いみたいです?

 



 フィーネとエリスは街を駆け抜ける。


 すでにドッペルゲンガーの姿は見えなくなっていたが、フィーネは足跡をたどって追跡した。


 しかし、その足跡は突如として途切れる。




「テラコッタを抱えたまま屋根の上に飛んだのか」




 踏み切ったときの足跡から、どちらへ向かったかはわかる。


 だがそこから先の足取りは勘で追うしかない。




「結界があるから、そう遠くまではいけないはず」


「手分けして……は駄目だな、危険すぎる。仕方ねえ、地道に行くか」


「それがいい」




 テラコッタの命が危ない。


 だが彼女には悪いが、ペリアの言ったとおり、まず最優先すべきは自分たちの命だ。


 相手が本当にモンスターだとするのなら、天上の玉座であろうが魔術を受ければ即死する。


 二人は遠回りをしながらも、道を辿ってドッペルゲンガーが消えたのと同じ方向を目指し走りだした。


 すると、目の前に少女が現れる。


 身長はフィーネの胸ほど、髪はピンクで、着ている服はゴスロリっぽいドレスだ。




(貴族のお嬢さんか?)




 フィーネは直感的にそう思った。


 少なくとも着ている服は平民が手に入れられるものではない。




「ねえねえお姉さん、もしかして人でも探してるのぉ?」


「ああ、テラコッタって知ってるか?」


「知ってる知ってるぅ、この街に住んでる人形遣いだよね? あの人なら、誰かを抱えてあっちの森のほうに向かってったよ」




 笑いながらそう言って、街外れにある森を指差す少女。


 彼女は「いひひ」と笑い、鋭い犬歯がまるで牙のように光る。




(何だこの女……人間、だよな……?)




 奇妙な気配を感じる。


 エリスも同様に、少女を訝しんで見た。


 しかし今はドッペルゲンガーが優先だ。




「……ありがとな」


「どういたしまして。がんばってねー」




 手を振って去っていく少女。


 フィーネとエリスは不安を振り切って、森へ向かって駆け出した。




 ◇◇◇




「う……うぅん……」




 テラコッタはゆっくりと目を開ける。




「ここは……外……?」




 彼女が覚えている最後の記憶は、燃え盛る小屋の中。




(そっか。僕、幻覚を見たんだ。僕が、僕を責め立てる……あれは夢だったのかな?)




 何もわからない。


 だが背中に感じる硬い感触からして、これが現実なのは間違いないらしい。


 テラコッタは木の幹を背もたれにする形で座らされていた。


 立ち上がると、お尻に付いた土を叩いて払う。


 周囲を見渡し――




「目が覚めたみたいだね。あのまま死んでくれてもよかったけど」




 ――“自分”と目が合った。




「ド、ドッペルゲンガー……」


「そう、僕はもうひとりの君。人々の望みを受けて作り出された、正しいテラコッタの形」


「何を言って――はっ、その手足……まさか、君はっ」




 テラコッタは気づく。


 顔こそ自分そっくりに作られ、動いているものの、その間接や指先は人形のそれである。


 つまり目の前に立っている存在は、幻でもなければ、人間でもない。




「意思を持った人形!?」


「そう、僕はマローネに作られた」


「まさか……じゃあ意識を失う前のあれは、幻なんかじゃなかった? 君があの小屋に火を付けて――」


「そうだよ。まずはあの小屋を消して、研究成果を灰にする必要があった」


「どうして!」


「マローネがそれを望んでいたから」


「マローネ……? 君を作ったのもマローネって言ってたよね。どういうことなんだい? どうして彼女がそんなことを!」


「マローネは望んだんだよ、人形の研究に没頭せず、自分だけを愛してくれるテラコッタという存在を」


「それは……」




 テラコッタは知っている。


 というより、身を持って経験したのだ。


 大好きなマローネが、少しずつ離れていく地獄のような時間を。




「だけどマローネは、僕が研究に打ち込んでる姿が好きだって言ってくれたんだ! 僕があれを辞めたら、二度とマローネは戻ってこないと思ったんだ!」


「それが人形遣いである必要なんてなかった。彼女は君がなにかに一生懸命なら、それでいいと思っていたんじゃないかな」


「そんなことはないッ!」




 テラコッタは語気を強めて否定する。


 そこには明確な根拠があった。




「確かに、母さんや父さん、酒場の店長だって言ってた。僕には魔術の才能があって、他のことを頑張ったほうがずっと立派な人間になれるって。でも違うんだよ! 僕が今の僕になれたのは、ここまで必死になれるのは、それが“人形魔術”だからなんだ! 僕は、他の人がいうほど才能に溢れてなんかいない。目の前にあるのが人形だから頑張れるんだ!」




