第15話 さすがに手強いです!

 



 フィーネは怯える村人たちの前に立ち、その戦いを眺めていた。


 大量のオーガの群れに囲まれながら、その中央で戦うゴーレムの姿を。


 そして改めて思い知らされる――ペリアの強さを。


 もちろんゴーレムの力もある。


 だが、それをあそこまで見事に操り、多くの敵相手に戦えるのはペリア自身の能力あってのことだ。


 彼女は魔術師であると同時に、武術家でもある。


 確かにその強さは人形魔術あってのものだが、今日日、魔術を使わない武術家などいない。


 仮に彼女が天井の玉座に入ったのなら、“拳王”の称号を与えられただろう。


 回避は最小限の動きで。


 攻撃は最大限の効率で。


 何気なく繰り出す一撃にも、確実に“重み”が乗っている。


 だからこそ、軽い殴打でもオーガは脳をシェイクされ、失神するのだ。


 そして次の攻撃で確実に仕留める。


 あまりに鮮やかな肉体破壊――見ていて惚れ惚れする。


 だからこそ、フィーネの焦燥感が湧き上がる。


 いつだ。


 いつになったら、彼女の隣で自分は戦えるんだ――と。


 そんな想いを胸に戦いを見守るフィーネ。


 一方で、彼女の後ろでは、宮廷魔術師たちがただただ驚いていた。




「なんて戦いだ……」


「本当に、あれにペリアが乗ってるってのかよ」


「信じられないわ。あれだけの数のモンスターとやり合うなんて」


「仮に戦えたとしても、私たちはあそこまで勇敢に立ち向かえないだろう」


「……ああ、こっから見てるだけでも足がすくんでるってのに」




 ペリアの真の姿を見た今、いくら平民であろうと、もはや彼らに彼女を馬鹿にすることはできないだろう。


 また、すでにその実力を知る村人たちは、目を輝かせながら、祈るように観戦していた。


 きっとペリアなら何とかしてくれる――そう思う一方で、さすがにあの数は無理だろう、と心の中で諦める者もいる。


 だがただ一人、その場にそぐわない表情をしている者がいた。




「素晴らしい、素晴らしいですにゃ。あれだけの力……お金に変えないなんてもったいないですに゛ゃーーーっ!」




 興奮のあまり、ケイトが荒々しい声をあげる。


 フィーネは横目でそんな彼女を見て、頬を引きつらせた。




 ◇◇◇




「十五体目ェっ!」




 ゴーレムの拳がオーガの頭を吹き飛ばす。


 直後、両側から挟むように放たれたパンチをしゃがんで回避。


 頭上で拳と拳が衝突し、同士討ちが発生する。


 その間に一方の腹部に肘を叩き込む。


 オーガはよろめく。


 その間に、もう一方の下顎にナイフを突き刺す。


 そしてそのオーガの頭を掴むと、ナイフの柄に膝蹴りを叩き込んだ。


 押し込まれたナイフはぶちゅんっ、と柄まで頭部に沈み、脳を破壊する。


 すかさず肘を入れた方のオーガにも掌底――肺が破裂し、血を吐き出しながら相手は行動不能に陥る。


 目の前の敵が倒れると、その背後から三体のオーガが駆け寄ってくる。


 ペリアはミスリルスライサーをセット。


 狙いを定めて投げ放つと、相手の首が三つ、おもちゃのように飛んで血の噴水を天に巻き上げた。




「これで二十っ! さすがに打ち止めかなぁ!?」




 あれだけいたオーガの群れは、すべて死体に変わった。


 荒れた大地は血の色に染まり、あたりにむわっとした鉄の匂いが充満する。


 戦いで高ぶっていた気持ちが落ち着くと、急に疲労が押し寄せてきた。




「はぁ……ふぅ……もう、来ないなら……そろそろエリスちゃんの結界が完成するはず」




 戦闘時間は三分を過ぎ、そろそろ四分に差し掛かろうかというところ。


 周囲からオーガの鳴き声は聞こえてこない。


 数は打ち止め。


 だとすれば、気になるのはあの青肌のオーガリーダーの存在。


 今の体力では――いや、まっとうに戦っても、さすがに50メートル級に勝つのは無理だ。




「残り1分」




 ペリアは自身でも秒数をカウントしていた。


 戦いながら数えていたが、概ね正確である。


 もっとも、あくまでエリスが結界を完成させなければ意味はないのだ。


 場合によってはオーバーすることもある。


 しかし彼女の性格上、絶対にそこまでに間に合わせるはず――そういう信頼感があった。




「残り50秒」




 緊張で、糸を絡めた手に汗がにじむ。


 頬も滴るほど汗を掻いており、銀色の髪が頬に張り付いていた。




「残り40秒」




 景色は変わらない。


 変わらない。


 変わるな、変わるな、変わるな――ひたすらにそう祈る。


 そしてその祈りが、彼まで届いたのだろう。


 青いオーガは、山の向こうで高々と飛び上がり、その頂上に着地した。




「……残り、30秒」




 立ち上がり、腕を組み、こちらを見下ろす。


 ああ、見ている――明らかに、敵として。


 見守るフィーネもその存在に気づき、届かないと知りながらも叫ぶ。




「ペリア、そいつは無理だ! 逃げろぉおおおッ!」




 その声を聞いて、エリスは唇を噛んだ。




(あと少しだか……お願いペリア、早まらないで……!)




