第21話 新武器大活躍です!

 



 結界とは――外部からの侵入を防ぐものだ。


 表面には凝固した魔力の膜がある。


 内側には、溶岩のようにどろどろのままの魔力が流れている。


 これはクッションの役割を果たすが、膜が破れた途端に外に流れ出て、バチバチと弾ける。


 それが、ゴーレムが結界を引き裂いたときに生じる雷光の正体であった。




 では結界の“膜”が最初から無ければどうなるか。


 それはただただ、魔力を撒き散らすだけの、品のない暴力装置へと変わる。


 たちの悪いことに、これを作るのは、通常の結界を作るよりも遥かに簡単である。


 ペリアが戦闘中、ファクトリーでミスリルを円盤に加工し、そこに術式を描く――その工程が一瞬で終わる程度には。




 投擲されたミスリルの円盤は、その鋭さでデリシャスラビットを引き裂くだけでなく、破綻結界ブレイカーにより生じた熱で敵を焼いた。


 デリシャスな香ばしい香りが、あたり一帯に漂う――




「名付けて、ミスリル・スライサー改!」


「私はあまり好きじゃない」


「エリスちゃーん!?」




 エリスは過去の失敗を見せられているようで、複雑な心境であった。


 結界の解析にはかなりの苦労があったらしく、その間、半端な知識で結界を再現しようとして、痛い目を見たこともあったらしい。




「で、でも、私とエリスちゃんの共同作業……だし……」




 ペリアは割とショックだったのか、うつむきがちにそう言った。




「共同……作業……!?」




 エリスはその言葉に激しく反応する。




「いわば私とペリアの子供……」


「いやそれは違うと思うぞ」




 フィーネのツッコミももはや彼女には届かなかった。




「ペリア」


「エリスちゃん?」




 エリスはガッ! とペリアの肩を掴む。


 その瞳にはハートが浮かんでいた。




「好き」


「うん、私も!」


「いいよ、私のことは気にしないで、さっきのやつガンガン使って」


「やったー! 逃さないよ、デリシャスラビット! 疾駆はしれ、ミスリル・スライサー改ッ!」




 ペリアはじゃんじゃん円盤を作り、ゴーレムはびゅんびゅん敵に投げつける。


 切り裂き、焼かれ、群れはみるみるうちに減っていく。


 その半数以上が戦闘不能に陥ると、ラビットたちは尻尾を巻いて逃げていった。


 丘の上に横たわる死体から、濁濁と血が溢れ出る。


 大地がモンスターの血液で赤く染まる。




「んっふっふー、これだけの肉があれば、しばらくは食べ物に困らなそうだねっ」


「さすがにこの量だと干し肉大量生産だな」


「私も……私もだって……ふふふ……」


「おいエリス、戻ってこい」




 フィーネに肩を揺らされて、エリスはようやく正気に戻った。


 しかしその瞳はうっとりとペリアを見つめており、正気でも狂気でも大差はなかった。




「さて、次はっと……」


「先に小物を片付けるべきだろうな。さっきみたいに囲まれると厄介だ」


「ぷちぷち潰してっちゃうよぉー!」




 ペリアは基本的に優しい子だが、モンスターに対してはかなり容赦がない。


 ぷちぷち潰すと言ったのなら、まさにその通り潰していくのだ。


 拳で、足で、時にはぶん投げて。


 十分ほど後には、周囲のモンスター反応は完全に消えていた。


 残るは例の30メートル級と40メートル級のペアだが――




「動きが不自然」




 探知機を見ながらエリスが言った。


 赤い丸は、ゴーレムから一定の距離を保ちながら、円を描くように移動している。




「こりゃあっちもあたしらに気づいてるな」


「死体は全部回収したけど、やっぱり血の匂いでわかっちゃうんだね」


「けど逃げてるような雰囲気ではない」


「このあたりは元々オーガの縄張りだったはずだ。それがせっかく消えて、自分らの天下が来たってのに、急にゴーレムが来たわけだからなァ」


「イライラしてる?」


「攻撃的な動きではある。こちらの隙を伺ってるんだろう」




 それはフィーネの動物的な勘だ。


 しかしほぼ間違いなくそれは当たる。




