第12話 腕を探します!

 



 背後から現れたオーガの群れ。


 猛スピードで迫りくる彼らを前に、ペリアは判断を迫られる。




「行けるんじゃねえか……パワーアップしたゴーレムなら!」


「でも命を賭けるような場所でもない。倒さなくても、誰が死ぬわけでもない」




 二人の意見はもっともだ。


 どちらも認識としては間違ってはいない。


 たとえあの数でも、リミッターを解除した上でスピードで翻弄すれば倒せる可能性はある。


 一方で、逃げたとしても逃げ切れる保証はない。


 それを加味した上で、ペリアは決断した。




「……逃げよう」




 糸を引く。


 ゴーレムが走り出す。


 大きく操縦席が揺れて、フィーネたちの体も振り回された。




「そうか、ペリアがそうするならしかたねえな」


「フィーネちゃん、魔獣のオーガが群れを成すことってあるの?」


「まあ、聞いたことはねえな。基本的に単独行動だ」


「だとしたら、やっぱり怖いよ。あの手のモンスターが、リーダーもなしに統率されるとは思えない」


「……っ!?」


「どうした、エリス。急に顔色を変えて」




 エリスは斜め後ろを振り向いたまま、固まっている。


 フィーネもそちらを向くと、そこには――見上げるほど大きな巨人が立っていた。


 オーガの仲間なのだろう。


 だが他の個体よりも遥かに大きい、ゆうに50メートル以上はある――




「あれが親玉かよ!」


「コアが取れたらゴーレムちゃんの性能も跳ね上がりそうだけどなぁ」


「呑気なこと言ってる場合か! 追って――は、こねえな」


「縄張りを出たからかもしれない。他のオーガも追跡をやめた」




 とあるラインを超えた途端に、オーガたちは足を止める。


 ゴーレムもスピードを緩めると、そちらを振り向き、改めて観察する。


 青い肌に、長い角――




「名付けるなら、オーガリーダー……みたいな感じかな?」


「そんなにまだ村から離れてねえのに……よく今まで襲ってこなかったな」


「あんなのが来たら、滅びる村は一個や二個じゃ済まない」




 まるで見張りか番人のようである。


 ひとまず逃げられたようでよかった、と胸をなでおろす三人。




「帰りは場所を覚えておいて、迂回しないとね」


「地図はあたしの頭の中に焼き付いてるから、忘れてたら教えるよ」


「さっすがフィーネちゃん。じゃあ帰り道はそっちを頼ろっかな」


「そっち……他にも何か方法が?」


「腕を探すっていうのが目的だけど、もちろん探索の意味合いもあるから、地図は作っておきたいなーと思って」




 ペリアはそう言うと、足元のハッチを蹴り開いた。


 中にはロール紙が入っている。




「これは……地図、か?」


「かなり簡略化はされてるけど、自動的に記録してる」


「周囲の景色を取り込んで内部に映し出すことは成功したから、それを擬似的に地図みたいにして記録してるんだ。今は紙に火の魔術で焼き付けてるだけだけど、いずれは魔術的に保存できるようにして、表示できたらなって思ってる」


「あたしの特技も型なしだなこりゃ。ペリアの操縦術を目で盗まないと、捨てられても文句言えねえわ」


「そんなことないよお! でも……ゴーレムちゃんの操縦は、このままじゃ無理だと思う。元々、これは私が操縦することを前提に作ってるから、普段から人形遣いの魔術を使ってないと扱えないものになっちゃってるの」