 だが、その敵を前に、ペリアは逃げられないと悟った。




「リミッター解除。出力120……150……180……200……」




 リミッター解除の限界が200%なのは、排熱の問題もあるが、コアの耐えられる出力限界も関係している。


 つまり、オーガコアの前に使っていたレプリカントコアが、200%以上で壊れてしまうのだ。


 ゆえに、果たしてオーガコアの限界が200%なのか――それはペリアですら知らない。




「足りない。これぐらいじゃ、まだまだ……!」




 もっとも、これ以上に上げれば、排熱の問題でほんの少ししか全力を出せないだろう。


 ――だが、それでいいのではないか。


 残された時間はあとわずか。


 代わりのコアは周囲に転がっている。


 何より――200%ぽっちでは、あの化け物に勝てない。




「オーガコア、オーバロード! 出力230……260……300……ッ、く、熱が……!」




 排熱が間に合わず、操縦席内の温度が急上昇する。


 稼働限界が画面に表示された。




「残り10秒――十分すぎる!」




 オーガリーダーが山の上から滑り降りてくる。


 歩幅が広いため、ただ走るだけでも異様な速度だった。


 ゴーレムに乗っていてもなお、恐怖を感じるほどに。


 やはりそうだ。


 あのスピードだと、五分以内に間に合ってしまう。


 結界の完成まで敵を足止めするには、正面から足止めするしか無いのだ。


 それでもペリアは、口元に笑みすら浮かべながら、指に絡まった糸を引く。


 恐怖か、頭がイカれてしまったのか、本人にもわからない。


 だがその狂気に連動するようにゴーレムの瞳はさらに強く光り、ズダンッ! と地面を蹴って飛び出した。




「グオォォオオオオオオオッ!」




 鬼の咆哮が響き渡る。




「うおぉぉぉおおおおおおッ!」




 ペリアも吠える。


 そして拳を振り上げ、オーガリーダーの頭と同じ高さまで上がり――




「傀儡術式ぃッ! ゴーレム・ストラァァァァァァァァイクッ!」




 渾身の拳撃を繰り出した。


 その一撃を、相手は防御すらしなかった。


 鬼の額に直撃する。


 普通のオーガなら、頭が吹き飛び消えてなくなるほどの威力。


 しかし相手はあえて受け止めてみせ、その上でにたりと笑った。




『いい一撃だ、人間』




 そして、喉から発せられた音が、ペリアをびりびりと震わせる。




「しゃ、喋った……!?」


『久々に、ずしりと来たぜ』




 オーガリーダーはそう言って、ゴーレムを鷲掴みにした。




「いけない……放してっ! 放せえぇぇええっ!」




 ゴーレムはじたばたと暴れるが、敵はまったく動じない。


 そのまま振りかぶり、ぶおんっ! と村に向かって投げつけた。




「きゃあぁぁぁぁああああああっ!」




 甲高い叫び声をあげながら、高速で飛び、地面に叩きつけられるゴーレム。


 何度かバウンドし、民家をなぎ倒すと、瓦礫に埋もれた状態で止まり、そのまま動かなくなった。




「まずい……まずい、まずい、まずいぞっ! ちくしょおおおぉおおおっ!」




 フィーネは剣を抜いて、生身でその50メートルの巨人に向かって走り出した。


 オーガリーダーは再び走りだす。


 その視線はエリスに向けられていたが――すぐにフィーネに移った。




「エリスには手出しさせねえっ! 化け物、相手はあたしだぁぁぁぁあああッ!」




 全力で虚勢を張って、声を荒らげる。


 再びオーガはにぃっと笑って、その拳をフィーネに向かって振り下ろした。




「……っ!」




 彼女はぎゅっと目をつぶり、死を覚悟する。


