第20話 新装備お披露目です!
午後からはゴーレムが参加したこともあって、オーガの解体は一気に進んだ。
ケイトはその日のうちに素材を買い取り、王都のほうに売りにいくと言う。
彼女は商団のリーダーらしく、いつの間にか村の入り口にはいくつもの馬車が到着していた。
「あの性格で、よく商団をまとめられるよな」
「どうせ金で脅してる」
相変わらず辛辣なエリス。
マニング出ていく直前、ケイトは見送りにきたペリアに駆け寄って、
「にゃはははっ、戻ってきたらまたお願いしますにゃ!」
と媚を売っていった。
「できればコアも――」
だが、少し欲を出すと、エリスが視線だけでモンスターを殺せそうな勢いで睨む。
「にゃひっ!? にゃは、にゃははっ、何でもないですにゃ。行ってきますにゃーっ!」
ケイトは全身から冷や汗をだらだらと垂らし、尻尾を巻いて逃げ出した。
「本当に油断ならない」
「ふふふ、ありがとねエリスちゃん。でもケイトさん、そこまで悪い人じゃないと思うよ?」
「ペリア。あなたは騙されやすい性格をしている」
「そ、それはそうかもしれないけど……でもね、鉱石も買い取ってくれたってウレアさん言ってたよ!」
「いつの間にかそっちも話を付けてたのか」
「領主がいないから、取引許可書が無い。正規のルートで売ることはできないはず。おそらく安く買い取ってる」
「……そうなの?」
「まあ、安いといっても、ケイトが買い取った額はそのまま村に入るんだろ? 領主が間に入ってた頃よりは儲かってるだろうさ。あの屋敷を見る限り、かなり豪勢な生活してたみたいだからな」
加えて、見ての通りの村の貧しさ――領主は重税をかけていたと思われる。
鉱山は枯れかけ、村のランクも低く、モンスターに襲われる確率も高い。
領主が刹那的な快楽を求め、そういった手段に出たことは、人間の心理として理解できなくもなかった。
「さて、そろそろ夕飯のこと考えねえとな」
「デリシャスボアの血抜きをみんなばっちり見てた」
「今日もお肉だねっ」
「……保存食にしようとか思ってたんだがなあ」
「干し肉は飽きる」
「新鮮なほうがおいしいよお!」
「ボアは癖が強いから、臭みを取らねえと。どう調理したもんかねえ」
ラビットが淡白な味をしている一方で、ボアの肉は良くも悪く味が濃い。
魔獣のボアと同じなら、おそらく肉も硬いだろう。
そのまま焼いて提供しても、慣れた大人はともかく、子供は顔をしかめるかもしれない。
「煮込んでみたら?」
「いや鍋がねえだろ」
「作れるよ、ミスリル鍋!」
「贅沢が過ぎる……でも、楽しそうだなそれ!」
「でしょー!」
「魔術でやるなら火力も十分。よっしゃ、時間はねえがやってみるか――」
「私は何したらいい?」
「エリスはペリアと一緒に、先に肉を茹でといてもらっていいか?」
「了解」
「フィーネちゃんはどうするの?」
「あたしは村から野菜と調味料をかき集めてくる。客寄せついでにな」
こうして三人は、手分けをして料理を始めた。
村の広場に現れる台座と巨大な鍋。
そこに投入される、これまた巨大な肉。
ド派手な光景に、どんどん村人たちは集まってくる。
マニングの夜は、今日もにぎやかになりそうだった――
◇◇◇
次の日は、久しぶりに何もない一日だった。
ペリアはゴーレムの改修、エリスは二個目、三個目の結界の製作に没頭する。
一方で村では、ブリックを中心に、新たに広がった土地を何に使うのか話し合いが行われていた。
三人の中では、手が空いていたフィーネがそこに参加する。
土地を広げた張本人なのだから、彼女の言葉なら村人たちも納得するだろう――そんな思惑があってのことだ。
次々と村人たちから要望が飛び交う。
もっと広い家に住みたい、家畜を飼う土地が欲しい、公園を作ってほしい、学校を、診療所を、店を――と、願望というのは溢れ出すとキリが無いものである。
その中から、重要度の高いものをピックアップして、優先順を付けていく。
とはいえ、土地があったところで、木材が足りなければ、大工が足りなければ、状況は変わらない。
川まで結界を広げれば農業だって始められる――と言っても、農村から経験者を連れてこなければ難しいだろう。
村を発展させるにあたって、課題はまだまだ山積みである。
(……何かいつの間にか、あたしらが村を発展させる流れになってんな)
フィーネはふとそう思った。
ペリアたちの目的は別にそんなことではなく、モンスターを倒し、故郷に戻ること。
もちろん、結界を広げて人の暮らせる土地を増やしていけば、目的には繋がるが――
◇◇◇
会合が終わると、フィーネはペリアの作業場にやってきた。
彼女はぴょんぴょんとゴーレムの上を飛び回りながら、せわしなく改修作業を進めている。