 その才能を他のことに使っていたら――という言葉を、テラコッタは人からよく言われる。


 だがそんなものは絵空事だ、皮算用だ。


 好きだからここまでやれた。




「人形魔術以外に逃げた僕が、マローネのような素敵な女の子を繋ぎ止められるはずがないじゃないか。僕が彼女と並ぶためには、周囲にどう言われようと、人形遣いを続けるしかなかったんだ……」




 テラコッタがドッペルゲンガー理論を追い続けた理由は一つだけじゃない。


 祖父の想いを受け継ぎたいという気持ちもあった。


 しかし、そこにはテラコッタ自身の夢や、意地や、家族への想い、マローネへの恋慕――様々な感情が入り混じっていたのだ。




「それでも、もう少しだけ彼女を見ていれば」


「研究すら完成できない僕が?」


「それでも、もう少しだけ彼女に気持ちを伝えていれば」


「それは……それはあったかも知れないけど! 親友だから、幼馴染だから、言わなくてもわかりあえるって……思ってたかもしれないけど……マローネだって言ってくれればよかったじゃないか。こんな人形を作るぐらい、自分で勉強してくれてたんだろう? だったら、言ってくれれば……! 離れていった好きな人が、知らない男と歩いているのを見て……どうしてほしかったんだよぉ。悲しんで、研究に没頭する以外、どうしろって言うんだよおおぉっ!」




 マローネが離れた時点で、研究を続ける一つの理由が消える。


 周囲の人々も、自覚なしに、あるいは明確な自覚を持って、テラコッタを追い詰め続ける。


 結局、そんな中で彼女が折れそうな心を支えるには――研究に依存するしかなかったのだ。


 テラコッタは心の丈を叫んだ。


 だがドッペルゲンガーは表情すら動かさず、無言でその胸ぐらを掴み、木に押し付ける。




「うぐっ!?」


「女々しい言い訳はやめなよ。全てはお前がやったことだ」


「づっ……く……っ」


「お前が少しでもマローネに歩み寄っていればよかった」


「がっ、は……あ……!」




 体が浮き上がり、胸を強く圧迫され、もがき苦しむテラコッタ。




「心配しないでいいよ。今日からは僕が君になる。マローネは救われる。両親も喜ぶ。君が消えるだけで、周囲の人たちはみな幸せになるんだ」




 彼女の体の内側からミシミシッ、と嫌な音がした。


 胸に激痛が走る。


 痛みのあまり、吐き気がこみ上げてくる。




(でも、どうして……マローネは、こんな、高度な人形を作って……!)