 ……が、オーガの拳はバチィッという音と共に、見えない壁に遮られた。




「できた……!」




 エリスは、ぺたりと地面にへたりこんだ。


 彼女の前にあるミスリルの円盤には、繊細な絵画を思わせる美しい魔法陣が描かれていた。


 中央の台座には、10メートル級のコアが乗り、光を放っている。




「助かった……のか?」




 ゆっくりと目を開き、顔をあげるフィーネ。


 すると、青い肌のオーガと目が合った。




「く……ま、まだこっちを……!」


『おい人間、さっきのおもちゃを操ってるのは誰だ?』




 オーガは顎を撫でながら、フィーネにそう尋ねた。




「喋っただとぉ!?」


『教えろよ、名前だけでいい』


「あたしの名前はフィーネ・ティシポルネだ! どうしてもあいつの名前を知りたいなら、あたしを殺して暴いてみろッ!」


『勇ましいことだ……ん、ティシポルネ?』




 彼は首をかしげる。


 そして何かを思い出したのか、裂けそうなほどに口角を釣り上げた。


 牙をむき出しにして、肩を震わせ笑う。




『は、ははっ、がはははははっ! そうか、では残りの二人はアレークトとメイラガイラか!』


「な、なんで知ってんだよ!」


『良い、良いぞ人間。100年にも及ぶ退屈がようやく終わりを迎えそうだ!』




 そのモンスターの感情表現は、まるで人間のようで――他の個体と明らかに違う。


 そしてオーガはひとしきり笑うと、最後にこう言い残す。




『俺の名は拳将けんしょうフルーグ。次に戦うときはもう少し強くなっておいてくれよ、英雄!』




 彼は高く飛び上がり――山の頂上に着地する。


 そして最後に歯を見せて笑うと、向こうへと消えていった。


 一方でフィーネとエリスは、彼が残した言葉にも興味はなく、まっさきにゴーレムに駆け寄っていた。


 機体の温度は上昇し、触れた瓦礫が焼け焦げるほどだ。


 内部も相当な高温になっていることが想像できる――二人は自らの火傷もいとわずに、胸部のハッチを素手でこじ開けた。


 そして中でぐったりと横たわるペリアを引っ張り出し、地面に寝かせた。




「ペリア、大丈夫か? 頼む、返事をしてくれっ!」


「ペリア……ペリア……っ」




 泣きそうな声でペリアの名前を呼ぶ二人。


 彼女は頭から血を流しており、衣服もところどころ破れ、赤く汚れているところもあった。


 エリスはその手を握りながら、回復魔術で傷を癒やす。


 一方でフィーネは、頬をぺちぺちと叩きながら、何度もその名前を呼んだ。


 すると、ペリアは目を開く。




「んぁ……フィーネちゃん、エリスちゃん……?」


「ペリアぁっ! よかったぁ……!」


「……う、うぅっ。ひっく」




 フィーネは涙ぐみ、エリスはぼろぼろと泣いて喋ることすらできない。


 そんな二人を見て、ペリアはにへらと笑う。




「いやあ、負けちゃったねぇ。ごめん、二人とも。ごめん、ゴーレムちゃん……」


「馬鹿言え、負けてねえよ! お前は確かに、この村を守ったんだ!」


「っ、結界は、間に合った。ペリアが……戦ってくれた、からぁ……」


「あ……そっか、誰も、死んでないんだね」


「それだけで、十分すぎる……成果」


「ん……」




 それを聞いて、ペリアはふっと微笑んだ。


 目を閉じると、村人たちの足音が聞こえる。


 壊しちゃった家のこと、謝らないとな――あのオーガ、何で喋ったんだろ――色んなことが頭を渦巻く。


 けれどどれもうまくまとまらなくて。


 ぼんやりしたまま、疲れもあってか、彼女は眠りにつくのだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る