「さらに言えば、どうもあっちはあたしらの姿を見てる・・・ようだ」


「こっちからは何も見えないけど……」


「デリシャスラビットが私たちの匂いを嗅ぎつけたように、獣タイプは五感のいずれかが格段に鋭いものが多い」


「まあ、魔獣の話ではあるが、モンスターにも適用される――どころか、さらにパワーアップしてると見て間違いないだろう」




 ゴーレムに搭載された探知機は、現状で500メートル。


 だが野生のモンスターの五感は、それを遥かに凌駕するということだ。




「……ペリア、来るぞ」




 探知機を見つめながら、フィーネが言った。


 確かに、赤い点の動きが少し変わったようだ。


 彼女はそれを“攻撃の予兆”と感じ取ったらしい。


 そして言葉通り、30メートル級が急接近してくる。


 その方角にあるのは平地――飛び出たからには視認できるはず。




「あれ、もう近づいてるはずなのに見えない?」


「ペリア、右に飛べッ!」




 ペリアには何も見えていなかったが、フィーネの言葉に従い横に飛び込む。


 すると、背後でずしんと何かが着地する音が聞こえた。




「今のは……」


「姿を消して飛び込んできやがったんだ!」


「ペリア、魔力濃度上昇。魔術が飛んでくる」




 続いて40メートル級からの狙撃。


 氷の刃がゴーレムに迫った。




「ゴーレム・プロテクション!」




 それを結界で防御する。


 氷は見えない壁に阻まれ砕け散る。


 その間に、30メートル級は足音と共に遠ざかっていった。




「チッ、コソコソ隠れてあたしらを狩るつもりか!」


「四足歩行の獣だね」


「あの跳躍力、おそらく猫系のモンスターだろうな」


「姿を消して数百メートルの距離を飛びかかってくる。かなりの強敵」


「フィーネちゃんは何でわかったの?」


「勘だよ勘。野生の連中は気配は隠しても殺気は隠さねえからな」




 フィーネはペリアやエリスと違い、戦場の最前線で剣を振るってきた戦士である。


 こればっかりは、彼女にしかわからない感覚のようだ。


 だからこそ頼りになる。




「飛びかかったタイミングで、同時に狙撃。こりゃ避けるのは一苦労だろうな」


「……次で仕留めるよ」


「できるのか? 拳を正確に当てるのは難しいぞ」


「そこで新装備の登場だよっ。タイミング、フィーネちゃんに任せていい?」


「おうよ!」


「コンビネーションに思わず嫉妬」


「エリスも十分やってたじゃねえか。膨れるなよ」




 フィーネがエリスの両頬を押すと、彼女の口からぷしゅーと空気が抜けた。


 ペリアは二人のやり取りに思わず笑いながら、糸を操る。




「オーガ・コア、リミッター解除。出力120……150……200%まで到達」




 制限時間は1分。


 だがおそらく、そんなに時間はかからないだろう。


 仕留めるにしろ、逃がすにしろ、勝負は一瞬。


 ふしゅうぅぅ……とゴーレムの背部から熱が吐き出される。


 操縦席内の温度も一時的に上昇。


 気になるのは、この温度の変化により、敵の動きが変わることだが――




「はっ、殺る気がピリピリ響いてきやがる。どうやら相手さんは威嚇してると思ったらしい」


「そろそろ来そうな動き」


「ああ、飛んでくるぞ」




 30メートル級は、ザッと地面を蹴った。


 ペリアに見えるのは探知機の小さな赤い点だけ。


 巨体は弧を描き、時速500キロにも迫ろうかという速度で飛びかかる。


 それが懐に入る直前で、フィーネが叫んだ。




「来たッ!」




 合わせて、ペリアは突き出した左手をぎゅっと握る。




「スフィア・ブレイカーッ、発動ッ!」




 左拳を天にかかげたゴーレムの、甲に埋め込まれたチャージストーン。


 その黄色の水晶と、腕に刻まれた術式が光を放ち、溜め込んだ魔力を放出する。


 それはミスリルの円盤に刻まれたものよりも、威力を高めた破綻結界ブレイカー


 ゴーレムを包むように展開されたエネルギーフィールドは、瞬間的に崩壊し、バチィッ! と弾けて爆ぜた。




「グギャアァァァアアアアアッ!」




