第14話 マニング防衛戦です!
ひとまずペリアたちは、ブリックを連れて人混みを離れた。
「どうしたんじゃ急に」
怪訝な表情をする彼に、エリスが告げる。
「結界が消えてる。いつからああなっていたかわかる?」
「何だと!? 馬鹿な、ではもし今、モンスターが襲撃してきたら――」
「ああ、マニングは
「嬢ちゃんのゴーレムでどうにかなんねえのか?」
「リミッターを解除すれば、群れのほうはどうにかなると思うけど……問題はあの50メートル級だよね」
「50だってぇ!?」
ブリックが思わず大きな声を出すと、近くにいた村人の数人がこちらを見た。
「そんな化け物がこの村の近くにいたってのか。でもどうすんだ。全員で逃げて間に合うか?」
「戦うにしても、街道のほうに固まってもらったほうが安全だと思うな」
「わかった、わしがそうしよう。だがそのあとはどうする?」
「私に考えがある。このあたりの場所を借りるから、誰も近づかないように言っておいてほしい」
「爺さん、あたしは避難を手伝うぜ」
フィーネはブリックと共に、村人たちのいる方へと向かう。
エリスはペリアの手を握ると、きょとんとする彼女に言った。
「ペリア、私はここで結界を作る」
「そんなに早く作れるの?」
「モンスターに対抗する手段として検討したことがある。王国に展開されている結界を解析して、逆算して術式を割り出した。けど大きな問題が一つ――結界を維持するには、莫大な魔力を常に供給する必要がある」
マニングの広さを維持するだけでも人間では無理なのに、王国全土など、どう考えても不可能。
それゆえに、結界を管理する王族は絶対的な権力を持っているのだ。
だが今、ペリアたちの前にはそれを可能にする物体がある。
「モンスターコアがあれば、それができるってことだね!」
逆に言えばそれは――王国が結界の維持のために、コアを使っている可能性がある、ということを意味している。
しかし今は深く考えない。
ペリアは10メートル級のコアを出し、エリスに渡した。
「それと、私の言う形状にミスリルを加工してほしい」
「術式は?」
「私が光魔術で焼き付ける。その程度の加工なら私でも可能」
まるで自分が劣っているかのように話すエリスだが、彼女の魔術は超一流だ。
回復魔術はもちろんのこと、光魔術で人間を一瞬で蒸発させることすら可能である。
少なくとも、その分野に関してはペリアよりはるかに優れている。
もちろん結界の解析に関しても、ペリアがそれを見ても、逆算して術式を編みだすことなどできないだろう。
見て理解すれば、その術式を組み込んだ魔道具は開発可能かもしれないが――
そしてエリスはペリアに、直径3メートルほどの薄い円盤を作らせ、地面に置いた。
中央には台座のようなものがあり、その上に10メートル級のコアがぴたりと乗る。
エリスは円盤の横に立つと、指先より光線を放ち、そこに術式を描きはじめた。
その姿を、固唾を呑んで見守るペリア。
手伝いたい気持ちはやまやまだが、結界の術式など完全に専門外だ。
しかもそれは見た限り、少しでもずれれば台無しになる複雑かつ繊細な術式――声をかけることすら許されない。
だからひたすら、心の中で『頑張れ、頑張れ』と祈り続ける。
村人たちの避難は進む。
長老のような存在のブリック、そして剣王フィーネの言葉ならば、逆らう者はいない。
途中からはケイトも参加し、村人たちは一箇所に集められる。
マニングの結界が消えた以上、隣のエリアの結界は閉ざされ、移動はできない状態だろう。
ペリアは、ゴーレムで強引に結界を開く方法も考えたが、開いた穴もゴーレムなら通れるというだけで、結界としての機能が完全に消えているわけではない。
不安定な状態ゆえに、人間が下手に触れれば、一瞬で黒焦げになって即死、なんてこともありうる。
だから、彼らは限られた範囲内に身を潜めるしかないのである。
しばしエリスの作業を見守っていたペリアだが、今はゴーレムの操縦席に乗り込み、いつでも動けるようにスタンバイしていた。
このまま何事もなく終わってくれるのが一番だが――現実がそう甘く行くはずもない。