 死が迫る直前も、考えるのはマローネのことだ。


 遠ざかる意識の中、走馬灯のように幸せだった頃の思い出が蘇る。


 周囲の音も耳鳴りにかき消され消えていく。


 そんな中、わずかに草むらが揺れる音がした。




「剣鬼術式ィ――バーサーク・レイドォッ!」




 フィーネはダンッ! と強く地面を蹴る。


 その音が鳴るのと、斬撃がドッペルゲンガーに襲いかかるのはほぼ同時だった。


 少なくとも、常人にはそう思えるほどのスピードだったのだ。


 そしてドッペルゲンガーは、それを回避しなかった。


 刃は金属を叩くような音ともに止まり、敵を切り裂くことができなかったのである。




「く……さすがに硬ぇな……!」


「邪魔だよ」




 振り向き、腕を振り払うドッペルゲンガー。


 フィーネは飛び退くが、腕の動きにより生じた風圧により吹き飛ばされ、木に衝突する。


 だがその直前、エリスが防壁で彼女の体を守った。


 地面に落ちたフィーネは、「いっててて」と顔をしかめながら立ち上がった。




「ありがとな、エリス。っつぅ……さすがに洒落になんねえパワーだな」


「ベースが人形ならと期待したけど、物理攻撃にも強い」


「まさか追ってくるなんて。よそ者のくせに、命知らずだね」




 ドッペルゲンガーは、フィーネとエリスを明確に敵と認識し、二人のほうを向いた。


 解放されたテラコッタは、地面に横たわりゲホゲホと咳き込む。




「そりゃあ追うだろ。追ってくださいと言わんばかりの派手な逃げ方だったじゃねえか」


「追う愚か者なんていないと思っていたから、派手に音を立てたのさ」


「随分と余裕がある。人形のくせに、自分の力量を理解している」


「当然だよ、僕はすでに人間のテラコッタより優れているんだ。見ての通り、人と変わらぬ意識だってある」




 フィーネは剣を握ったまま、ドッペルゲンガーをにらみつける。




「確かに――妙な話だ。魔獣が巨大化したわけでも、魔力から生物が生まれたわけでもねえ」


「人形はただの無機物。それに、マローネは自分の人形遣いとしての腕がさほど高くないことを自覚していた。この条件から、お前のような存在が生まれるとは思えない」


「でも僕はここにいる。それが全てだよ。それと――時間稼ぎにはこれ以上付き合わないよ、僕も暇じゃないんだ」




 彼女は顔を歪めながら笑った。


 手のひらを二人に向ける。


 魔力が渦巻き、どろりとした溶岩の塊が生成された。


 ドッペルゲンガーがそれを人差し指で弾くと、わずか数センチの火球が射出された。


 放たれると同時――いや、それより一瞬早く、フィーネとエリスは左右に散開。


 その直後に、二人がいた場所を火球が通り過ぎていく。


 見て避けていたのでは、間に合わないほどのスピード。


 そして放たれた魔術は木々を貫き、なぎ倒しながら、200メートルほど先で爆発した。


 爆炎は周囲50メートルを焼き尽くし、焦土へと変える。




「へへっ、軽くぶっ放しただけでこの威力かよ」


「次、もう少し強めるね」


「遠慮させてもら――っとぉっ!?」




 容赦なく放たれる溶岩の飛沫。


 ただそれだけで、空は炎で茜色に染まり、森は炎上する。


 フィーネはその間を通り抜け、巨大な剣を振るった。




「剣鬼術式ッ、バーサーク・ムーン!」




 この剣では、あの体には歯が立たない。


 だから今度は、斬撃とともに描かれる円弧――その鋭利な魔力の塊を放つ。


 もっとも、フィーネ自身も『無理だろう』とは思っている。


 なぜなら、刃を飛ばすより、直接斬りつけた方が威力は高いからだ。


 純粋な魔力なら――そんな淡い期待はドッペルゲンガーの左手に握りつぶされた。




「ですよねぇ」


「その程度では僕は止まらない。僕は人を超えた、人より素晴らしい存在なんだから!」


「大きくですぎ」




 ドッペルゲンガーは、少し離れた背後からエリスの声を聞いた。


 振り向きながら、溶岩の飛沫を飛ばそうと腕を振るう。


 それより早く、彼女は魔術を発動させた。




「結界術式マグ・グレイヴ」




 ドッペルゲンガーの足元、そして体に光が浮かび上がる。


 それは術式だ。


 もっとも、光は多少眩しい程度で、熱すら放っていない。


 そう、光そのものには何の力もない。


 重要なのは、それが術式を描いているということだ。


 無論、相手もすぐにそれを看破した。


 そして『ただのこけおどしだ』と判断し、構わず溶岩を飛ばそうとするが――見えない壁に遮られる。




「……これは、結界? 僕を取り囲んでる?」




 ドッペルゲンガーが飛ばしたのは、どんな人間も触れただけで溶かすような、莫大な魔力の塊である。


 人間には、それを防ぐ結界を生み出すことなどできるはずがない。




「モンスターの魔術を防ぎやがった……おいエリス、どんな悪魔に心を売ったんだ?」


「人聞きが悪い。私はただ、いつもどおり結界を張っただけ。そう、いつもどおり・・・・・・




 そう言いながらも、エリスは不敵に微笑む。


 ドッペルゲンガーはその間も、魔術を飛ばし、拳で殴りつけ、そこからの脱出を図るも、結界はビクともしなかった。




「このっ! どうしてっ! 僕には力があるのに、どうして出られないんだっ!」




 そんな様子を遠巻きに眺めていた、ピンク髪の少女。


 フィーネとエリスに、ドッペルゲンガーの場所を教えた張本人だ。




「えー、いくら小型とはいえモンスター捕まえるとかありえないんだけど。他の将軍たちに怒られちゃうじゃーん」




 藪に身を潜める彼女はそうつぶやくと、不機嫌そうに唇を尖らせた。



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