「確かに、十本の指がそれぞれ違う動きをする上に、微妙な力加減が要求されるように見える」


「じゃあ、あたしらはゴーレムに乗れないってことか?」


「もっと直感的な操縦方法の開発をしなきゃいけないんだけどね。ファクトリーがあるから、理論設計さえできれば、形にするのは簡単だと思うんだけど」


「人形遣いじゃなくても、人形を簡単に操る方法か……そんなもんあったら、人形遣いは商売あがったりだよな」


「まあ、そのあたりは戻ってから考えるしかない。今はまだ、ただの観客を続けるしかないということ」


「別にそんなんじゃないと思うけどなぁ……」




 ペリアからしてみれば、一緒に外の景色を見られるだけでも嬉しい。


 だが、彼女の後ろで座って眺めているだけの二人としては、一刻も早く隣に並びたいのだろう。




「このあたりは自然が豊かだな。マニングとは大違いだ」




 オーガの群れから逃げてからはモンスターの影もなく、順調に進めている。


 川を過ぎたあたりから植物も生い茂るようになり、風景を占める色に緑が増えてくる。




「地面に埋まっている鉱石の影響。魔石の採掘地の周辺はどこもそういう傾向にある」


「地中の魔力が強すぎると、植物が枯れちゃうんだよね」


「ほーん……じゃあこのあたりには、魔石は埋まってないってことか」


「時折、魔力に順応して異常成長する植物もあると聞く。けれどそれは稀」


「魔樹ってやつだろ? 魔石と似たような性質を持つ木だが、かわりに周囲に植物系の魔獣がわんさか湧くから、伐採が難しいんだよなぁ」


「フィーネちゃん、経験がありそうな感じだね」


「あったあった。あのときは大変だったよ。そうそう、ちょうどあそこに生えてるみたいな感じで、周囲に木とか生えてないところに、いきなりでーんとそびえ立っててさあ」




 フィーネが指差した先には、ゴーレムより少し高いぐらいの木がそびえ立っていた。




「あれも魔樹なのかな」


「魔樹は基本的に、そこらにある植物が巨大化するパターンが多い」


「だよ、ねえ。私、あんなサイケデリックな色の実が成る木は知らないかなぁ……」


「吸ったらラリっちまいそうな色してんな。一応採取していくか?」


「サンプルは欲しい気がするし……うーん……そう、しよっか」


「待って。あっちにモンスターがいる」




 まだ距離はあるが――草むらを押しつぶしながら、ぼよんぼよんと跳ねるスライムの姿があった。


 見た所サイズは10メートル級。数は2。


 また、その奥には別の――ウサギのような、白い毛玉が転がっていた。




「スライムか……」




 フィーネが唇を噛む。




「大丈夫、20メートル級に勝てたゴーレムなら問題はない」


「そうそう、あれぐらいリミッター解除しなくてもパンチで一発だよ!」


「ああ、わかってるよ」




 それでも、刻まれたトラウマは、なかなか完全には消えないのだろう。


 それでも、スライムを前にうつむくだけで済むのだから、ゴーレムがオーガを破壊したインパクトは、彼女にかなり良い影響を与えたと言える。




「バレないように離れるのを待つ?」


「うかつな戦闘は避けときたいな」


「私としては、倒してほしい」


「エリス……何か目当てのもんでもあるのか? スライムなんざ食えねえぞ」


「それでもコアはある。何個か確保してほしい」


「エリスちゃんにも、コアで作りたいものがあるんだね。わかった、じゃあ行こう。先手必勝だよ!」




 ゴーレムは躊躇なく走り出した。


 足音が聞こえれば、もちろんスライムも気づく。


 半透明の体が、まるでリズムを刻むように上下して、ずしん、ずしんと地面を揺らした。


 威嚇行為――それにも恐れず、ゴーレムはなおも加速する。


 その足がえぐり取った土と草が高く舞い上がる。


 威嚇は無駄だと判断したスライムは、ついにゴーレムに襲いかかった。


 まず一匹目が高く飛び上がり、頭上からのプレス。


 だがゴーレムは逃げない。




「てえぇぇぇぇえええいッ!」




 まずは手刀でゲル状の体内に腕を突きこむ。


 体内には球体が二つ。


 一つはコア、もう一つはスライムの心臓部。


 狙うは前者である。


 スライムの自重でゴーレムの手は自然と沈み、ゴーレムの手がコアに触れた瞬間、ペリアは糸を引いた。


 コアを握りしめ、腕を引き抜く。


 瞬間、スライムはただの半透明の塊になった。


 コアを握るゴーレムに、時間差で二匹目が迫る。


 ペリアはコアを倉庫に収納、前転で押しつぶしを回避。


 真後ろでスライムは着地し、ずどんっと操縦席に響くほど強く地面を叩いた。


 フィーネがごくりと唾を飲み込む。


 ペリアは振り向くと、腕を高く掲げ――手刀を上から叩き込んだ。


 腕はずぼっと中に沈み、コアを引きずり出す。




「ふぅ……こんなものかな」


「お見事」