ゴーレムの中に立つペリアは、わずかな地面の揺れを感じた。
「来る……」
いつになく険しい表情で彼女は呟く。
ペリアはハッチを開き、やむなくエリスに声をかけた。
「エリスちゃん! 結界の展開までどれぐらいかかる!?」
エリスは「ふぅ」と息を吐くと、一旦作業を止めて返事をした。
「5分はほしい」
「わかった、5分だね!」
再びハッチは閉じる。
ゴーレムは歩き、村と結界の境目があった場所に仁王立ちした。
視線の向こうには、土煙を巻き上げながらこちらに走るオーガの群れが見える。
まだ50メートル級のリーダーの姿は見えない。
「ゴーレムちゃん、いっぱい無理させてごめんね。でも――みんなを助けるため、今日はもう少し力を貸して!」
返事をするように、ゴーレムの目がわずかに明滅する。
「さあ、出し惜しみなしでいくよお!」
糸を引き絞り、自ら群れに向かって走り出すゴーレム。
ずしん、ずしんと大地を鳴らす巨人の後ろ姿を、フィーネが、ケイトが、村人たちが固唾を飲んで見守る。
「ファクトリー起動、ミスリルを円盤に加工。できるだけ薄く、鋭くッ!」
加速するゴーレムは、その手に人形工場で作られた、ミスリル製の円盤を握る。
それはエリスのために作ったものよりもさらに一回り大きい。
リミッター解除した拳が、事故で飛んでいったあの威力――つまりゴーレムが何かを投げるだけで、十分に兵器になりうるのだ。
「名付けてミスリルスライサー、飛んでけえぇぇぇぇぇぇっ!」
助走は十分。
勢いを損なわぬままに、ゴーレムはキレイなフォームで円盤を投擲した。
ビュオオォォォッ! と空を裂きながらオーガの群れに正面から立ち向かう円盤。
それを止めるべく、先頭のオーガが拳を握り、前に突き出す。
だが次の瞬間、彼の腕は引き裂かれ、大量の血が吹き出した。
「グゴオォォォォオオッ!」
野太い叫びが響く中、なおも円盤は止まらず。
赤い噴水を巻き上げながら、オーガたちをずたずたに引き裂いていく。
「大成功! やったねゴーレムちゃんっ!」
気を良くしたペリアは、さらに2枚の円盤を追加。
接触する前に投擲――さすがに今度はオーガたちも避けるが、それでも十分なダメージを与える。
中には首を飛ばされ、それだけで戦闘不能に陥った者もいた。
しかし、オーガはなおも戦意を失わず。
むしろ傷ついたことで、さらに闘志を燃やしながら、ついにゴーレムと衝突した。
「グオォァアアァァァァッ!」
「ふんがあぁぁぁあああっ!」
拳と拳の激突。
いつかの再現――あの時より出力の上がったゴーレムが負ける道理はない。
へし折れるオーガの拳。
そして二撃目のフックが頭部を粉砕。
続けて右左両側から、別のオーガが飛び込んでくる。
「ちょえいっ!」
ペリアが変な声をあげると、ゴーレムはクロスさせた手で二つの拳を掴んだ。
そして握りつぶして粉砕。
「グギャオオォッ!」
「グガアァァッ!」
苦しむ2体のオーガ。
ペリアは左側の胴体に円盤が作った切り傷を発見。
すかさず手刀を突きこむ。
そして体内に深く沈ませると、そのまま持ち上げて、もう一匹のオーガに叩きつけた。
「潰れろぉぉおおおおッ!」
頭部と頭部が互いに潰しあい、二体を撃破。
これで三体。
ペリアは脳内麻薬のせいか、見開かれた目はまばたきすら忘れ、ギラギラと高揚している。
次のオーガには、回し蹴りで対処。だが――
「受け止められた!?」
腕に比べて脚部の攻撃性能は低い。
ペリアの生身での戦闘スタイルは全身を使った格闘術。
手癖で繰り出してしまったが、それはゴーレムのウィークポイントの一つだ。
そのまま足を持たれ、なぎ倒されるゴーレム。
砂まみれになりながら転がったところに、オーガたちの拳が降ってくる。
「ゴーレム、危ないッ!」
ゴーレムは転がってそれを避ける。
ズドン、ズドンッ! と続けざまに降り注ぐ拳を直前で避けると、回転の勢いを利用し、立ち上がるゴーレム。
なおもオーガはゴーレムを取り囲み、隙を作らぬ、息のあった攻撃を繰り出してくる。
ペリアは迫りくる拳をくぐり抜け、まずは一匹目の胸に右拳を一撃。衝撃で心臓を潰す。
わずかな時間差で、左の裏拳。