かなり集中しているようだが、たまにフィーネと目があうと、意味もなくはにかんで笑う。
「話そうと思ってここに来たのに、あいつが笑ってるの見るとどうでもよくなってきたな……」
癒し効果は抜群だった。
そんな調子で一時間ほど作業を進めたペリアは、ふいにゴーレムの肩から飛び降りると、フィーネのほうに駆け寄ってきた。
「フィーネちゃんっ」
そして軽くジャンプすると、真正面からフィーネに抱きつく。
座った状態で、深く密着する二人の体。
「お、おまえっ! 本当にいきなりだな!」
どもるフィーネ。
「えへへー、だって最近、フィーネちゃんとあんまりくっつけてなかったんだもーん!」
絡みつくペリア。
「夜いつも絡みついてきてるじゃねえか!」
「夜は夜! 昼は昼! フィーネちゃんもエリスちゃんも、時間によって違う味がするんだよ?」
「味は変わんねえよ」
「変わるよお! はむっ」
彼女は何を思ったか、いきなりフィーネの耳を唇で挟んだ。
「んにゃひょおぉおおっ!? ばっ、バカ! どこ触ってんだ!」
「あははっ、フィーネちゃん変な声ー」
「お前なぁ……自分がなにやってるかわかってんのか!?」
「ただ耳をはむってしただけだけど、何か特別な意味でもあるの?」
ピュアーな瞳で、首をかしげるペリア。
そのあまりの純朴さを至近距離で向けられ、フィーネの心臓は破裂寸前まで高鳴っていた。
「ペリアってさ……変に賢いくせに、変に鈍感だよな……」
「そうかなあ。フィーネちゃんとエリスちゃんが私のこと好きーって気持ちは伝わってるよ。だって、私も大好きだもん!」
「じゃあ……あたしがここで、ペリアにキ……」
「き?」
「キ……あー……えっと」
「きがどうしたの?」
大胆なことを言おうとしたが、すぐにへたれるフィーネ。
ペリアは何度も聞き返しているが、決して煽っているのではない。
純粋に疑問に思っているだけだ。
「フィーネちゃん、顔が真っ赤だよ? きがどうしたの?」
「う、うん……まあ……あれだ」
「うん」
「気になるな、ゴーレム」
フィーネが下手なごまかしでそう言うと、ペリアの瞳がきらきらと輝き出す。
「やっぱり気になる!? だよねぇー! 私もね、すぐにでも試したくてうずうずしてるんだ!」
「お、おう」
「それにさそれにさっ、あのチャージストーンを胸のところにはめ込んでみたんだけど、見てよあれ! かっちょよくない!? ゴーレムちゃん、すっごくスタイリッシュになってない!?」
「確かに……今までは無骨だったが、ワンポイント入って洒落てるな」
「だよねぇぇぇぇええっ! 私ね、私ねっ、ゴーレムちゃんに惚れ直しちゃってさー! ほんともー!」
ばしばしとフィーネの肩を叩くペリア。
完全にごまかせたようで、嬉しいやら、がっかりするやらなフィーネである。
だが本当に、改修されているゴーレムは前よりもかっこよくなっている。
頭部の角は一回り大きくなって雄々しくなったし、胸部には水晶――チャージストーンがはめ込まれ、その周囲には術式も描かれている。
同様の装飾が両方の手の甲にも施され、飾り篭手のような気品が感じられた。
「かっこいいよねぇ……ゴーレムちゃん……」
「あれってただの飾りってわけじゃないんだよな?」
「もちろん! お披露目は明日だよっ、楽しみにしててね!」
どうやらフィーネは特等席でそれを見れるらしい。
一体、ゴーレムに新たに搭載された機能とは何なのか――ペリアとエリスのやり取りで何となく察しが付いていたが、フィーネは素直に楽しみに待つことにした。
◇◇◇
そしてやってきた次の日。
「二人とも、おっはよーっ! 今日もすがすがしい朝だよー!」
ペリアは朝からハイテンションだった。
どうやら今日が楽しみすぎて早朝に目が覚めたらしく、エリスとフィーネが起きる頃には、朝食にしては多すぎる量がテーブルに並べられていた。
エプロン姿ではしゃぐペリアは、それはもう愛くるしかったので、エリスは食事そっちのけでペリアを抱きしめ、捕食しようとしていた。
そんな調子のまま、ゴーレムに乗り込む三人。
ペリアはすでに、倉庫内に結界を作るのに必要なパーツを収めているらしい。
あとは範囲内に生息するモンスターを排除すれば、結界装置を置くだけで領地が広げられる。
川まで広がれば、マニングでできることは何倍にも増えるだろう。
「おー……? 何か前と変わってねえか?」
ゴーレム起動後、映し出される画面を見ながらフィーネは言った。
彼女の言う通り、右上あたりに丸い枠が表示されている。
「これが昨日言ってた新装備! その名も人形内蔵型モンスター探知機!」
「おお……ネーミングがあまりにそのまま」
「わかりやすくていいな」
「驚きが少ない!? え、えっとね、これは周囲500メートルのモンスターコアを探知して、表示する装置なの」