「えっへへ、ありがとエリスちゃん」


「油断すんなペリア、もう一匹来てるぞ!」


「へ? うわあぁぁっ!?」




 ペリアは、白いウサギのようなモンスターが突進してきているのに気づく。


 回避は間に合わない。


 心臓がどくんと跳ねるが、ペリアは自分に『落ち着いて』と言い聞かせた。


 相手は10メートル級、サイズもパワーもゴーレムの半分――焦ることはない。


 顔が裂けるほど大きく開かれた口。


 鋭い牙と赤黒い粘膜がこちらに迫る。


 ゴーレムの手は、その上下をがしっと掴んで受け止めた。


 ズザザッ、とわずかに機体が後退する。


 しかしそれで勢いは止まった。


 操縦席前面には、モンスターの口内が大迫力に映し出されている。




「こえぇわ、やっぱり」


「たぶん、それが普通の反応。もっとも、ペリアは楽しんでるみたいだけど」




 エリスの言う通り、ペリアの口元には笑みが浮かんでいた。


 未知の世界の探究。


 未知の生物との遭遇。


 それをゴーレムが受け止め、パワーで勝っているという事実。


 これだけのことが起きて、わくわくしないはずがない。




「ゴーレムちゃんは、やっぱりすごいなぁっ!」




 笑顔と共にペリアがそう言うと、ゴーレムはモンスターの上顎と下顎を限界まで開いた。


 ブチブチィッ、と頬肉が裂け、「ギュアアァァァアアッ!」という断末魔が大音量で響き渡る。


 なおもゴーレムは止まらず。


 噴き出す血で鈍色の体を染めながら、モンスターの体を容赦なく二つに引き裂いた。




「容赦ねー……」


「見ていて気持ちいい。それにベースがウサギなら、この肉、食べられるかもしれない」


「ちょうど私もそう思ってたところなんだ! おみやげにちょうどよさそう、って。これだけ大きなお肉があったら、しばらく食べていけそうだよね」


「確かに、鉱山で働いてる男どもは大喜びだろうな。Fランクの村じゃ、肉なんて滅多に食えねえだろうし」




 そう言いながら、ペリアは3体のモンスターの死体を倉庫に収めた。




「今のモンスター、私的にはキラーラビットって名付けたいんだけど、どう?」


「イカついな。普通にジャイアントラビットとかでもいいんじゃねえの。エリスは?」


「動物型モンスター001」


「味気ねー」


「……それわかりやすくていいかも」


「乗るのかよ! あたしは嫌だぞ、動物型モンスター001の肉とか言われても全然うまそうじゃねえ!」


「うまそう……その観点はなかった」


「確かにおいしそうじゃないね……」


「だろ? ジャイアントラビットが一番うまそうじゃねえか!」


「だったらいっそ、もう割り切ってデリシャスラビットとかにしてみるといい」


「デリシャス……」


「ラビット……!」




 フィーネとペリアはわざわざ二人で分担してその名を口にした。


 感銘を受けたらしい。




「その名前でまずかったら逆に詐欺だよな」


「仮にまずかったとしても、みんな雰囲気に流されておいしいって言っちゃいそう!」


「人類に乱獲されて滅びそうな雰囲気もあるよなぁ」


「滅びてもらったほうがいいと思う」


「確かに」


「食欲はモチベーションとして大きいよね。実はモンスターの肉がおいしいってわかったら、国も動くかも!」


「じゃあデリシャスラビットで決定だな」




 食べられない肉だったらどうするのか――そんなことはペリアたちの頭になかった。


 名前の話題もほどほどに、ゴーレムは振り返り、例の巨大な木と向き合う。




「なら今度こそ、こっちの木だね」


「これだけ戦っても動かない。植物の形をしたモンスターの可能性は限りなく低い」




 とはいえ、ゼロではない――ゴーレムは慎重に、抜き足、差し足で近づく。


 そのまま何事もなく樹木にタッチ。


 触れても動く様子はない、どうやら普通に植物のようだ。




「ゴーレムも大きいはずなのに、隣に立ってると全然そんな感じがしない」


「頑丈そうな木だねえ……ゴーレムちゃんでも腕が回らないぐらい太いし」


「一本で家が建っちまいそうだ。どうやって持って帰るんだ? 引っこ抜くか?」


「幹の大きさからして、いくらゴーレムでもこれを引き抜くのは難しい」


「切ってみよっかな。こんなときのために、実は新兵器を作っておいたんだー」




 ゴーレムの腰のあたりから、カシャッと柄がせり出す。


 握って引き抜くと、それはアダマンタイト製の、小さなナイフだった。


 小さいと言っても、刃渡りは2メートル近くあるのだが。




「アダマンタイトナイフー!」


「戦闘で使うには小型だな、モンスターの解体用か」


「昨日のうちに作れたらよかったんだけどね。アダマンタイトがまだ余ってたから、もらって作ったの」


「これがあれば、オーガを開くのもおろすのも簡単」


「魚じゃねえんだから……」