背後から迫っていたオーガの頬にクリーンヒット。
脳を揺さぶられたオーガはよろめき。そこに追撃の右フックが叩き込まれる。
メキィッ、と首の骨を折り、敵はガクガクと痙攣しながら、泡を吹いてノックダウンされた。
「これで五体ぃッ!」
自分の感情を高めようと宣言してみるも、なおも敵の数は圧倒的。
オーガが視界を埋め尽くす。
「づうぅぅっ!」
横からの拳をモロに受けるゴーレム。
よろめくと、そこを狙って別のオーガが蹴りを放つ。
瞬間、ペリアはしたり顔になる。
その足をあえて受け止め、両腕でホールド。
「おおおぉぉおおおおおおッ!」
そのままオーガの体をぶんまわし、取り囲む群れたちを後退させる。
そして足が千切れそうなので、適度なところで投擲。
投げられたオーガが仲間と衝突し、もつれている間に、真正面の敵に急接近。
腰から抜いたナイフを、その腹部に突き刺し、一気に引き上げた。
ぐぱぁっ、と開くオーガの胴体。
中身がでろりと流れる前に、ゴーレムはその中に腕を突っ込み、腹部のコアを引き抜いた。
「いいこと思いついた!」
それはオーガにとっての
そんなことも知らず、群れはペリアに向かって一斉に飛び込み、同時攻撃を仕掛けようとしていた。
ゴーレムは握った20メートル級のコアを高く掲げる。
すると、その腕が突如としてボォッと炎上しはじめた。
しかしその炎は腕全体に広がるのではなく、不自然に、特定の形を描いている。
そう、それはペリアが発動させた火の魔術であった。
アダマンタイトを加工するのに十分な温度を持っており、その表面を僅かだが溶かし、模様を描く。
それは術式――エリスが描いていた結界にどこか似た、しかし遥かに簡素なもの。
「弾けろっ、出来損ないの結界ッ!」
それは不完全で、不安定で、1秒も形状を維持できない出来損ない。
きっとそれを結界と呼ぶことすら、エリスに怒られるような代物だ。
しかし――そこに生じる衝撃波は、熱は、雷撃は、一斉に飛びかかるオーガたちを駆逐するには十分だった。
なぜならば、コアの発する熱を無視して、魔力を限界まで引き出したものなのだから。
バチィッ! と激しく閃光が弾ける。
「ギャッ――」
オーガたちはわずかな断末魔を残して、空中で焼け焦げ、墜落する。
熱を放つコアを投げ捨てると、ペリアは一息ついた。
「いまので十体? あはは、まだいっぱい残ってるなぁー……あいつも出てきてないのに」
さすがにオーガたちも血まみれのゴーレムに恐怖を覚えたのか、わずかに動きに戸惑いが見える。
しかし、退く様子はない。
背中を見せることは恥だとは言わんばかりに、拳を握り、再びこちらににじり寄ってくる。
「まだまだ行けるよ。ね、ゴーレム」
ゴーレムもファイティングポーズを取り、オーガと向かい合う。
その握った拳から、屠った敵の血が滴り落ちた。
――――――――――
●名称
ゴーレム
●搭乗者
ペリア・アレークト
●装備
主材質:ミスリル
腕部材質:アダマンタイト
装甲:ミスリル
コア:オーガ
●スペック
高さ:20.2
重量:140
装甲強度:1200
コア出力:250
最高速度:180
●武装
キック:
近接攻撃
威力70
アダマンタイトナイフ:
近接攻撃
威力90
パンチ:
近接攻撃
威力100
ミスリルスライサー:
中距離攻撃
威力200
使用時にミスリルを消費
結界波:
近接攻撃
威力300(20メートル級コア使用時)
使用時にモンスターコアが必要
傀儡術式ゴーレム・ストライク:
近接攻撃
威力400
●特殊能力
リミッター解除:
コアへ魔力信号を送り、普段は抑えている出力を引き上げる技術。
コアの発熱量も増加するため、冷却システムをフル稼働させる必要がある。
現在の解除限界は200%、稼働時間は1分。
マリオネット・インターフェース:
人形魔術の仕組みを利用した操縦システム。
操作が非常に複雑、かつ繊細な力加減が要求されるため、現状ペリアにしか扱えない。
――――――――――
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