「要は屋敷に付けてたアレの簡易版ってことだろ? あ、もしかして角がちょっと大きくなってたのそれか」
「それだよ! 丸の大きさで、コアから放たれる魔力の大きさもわかるんだよ!」
「屋敷の装置にも同じ機能が追加されてた」
「まだ試験運用だけどね。持ってるコアが10メートル級と20メートル級しかないし」
少なくともその二つのコアから発せられる波形は、モンスターの等級と比例して変化していた。
かといって30メートル級以上も同じパターンとは限らない、というわけだ。
「見える範囲でも結構いるな……これ、結界のすぐ横だろ?」
「うん、検知範囲内だと、10メートル級は数体ってところかな」
「本当に凶暴化しねえと結界の中までは襲ってこないんだな」
「ねー、不思議だよね。まるで誰かに制御されてるみたい」
「……まあ、制御されてるのかもな。将軍とかいるぐらいだから」
フィーネはフルーグのことを思い出す。
明らかな知能を持ったオーガの存在。
彼が群れを統率していたのは、モンスターを操る手段を持つからなのかもしれない。
「だとすると、なぜモンスターが人間をすぐに滅ぼさないのかが不思議」
「それ絶対にめんどくさい事情だわ。考えたくねー」
「ま、まあ今日はゴーレムちゃんの新装備お披露目ってことで。まずは目の前の問題から処理していこう!」
ペリアは考えるより、とにかく1個ずつ目標を実現していきたいタイプだった。
ゴーレムにしても、小さな目標を設定することで、コツコツと時間をかけてこの人形の完成までこぎつけたのだ。
「それがいい」
「ペリアの言うとおりだ。頭より体を動かそうぜー!」
「ペリア、家の装置で見えてた範囲で、他のモンスターより大きい魔力を検知したって言ってたけど」
「おっ、大物ってことか?」
「あくまで参考程度だけど、あの大きさだと30メートル級から40メートル級。しかも二匹が常に一緒に行動してるみたい」
「どんぐらい強いのかも未知数なのに、最初から複数相手が前提ってことか……」
「でも大丈夫! ゴーレムちゃんの新装備さえあれば、40メートル級までなら相手にできるはずだから。理論上は!」
根拠のある自信を宣言し、ゴーレムは歩きだす。
いつの間にか村人たちが見送りにきていた。
ペリアはわざわざゴーレムで彼らに手を振って、エリスの作った結界をぬるりと突破する。
すると、フィーネが右上の枠を見て声をあげた。
「おい、赤い点が急に増えたぞ。探知圏外から一気にこっちに迫ってくる!」
「私たちを取り囲むような陣形」
「まるで私たちを待ってたみたいだね。恨みでも買っちゃったかな……」
「……かもな」
フィーネは丘の上に並ぶそのシルエットを見て言った。
白いもこもこ、赤く光る瞳、鋭い前歯――それは紛れもなく、デリシャスラビットの群れであった。
「あ、肉だ」
「肉だな」
「肉だねえ」
三人の意見が一致した。
20体のオーガを退けた今、10メートル級10体程度の群れ、恐るるにたらず。
しかもあの日よりゴーレムはパワーアップしているのだ。
「でもなかなかこっちに来ないね。様子を見てるのかな」
「いや、違う。開いた口――中で魔力が渦巻いてる」
「ペリア、なんかの数値がすげえ上がってるぞ!」
「魔力濃度だね。前のときに殴られたからかな、一斉に魔術を使うつもりみたい」
「おいおい、大丈夫なのか? あたしまだゴーレムが魔術を受けたとこ見たことないぞ?」
「ふっふっふ……安心してフィーネちゃん。そのために、私とエリスちゃんで共同開発した新装備があるんだから!」
「ペリア、もう発動する」
デリシャスラビットの口から、土の魔術――岩の塊が放たれ、ゴーレムに殺到する。
「了解! ゴーレム・プロテクション起動ッ!」
ペリアが糸を引くと、胸部のチャージストーンが光り、装甲に術式が浮かび上がる。
次の瞬間、ゴーレムを包むように球形の結界が展開された。
ラビットたちの放った岩は結界に触れた瞬間に消し飛び、砂へと還る。
当然、ゴーレムは無傷だ。
「ヒュウ……中から見ると心臓が縮むような光景だったな」
「でも無傷」
「そう、ゴーレムちゃんは無傷! これぞ新たな切り札の一つ、ゴーレム・プロテクション!」
「一つってことは、まだあんだな?」
「もちろん、ゴーレムちゃんの進化は留まることを知らないんだからッ!」
ペリアはそう言ってゴーレムを操り、ミスリルの円盤を両手に掴む。
以前のそれと違うのは、その表面に術式が描かれていること。
ゴーレムはそれをデリシャスラビットの群れめがけてぶん投げた。
バチバチと魔力を纏うそれは、触れたモンスターを引き裂くのみならず、近くにいるだけの敵をも焼いた。
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