「よぉっし、早速これで伐採しちゃうぞーっ! てい! てい! てぇーいっ!」




 ざっくざっくと突き刺すペリア。


 打撃には強い樹木だが、鋭利な刃物で繰り返し傷つけられると、すぐに幹の半分ほどが削れる。


 それからゴーレムが軽く押すとミシッ、と軋む音がして、そのまま巨大な木は横に倒れた。




「回収回収っと」




 ゴーレムの手を当てると、木はペリアの倉庫に送られる。




「便利すぎて感覚が麻痺しちまいそうだ」


「気にしたら負け」


「木だけにね!」


「……」


「……人には長所があれば欠点もある」


「だな」


「あ、あれ……?」




 ペリアの捨て身で場も和んだところで、腕の探索を再開する。


 とはいえ、ゴーレムの前に広がっているのは平原。


 直進した先にある山は一つしかなく、どこに突き刺さっているのかは明らかなのだが。




「あった、ゴーレムちゃんの腕!」




 険しい山に埋もれたゴーレムの腕――そこはマニングから数キロメートル離れた地点であった。


 しかも山を一つ貫通している。


 思わず戦慄してしまうほどの威力だ。




「ごめんねぇ、私が考えなしにやっちゃったからこんな場所まで飛んじゃって……」




 なぜか腕にまで呼びかけるペリア。


 そしてゴーレムは、突き刺さった腕に手を伸ばした。




「事故ではあったが、兵器として使えそうなぐらいの威力だな」


「ミスリルの塊を飛ばすなんて贅沢すぎるよぉ!」


「質量があればいいわけだから、普通の石を飛ばすだけでも相当な威力になりそう」


「それは確かに……岩だったら魔術で補充できるもんね」




 ペリアは話しながらゴーレムを操り、腕を引っ張り出そうとしている。


 だがかなり深く突き刺さっているようで、なかなか出てこない。




「何だろ、これ。刺さってる場所の色が黄色っぽいような……」




 彼女がそこを覗きこもうとしたその時、ゴーレムを大きな影が覆った。




「ん? 雲?」




 エリスが天井を見上げる。


 同時にペリアとフィーネも。


 そしてすぐに、雲ではないと知る。




「……大きすぎる」


「あ、あんなものが……飛ぶの……?」




 視線の先にあるもの、それは――全天を覆うほど巨大な鳥。


 翼は七色。体に魔力を纏っているのか、光の粒子が尾を引いている。


 高さを加味して計算すると、数百メートル――いや、下手すると1000メートルに達する大きさかもしれない。


 はるか上空を飛んでいるはずなのに、羽ばたく度に時間差で風と音が地表まで届いている。




「周囲から生物の気配が消えやがった。たぶん、あれから逃げたんだ」


「あんなものに襲われたら、一口で飲み込まれて終わる」


「なんつうか……さっきのオーガもそうだけどよお、人間って、もしかして手加減されてたのか?」




 人は、100年にも及ぶ攻防を繰り広げてきたと思っていた。


 実際、歴史書にはそう記してある。


 だが実際はどうだ。


 彼らはその気になれば、いつだって人類を滅ぼすことができた。


 しかし人を襲おうのは、全体から見れば非常の小型のモンスターばかりではないか。




「巨大なモンスターは、人間程度では栄養にならないのかもしれない」


「見逃すどころか、眼中にすらないってことか」




 張り詰める空気。


 フィーネとエリスは、飛び去っていくその鳥を、険しい表情で見送る。


 同じく天井を見上げるペリアは、ぼそりとつぶやいた。




「デリシャスバード……」




 小さな声が、静かな操縦席に響き渡る――


 数秒置いて、フィーネとエリスの方がぷるぷると震えた。




「……ぶふっ」


「ん、ふふふ……っ」




 こらえきれず、肩を震わせて笑う。


 そうなるともう、シリアスな雰囲気を維持するのは無理だった。




「ペリア、お前さぁ……ふふっ、今、それ言うかぁ……!?」


「へ? だ、だって、今しかないと思って」


「んふふっ、どんなに大きな鳥でも、焼いてしまえばただの鶏肉……」


「空の王者の風格なのに、デリシャスバードって……もう飛ぶ鶏肉にしか見えねえわ。あはははっ!」




 ついにフィーネは、腹を抱えて笑いだした。


 一方でペリアは「そんなにおかしかったかな……?」と首を傾げている。


 何となく頭に浮かんだ言葉を口にしただけで、別にボケたつもりはなかったらしい。




「あー、何かそんなこと言ってたら腹減ってきたな!」


「私も。腕を回収したらご飯にする」


「だね、そうしよう!」




 気を取り直して、ゴーレムは山に突き刺さった腕と向き合う。


 山肌は土色だ。


 だが拳の衝撃で崩れた部分の向こうには、わずかに橙色の光沢が見えていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る