 断末魔の叫び声とともにステルスが解け、姿を表す茶色い巨大な化け猫。


 その直後、すかさずもう一体の40メートル級が魔術を放った。


 一撃目よりも一回り大きな氷は、しかしゴーレムの結界に弾かれる。


 だがそれ放つと同時に、40メートル級――灰色の化け猫自身も高く飛び上がり、こちらに襲いかかろうとしていた。


 その大きな体は光を遮り、ゴーレムの頭上に影がかかる。




「傀儡術式――」




 今度はその右腕に刻まれた術式が、光に照らされ浮かび上がった。


 そしてゴーレムはあえて前に踏み込み、その重量級の拳を、重さを感じさせぬ速度で、敵の頭部めがけて繰り出した。


 モンスターの爪はバチィッ! と結界に阻まれる。


 ゴーレムの拳は、敵の頬に突き刺さる。


 世界最大規模のクロスカウンター。


 グガゴオォオンッ――と、炸裂音と衝撃音が混じった暴力的なサウンドが辺りに響き渡る。


 40メートル級は、ゴーレムの拳を受けてもなお健在であった。


 ペリアは『さすが』と――そして同時に『わかっていたよ』笑う。


 足りない、拳だけでは。


 だから埋め込まれた宝石が光る。術式が輝く。




「ゴーレム・ブレイカァァァァァアアアッ!」




 これもまた、破綻術式を利用した一撃。


 拳の威力に、さらに弾ける結界の威力を加えた、物理・魔術両面で敵を押しつぶす鉄槌。


 バチィッ、と光が爆ぜると、40メートル級の頭部は焼け焦げる。


 温度上昇により強度が落ちたところに、拳はめり込み、頭蓋を圧壊させる。


 ゴーレムが腕を振り抜く頃には、モンスターはすでに意識を失い、宙を舞っていた。


 ドスゥゥン――と横たわる灰色の獣。


 拳を前に突き出したまま、止まるゴーレム。




「リミッター再始動。ゴーレム出力の安定化を確認。冷却完了まであと――」




 ペリアが操作すると、跳ね上がった温度と魔力は次第に戻っていく。


 冷却が完了するまで、ゴーレムの機能にはいくらかの制限がかかる。


 だが現状、周囲に敵影はない。




「んー……ふぅ」




 大きく体を伸ばしてから、思い切り息を吐き出すペリア。


 先程の戦闘、危機というほどでもないが――新装備の実践初使用だ、ペリアも実は緊張していた。


 今はうまくいって、ほっと一安心というところである。




「新しい武器、かっこいいじゃねえか」




 すると、フィーネが後ろからペリアの頬を突いた。




「んふふ……でしょー?」


「見事に結界を使い倒してる」




 エリスも便乗して頬をむにむにつまむ。




「エリスちゃんのおかげだよぉ」




 二人に触られてでれでれするペリア。


 これで無事に30メートル級と40メートル級のコアが手に入ったわけで、浮かれてしまうのも仕方のないこと。




「今日の戦闘を見るに、今のゴーレムでも50メートル級まではやりあえそうだな」


「でもそれじゃあ、あのフルーグに勝てない。40メートル級のコアをゴーレムに搭載したいところ」


「確か、冷却の問題があるんだっけか?」


「色々計算したんだけど、フレーム強度もミスリルのままだと足りないかも」


「そりゃあ、問題大ありだな」


「ある人に相談しようと思ってて」


「誰?」


「上級魔術師の人たちに連絡取ってみようかなって」




 ペリアの言葉に、フィーネとエリスが目で見てわかるレベルで殺気立つ。




「待って待って、落ち着いて二人とも!」


「上級魔術師ィ……?」


「絶対にあわせるわけにはいかない。あんなクズども……!」


「違うのっ! 他の人はあんな感じじゃないから!」


「本当か?」


「信じられない」




 フィーネとエリスは本当に心の底から信用していなかった。


 まあ、あんな同僚の姿を見せられたら当然である。




「何ていうか、もっとみんな研究に没頭してて、貴族というよりは研究者らしさのほうが上回ってて」


「本当か?」


「信じられない」




 なおも二人は信じない。


 ペリアがあんな目に合っていたのに、スルーした人間たちだ。


 それだけでも万死に値するというのに。




「もっと言うとね、みんな変人なの。ほら、あの人は貴族としてよくいる感じだったけど、他の上級魔術師の人たちは、見るからに違うっていうか……」


「本当か?」


「信じられない」


「二人が全然信じてくれないよぉーっ!」




 てこでも動かないフィーネとエリス。


 おそらく口でどんなに説明しても、実物と会うまでその態度が軟化することはないだろう。


 とはいえ――ゴーレムの強化に、彼らが必要なのも事実である。




「まあ、ペリアが言いたいこともわかる。マニングには王都ほど資料もないはず。高度な魔術を学ぼうとしたら、その分野に特化した魔術師を招くしかない」


「それはそーだけどよぉ……」


「おそらくペリアの活躍は、上級魔術師の耳にも届いているはず。餌を用意してこちらから誘えば、喜んでマニングを訪れる」


「うーん……一度ぐらいは結界の件も、王都の偉いやつに話といたほうがいいのかぁ?」


「ほらほら、フィーネちゃんとエリスちゃんも聞きたいことあるでしょ? 大丈夫だよぉ、上級魔術師の人たちはみんな基本的に協調性がなくて、自分の研究第一で、あんまりそういう企みとかしないタイプみたいだから!」


「……それはいいことなのか?」




 フィーネの問いかけを、ペリアは「あはは」と笑ってごまかした。


 彼女も、そんなにヴェイン以外の上級魔術師と話したことがあるわけではない。


 最初の面接のときと、あとはランスローやラティナに声をかけられたぐらいだ。


 他の知識は、研究所内で流れている噂だったり、逸話だったりで仕入れたもの。


 それを聞く限り、到底“立派な人間“と呼べる者たちではないが、利害さえ一致すれば味方になってくれる――そんな印象を持っていた。



 なお、今回撃破されたモンスターだが、ペリアは30メートル級をデリシャスキャット、40メートル級をキャンディキャットと名付けることを提案。


 しかし猫は食べられないということで、フィーネの手により、それぞれステルスキャット、ハイドキャットと名付けられた。




 ――――――――――


 ●名称

  ゴーレム


 ●搭乗者

  ペリア・アレークト


 ●装備

  主材質:ミスリル

  腕部材質:アダマンタイト・チャージストーン

  装甲:ミスリル

  コア:オーガ


 ●スペック

  高さ:20.2

  重量:140→145

  装甲強度:1200

  コア出力:250

  最高速度:180→175


 ●武装

 キック:

  近接攻撃

  威力70


 アダマンタイトナイフ:

  近接攻撃

  威力90


 パンチ:

  近接攻撃

  威力100


 ミスリルスライサー→ミスリルスライサー改:

  小範囲中距離攻撃

  威力200→250

  使用時にミスリルを消費(戦闘終了後に回収可能)


 結界波→スフィア・ブレイカー:

  近接攻撃

  威力300

  使用時にチャージストーンの魔力消費・非戦闘状態なら30秒で再チャージ


 傀儡術式ゴーレム・ストライク:

  近接攻撃

  威力400


 傀儡術式ゴーレム・ブレイカー:

  近接攻撃

  威力550

  使用時にチャージストーンの魔力消費・非戦闘状態なら30秒で再チャージ


 ●特殊能力

 リミッター解除:

  コアへ魔力信号を送り、普段は抑えている出力を引き上げる技術。

  コアの発熱量も増加するため、冷却システムをフル稼働させる必要がある。

  現在の解除限界は200%、稼働時間は1分。


 マリオネット・インターフェース:

  人形魔術の仕組みを利用した操縦システム。

  操作が非常に複雑、かつ繊細な力加減が要求されるため、現状ペリアにしか扱えない。


 ゴーレム・プロテクション:

  胸部チャージストーンの魔力を開放することで、ゴーレムの周囲に結界を展開する。

  持続時間1分。非戦闘状態なら1分で再チャージ。

  現在、40メートル級の魔術を防ぐことまで確認済み。


 ――――――――――



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